永井村 (岩手県)
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ながいむら 永井村 | |
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廃止日 | 1955年1月1日 |
廃止理由 |
新設合併 永井村、花泉村、老松村、日形村、油島村、涌津村 → 花泉町 |
現在の自治体 | 一関市 |
廃止時点のデータ | |
国 | 日本 |
地方 | 東北地方 |
都道府県 | 岩手県 |
郡 | 西磐井郡 |
市町村コード | なし(導入前に廃止) |
面積 | 23.64 km2. |
総人口 |
4,655人 (『岩手県町村合併誌』、1954年11月) |
隣接自治体 |
岩手県: 西磐井郡:老松村、涌津村 東磐井郡:黄海村 宮城県: 登米郡:石森町、石越村、上沼村、錦織村 |
永井村役場 | |
所在地 | 岩手県西磐井郡永井村字東狼沢170-1 |
座標 | 北緯38度46分51秒 東経141度13分39秒 / 北緯38.78072222度 東経141.22758333度座標: 北緯38度46分51秒 東経141度13分39秒 / 北緯38.78072222度 東経141.22758333度 |
ウィキプロジェクト |
永井村(ながいむら)は、昭和29年(1954年)まで岩手県西磐井郡にあった村。現在の一関市花泉町永井にあたる。
地理
[編集]北上川の西岸に位置していた[1]。村の北東に六本松山(標高131.5m)、南西に高倉山(標高132.9m)がある。
沿革
[編集]- 明治8年(1875年)10月17日 - 水沢県による村落統合にともない、西永井村と東永井村が合併して永井村となる。
- 明治22年(1889年)4月1日 - 町村制施行にともない、永井村単独で村制施行。
- 昭和30年(1955年)1月1日 - 花泉村・老松村・日形村・油島村・涌津村と合併し、花泉町となる。
行政
[編集]- 歴代村長
代 | 氏名 | 就任 | 退任 | 備考 |
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1 | 千葉幸太郎 | 明治22年(1889年)5月23日 | 明治24年(1891年)9月7日 | |
2 | 佐藤市平 | 明治28年(1895年)3月28日 | 明治28年(1895年)10月28日 | |
3 | 加瀬谷新作 | 明治28年(1895年)12月20日 | 明治28年(1895年)12月25日 | |
4 | 佐藤作右ェ門 | 明治29年(1896年)8月1日 | 明治31年(1898年)5月25日 | |
5 | 佐藤庄之進 | 明治31年(1898年)7月11日 | 明治35年(1902年)7月10日 | |
6 | 佐藤三郎助 | 明治35年(1902年)7月19日 | 明治35年(1902年)9月23日 | |
7 | 佐藤作右ェ門 | 明治35年(1902年)11月7日 | 明治39年(1906年)11月6日 | 再任 |
8 | 加瀬谷賢吉 | 明治39年(1906年)11月8日 | 明治42年(1909年)5月11日 | |
9 | 安部熊之進 | 明治42年(1909年)10月8日 | 大正2年(1913年)10月7日 | |
10 | 佐藤万五郎 | 大正2年(1913年)10月8日 | 大正6年(1917年)1月2日 | |
11 | 千葉幸太郎 | 大正6年(1917年)2月23日 | 大正7年(1918年)10月30日 | 再任 |
12 | 加瀬谷左門 | 大正8年(1919年)3月5日 | 大正10年(1921年)3月28日 | |
13 | 佐藤叔平 | 大正10年(1921年)11月29日 | 大正14年(1925年)11月28日 | |
14 | 佐藤熊之進 | 大正14年(1925年)12月19日 | 昭和6年(1931年)5月21日 | |
15 | 佐藤大吉 | 昭和6年(1931年)5月21日 | 昭和7年(1932年)11月3日 | |
16 | 佐藤清之進 | 昭和7年(1932年)11月25日 | 昭和20年(1945年)1月4日 | |
17 | 及川万太郎 | 昭和20年(1945年)1月21日 | 昭和22年(1947年)1月20日 | |
18 | 佐藤寿 | 昭和22年(1947年)4月5日 | 昭和26年(1951年)4月4日 | |
19 | 佐藤信武 | 昭和26年(1951年)4月26日 | 昭和29年(1954年)12月31日 |
参考文献
[編集]- 『岩手県町村合併誌』(岩手県総務部地方課、1957)
脚注
[編集]関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 岩手県西磐井郡永井村 (03B0100002) | 歴史的行政区域データセットβ版 - Geoshapeリポジトリ