永池恭男
2018年5月27日 明治神宮野球場にて | |
基本情報 | |
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国籍 | 日本 |
出身地 | 福岡県春日市 |
生年月日 | 1973年10月5日(51歳) |
身長 体重 |
177 cm 82 kg |
選手情報 | |
投球・打席 | 右投右打 |
ポジション | 内野手 |
プロ入り | 1991年 ドラフト2位 |
初出場 | 1993年7月18日 |
最終出場 | 2005年9月25日 |
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
選手歴 | |
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コーチ歴 | |
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この表について
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永池 恭男(ながいけ やすお、1973年10月5日 - )は、福岡県春日市出身の元プロ野球選手(内野手)、コーチ。右投右打。1998年から2000年までの登録名は「永池 們多」(ながいけ もんた)。
来歴・人物
[編集]福岡工大付高では2年夏に県大会準優勝、3年夏は同ベスト8[1]。通算20本塁打を放ち、ドラフト2位で1992年、横浜大洋ホエールズに入団。
1993年7月18日、対阪神タイガース戦(阪神甲子園球場)でプロ初出場。
1997年オフ、阿波野秀幸とのトレードで読売ジャイアンツへ移籍。
1998年、自身最多の65試合に出場。
1999年8月4日、対東京ヤクルトスワローズ戦(明治神宮野球場)で、河端龍からプロ初本塁打を放った。
2002年オフ、小野仁と共に吉川元浩、中濱裕之とのトレードで大阪近鉄バファローズへ移籍。
2004年9月27日、シーズン最終戦となった対オリックス戦では、8回表に横浜時代の同僚だった戸叶尚から左前安打を放ち、これが近鉄球団最後の安打となった。3日後の9月30日には藤井寺球場での最終試合となるウエスタン・リーグ優勝決定戦(対中日ドラゴンズ)に出場したが、チームは6-12で敗れ、永池は9回裏2死で翌年から同僚となる小山伸一郎の前に三飛に倒れ、近鉄球団最後の公式試合の最終打者となった。10月6日に球団合併による分配ドラフトを前に戦力外通告を受ける[2]が、東北楽天ゴールデンイーグルスが獲得。
2006年、出場機会はゼロに終わり、シーズン終了直前に戦力外通告を受け、打診されていた二軍育成コーチ(野手担当)に就任した。
2008年からは二軍内野守備走塁コーチを務め、2010年5月11日からは福原峰夫の後任として一軍内野守備走塁コーチとなる[3]が、2011年5月15日に再び育成コーチ(野手担当)に配置転換となった[4]。
2011年シーズン終了後に退任し[5]、2012年からはプロスカウト(スコアラー)を務めた[6]。
2015年に一軍内野守備走塁コーチとして現場復帰。一塁ベースコーチも務めたが、この年限りで退団した。
同年10月30日、2016年から二軍内野守備走塁コーチとして横浜DeNAベイスターズに19年ぶりに復帰することが発表された[7]。2017年も同コーチを務め、2018年から2021年までは一軍内野守備走塁コーチを担当[8]。2022年は二軍守備走塁コーチに配置転換された[9]。同年8月12日、一軍の内野守備走塁コーチの田中浩康が新型コロナウィルスの陽性判定を受けたため、8月18日まで一軍で代役を務めた[10]。2023年からは二軍内野守備走塁コーチに役職名が変更となり[11]、同年限りで退任[12]、球団スタッフへと転任した[13]。
詳細情報
[編集]年度別打撃成績
[編集]年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
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1993 | 横浜 | 23 | 35 | 28 | 7 | 6 | 0 | 0 | 0 | 6 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 6 | 0 | 0 | 3 | 0 | .214 | .353 | .214 | .567 |
1994 | 46 | 89 | 71 | 7 | 17 | 2 | 0 | 0 | 19 | 3 | 2 | 0 | 6 | 1 | 9 | 0 | 2 | 10 | 1 | .239 | .337 | .268 | .605 | |
1995 | 31 | 42 | 31 | 4 | 8 | 1 | 0 | 0 | 9 | 4 | 0 | 0 | 4 | 0 | 6 | 1 | 1 | 6 | 0 | .258 | .395 | .290 | .685 | |
1996 | 21 | 37 | 29 | 2 | 2 | 1 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 0 | 5 | 0 | 3 | 0 | 0 | 6 | 0 | .069 | .156 | .103 | .260 | |
1997 | 22 | 21 | 18 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 4 | 0 | .056 | .190 | .056 | .246 | |
1998 | 巨人 | 65 | 34 | 31 | 6 | 7 | 0 | 1 | 0 | 9 | 1 | 0 | 1 | 1 | 0 | 2 | 0 | 0 | 4 | 1 | .226 | .273 | .290 | .563 |
1999 | 22 | 26 | 22 | 6 | 6 | 1 | 0 | 1 | 10 | 7 | 0 | 0 | 2 | 0 | 2 | 0 | 0 | 4 | 0 | .273 | .333 | .455 | .788 | |
2000 | 11 | 4 | 4 | 2 | 2 | 0 | 0 | 1 | 5 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | .500 | .500 | 1.250 | 1.750 | |
2002 | 11 | 15 | 13 | 1 | 2 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 1 | 1 | .154 | .267 | .154 | .421 | |
2003 | 近鉄 | 34 | 47 | 39 | 9 | 11 | 3 | 1 | 0 | 16 | 6 | 0 | 0 | 2 | 0 | 6 | 0 | 0 | 7 | 2 | .282 | .378 | .410 | .788 |
2004 | 27 | 57 | 47 | 3 | 11 | 1 | 0 | 0 | 12 | 2 | 0 | 0 | 5 | 1 | 4 | 0 | 0 | 7 | 1 | .234 | .288 | .255 | .544 | |
2005 | 楽天 | 36 | 36 | 31 | 7 | 6 | 1 | 0 | 1 | 10 | 2 | 0 | 1 | 2 | 0 | 3 | 0 | 0 | 3 | 1 | .194 | .265 | .323 | .587 |
通算:12年 | 349 | 443 | 364 | 55 | 79 | 10 | 2 | 3 | 102 | 27 | 2 | 2 | 28 | 2 | 46 | 1 | 3 | 55 | 7 | .217 | .308 | .280 | .589 |
記録
[編集]- 初記録
- 初出場:1993年7月18日、対阪神タイガース15回戦(阪神甲子園球場)、9回表に畠山準の代走として出場
- 初安打:1993年8月25日、対中日ドラゴンズ22回戦(横浜スタジアム)、5回裏に森山良二の代打として出場、山本昌から
- 初先発出場:1993年8月31日、対読売ジャイアンツ19回戦(東京ドーム)、2番・遊撃手として先発出場
- 初打点:1993年10月20日、対中日ドラゴンズ25回戦(横浜スタジアム)、4回裏に佐々木健一から内野ゴロの間に記録
- 初盗塁:1994年6月21日、対中日ドラゴンズ11回戦(ナゴヤ球場)、9回表に二盗(投手:松永幸男、捕手:中村武志)
- 初本塁打:1999年8月4日、対ヤクルトスワローズ16回戦(明治神宮野球場)、 9回表に木村龍治の代打として出場、河端龍から左越3ラン
背番号
[編集]- 55(1992年 - 1997年)
- 62(1998年)
- 32(1999年 - 2002年)
- 37(2003年 - 2006年)
- 89(2007年 - 2011年)
- 73(2015年)
- 88(2016年 - 2023年)
登録名
[編集]- 永池 恭男(ながいけ やすお、1992年 - 1997年、2001年 - 2006年)
- 永池 們多(ながいけ もんた、1998年 - 2000年)
脚注
[編集]- ^ '94スポニチプロ野球手帳 スポーツニッポン新聞社
- ^ 「近鉄、赤堀、加藤ら8選手に戦力外通告」『読売新聞』(縮刷・関東版) 2004年(平成16年)10月7日付朝刊、22面(スポーツ面)。
- ^ “コーチ人事について”. 東北楽天ゴールデンイーグルス (2010年5月11日). 2011年10月21日閲覧。
- ^ “コーチ人事について”. 東北楽天ゴールデンイーグルス (2011年5月15日). 2011年10月21日閲覧。
- ^ “【楽天】高浦氏ら4コーチと契約結ばず”. 日刊スポーツ (2011年10月20日). 2011年10月21日閲覧。
- ^ “組織変更およびチームスタッフに関して”. 東北楽天ゴールデンイーグルス (2012年1月23日). 2013年12月16日閲覧。
- ^ “2016年度 横浜DeNAベイスターズコーチングスタッフ決定”. 横浜DeNAベイスターズ (2015年10月30日). 2022年11月1日閲覧。
- ^ “DeNA万永コーチ 2軍監督就任へ 永池コーチが1軍昇格”. スポーツニッポン. (2017年11月5日) 2021年12月1日閲覧。
- ^ “2022年シーズン コーチングスタッフ決定のお知らせ”. 横浜DeNAベイスターズ (2021年12月1日). 2021年12月1日閲覧。
- ^ “【DeNA】オースティン、三上朋也、田中浩康コーチがコロナ陽性 2軍から永池恭男守備走塁コーチ異動”. スポーツ報知 (2022年8月12日). 2022年8月20日閲覧。
- ^ “DeNA、来季のコーチ陣を発表 相川亮二氏がチーフ作戦を兼任、青山道雄氏は巡回コーチ”. Full-Count (2022年11月1日). 2022年11月1日閲覧。
- ^ “DeNAの永池恭男コーチ、藤田和男コーチが今季限りで退任へ”. (2023年10月4日) 2023年10月11日閲覧。
- ^ “DeNAが来季の組閣を発表 引退の藤田一也氏が入閣、斎藤隆氏らは球団スタッフに”. Full-Count (2023年10月23日). 2023年10月23日閲覧。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 個人年度別成績 永池恭男 - NPB.jp 日本野球機構
- 選手の各国通算成績 Baseball-Reference (Japan)
- 選手名鑑 - 横浜DeNAベイスターズ公式サイト