永田町 (富士市)
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永田町 | |
---|---|
青葉通りと富士市役所 | |
北緯35度9分41.24秒 東経138度40分34.52秒 / 北緯35.1614556度 東経138.6762556度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 静岡県 |
市町村 | 富士市 |
人口 | |
• 合計 | 642人 |
等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
郵便番号 |
417-0055[2] |
市外局番 | 0545 (富士MA)[3] |
ナンバープレート | 富士山 |
永田町(ながたちょう)は、静岡県富士市の地名。永田町一丁目と二丁目により構成される[1]。住居表示は実施されていない[4]。郵便番号は417-0055[2]。
地理
[編集]市の南部に位置する。臨港富士線(青葉通り)に沿って富士市役所、富士中央公園など市の主要施設が立ち並んでいる。昭和中期頃までは、水田の中に住宅や工場の点在する地域だったが、1970年(昭和45年)から行われた依田原新田土地区画整理事業により、中心市街地として整備が進められ、現在の姿となった[7][8]。
北側の瓜島町との境に小潤井川が流れ、西側の蓼原町との境に、中央公園を東西に分ける形で潤井川が流れる。
歴史
[編集]古くは富士郡永田村であり、元禄郷帳にその名が見える。永田村の範囲は現在の永田町及び永田、永田北町の区域に当る。江戸時代を通して人家は少なく、伝法村の入会地として利用されていた[9]。
- 1889年(明治22年)3月1日 - 町村制施行に伴い、永田村のほか、伝法村、瓜島村、弥生村、弥生新田、香西村、香西新田、蓼原村の一部、荒田島村の一部、依田原村の一部、五味島村の一部を以て伝法村が発足。
- 1942年(昭和17年)6月14日 - 新設合併により生れた新・吉原町の一部となる。
- 1955年(昭和30年)2月11日 - 新設合併により生れた新・吉原市の一部となる。
- 1970年(昭和45年) - 依田原新田土地区画整理事業が開始される。
- 1984年(昭和59年) - 依田原新田土地区画整理事業が終了する。
世帯数と人口
[編集]2020年(令和2年)10月現在の、世帯数と人口は以下の通りである[1]。
町丁 | 世帯数 | 人口 |
---|---|---|
永田町一丁目 | 160世帯 | 326人 |
永田町二丁目 | 170世帯 | 316人 |
小・中学校の学区
[編集]市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[11][5]。
町丁 | 町内会 | 小学校 | 中学校 |
---|---|---|---|
永田町 | 永田町 | 富士市立吉原小学校 | 富士市立吉原第一中学校 |
瓜島、永田町壱番館、サーパス永田町 | 富士市立伝法小学校 |
交通
[編集]道路
[編集]路線バス
[編集]施設
[編集]脚注
[編集]- ^ a b c 大字別人口表|富士市 2020年12月19日閲覧。
- ^ a b 郵便番号一覧|日本郵便 2020年12月19日閲覧。
- ^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2020年12月20日閲覧。
- ^ 住居表示整備事業|富士市 2020年12月20日閲覧。
- ^ a b ふじタウンマップ 2020年12月19日閲覧。
- ^ 地区まちづくりセンターの施設情報|富士市 2020年12月19日閲覧。
- ^ 依田原新田土地区画整理事業|富士市 2020年12月19日閲覧。
- ^ 『角川日本地名大辞典 22 静岡県』(1982年、角川書店)
- ^ 『日本歴史地名大系第二二巻 静岡県の地名』(2000年、平凡社)
- ^ 静岡県市町村の変遷|静岡県 2020年12月19日閲覧。
- ^ 通学区域|富士市 2020年12月20日閲覧。