澤田三郎
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(沢田三郎から転送)
澤田三郎 さわだ さぶろう | |
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生年月日 | 1908年9月20日 |
没年月日 | 2002年8月29日(93歳没) |
出身校 | 京都帝国大学経済学部卒業 |
前職 | 福島県岩瀬地方事務所長 |
称号 |
従六位 勲六等瑞宝章 |
当選回数 | 5回 |
在任期間 |
1956年5月10日 - 1964年5月9日 1972年5月10日 - 1984年5月9日 |
澤田 三郎(さわだ さぶろう、1908年(明治41年)9月20日[1][2] - 2002年(平成14年)8月29日[2])は、日本の政治家。福島県須賀川市長(5期)。
来歴
[編集]1932年京都帝国大学経済学部卒業[1]。愛知、兵庫、富山の各県に勤務した後、陸軍司政官となる[1]。戦後、福島県岩瀬地方事務所長などを経て、1951年須賀川市長に当選する[1]。
市長就任後はまず、赤字財政からの脱却に取り組み、地方財政再建特別措置法を受け入れ、市役所内部の機構改革に取り組んだ[1]。市職員の研修を実施し、職員の資質と勤務能率の向上を図った[1]。また、市税滞納者の整理に力を入れるとともに、歳出入両面での努力の結果、1期目で負債を完済させ、自主独立の財政計画を達成させるに至った[1]。
須賀川市長を1964年までの2期8年務めた後、1972年に市長に復帰した[3]。復帰後は須賀川地方保健環境組合、同地方広域消防組合各管理者、福島県農業会議常任会議員、矢吹原土地改良区理事長、須賀川牡丹園保勝会理事長などを兼任[3]。在職中に市民憲章や市の木(アカマツ)、市の花(ボタン)の制定をした[3]。このほか市内に公民館や図書館などが完成、工業団地の造成や交通網の整備、大型店の進出などがあった[4]。
2度目の市長は1984年まで3期12年務め、計5期20年務めた。退任後は助役の高木博が後継者となった。2002年に死去した。
在職中に日本赤十字社表彰を受け[3]、その後、勲六等瑞宝章を受章[1]、死去に際し従六位を贈られた[1]。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 歴代知事編纂会編『日本の歴代市長』第1巻、歴代知事編纂会、1983年。
- 『全国歴代知事・市長総覧』日外アソシエーツ、2022年。