津田信正
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時代 | 江戸時代前期 |
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生誕 | 元和3年(1617年) |
死没 | 元禄8年8月12日(1695年9月19日) |
改名 | 太郎左衛門、九郎兵衛、永入 |
戒名 | 直心院得翁永入 |
主君 | 徳川光友 |
藩 | 尾張藩士 |
氏族 | 津田氏 |
父母 | 父:津田知信、母:滝川忠征娘 |
兄弟 | 信正、信之、女子 |
妻 | 野々口丹波守娘 |
子 | 高寛、信常 |
津田 信正(つだ のぶまさ)は、江戸時代前期の尾張藩士。家紋は織田木瓜。
略歴
[編集]元和3年(1617年)、織田藤左衛門家(小田井織田氏)の子孫・津田知信の子として誕生。
寛永18年(1641年)、家督を相続する(寄合、御馬廻組1000石)。貞享2年(1685年)隠居、永入と号する。
元禄8年(1695年)8月12日、病没。享年79。戒名は直心院得翁永入。
弟・権之丞信之は、貫流槍術の創始者である。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 『士林泝洄』
- 『藩士名寄』