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海津市立石津小学校

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
海津市立石津小学校
養老山地の石津御嶽から望む海津市立石津小学校の全景(2018年9月3日撮影)
養老山地の石津御嶽から望む全景(2018年9月)
地図北緯35度10分15秒 東経136度37分50秒 / 北緯35.17072度 東経136.6306度 / 35.17072; 136.6306座標: 北緯35度10分15秒 東経136度37分50秒 / 北緯35.17072度 東経136.6306度 / 35.17072; 136.6306
国公私立の別 公立学校
設置者 海津市
設立年月日 1873年
共学・別学 男女共学
学校コード B121222100081 ウィキデータを編集
所在地 503-0536 
岐阜県海津市南濃町吉田319
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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海津市立石津小学校 (かいづしりつ いしづしょうがっこう)は、岐阜県海津市南濃町にある公立小学校

沿革

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  • 1873年(明治6年) - 大里村に蒙享学校が開校。
  • 1876年(明治9年) - 伊勢暴動の一揆隊に焼き払われ、廃校。
  • 1877年(明治10年) - 太田村に太田蒙享学校として復興する。
  • 1887年(明治20年) - 境村に境簡易科小学校が開校する[注釈 1]
  • 1889年(明治22年) - 太田蒙享学校が太田尋常小学校に改称する。境簡易科小学校が太田尋常小学校境分教場となる。
  • 1893年(明治26年) - 境分教場が境尋常小学校として独立する[注釈 2]
  • 1896年(明治29年)9月 - 境尋常小学校校舎が洪水で流出。翌年3月まで休校。
  • 1897年(明治30年) -
  • 1914年(大正3年) - 石津尋常小学校が境尋常小学校を統合する。
  • 1915年(大正4年)
    • 4月 - 石津尋常高等小学校に改称する。
    • 11月 - 現在地に移転。
  • 1941年(昭和16年) - 石津国民学校に改称する。
  • 1947年(昭和22年) - 石津村立石津小学校に改称する。
  • 1954年(昭和29年)11月5日 - 海津郡城山町、石津村、および養老郡下多度村が合併し、南濃町が発足。同時に南濃町立石津小学校に改称する。
  • 1955年(昭和30年) - 校舎(鉄筋コンクリート造)が完成。
  • 1956年(昭和31年) - 校舎を増築。
  • 1975年(昭和50年) - 石津小学校附属幼稚園が開園する。
  • 2005年(平成17年)3月28日 - 海津町平田町、南濃町が合併して海津市が発足。同時に海津市立石津小学校に改称する。
  • 2006年(平成18年) - 現在の校舎が完成。
  • 2007年(平成19年) - 現在の体育館が完成。
  • 2011年(平成23年) - 石津小学校附属幼稚園が南部保育園と統合し、石津認定こども園となる。石津認定こども園は旧・南部保育園園舎を転用する。

通学区域[1]

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全て南濃町の地域。

  • 安江(山崎さくらヶ丘を除く)
  • 太田
  • 吉田
  • 松山
  • 田鶴

進学先中学校

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脚注

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  1. ^ 海津市立小学校及び中学校の就学区域を定める規則

注釈

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  1. ^ 校区は境村。
  2. ^ 校区は境村、田鶴村
  3. ^ 校区は太田、松山、吉田。

参考文献

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  • 南濃町史 通史編 (岐阜県海津郡南濃町 1982年) P.868 - 922

関連項目

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外部リンク

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