海犬養勝麻呂
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海犬養 勝麻呂(あまのいぬかい の かつまろ、生没年不詳)は、飛鳥時代の人物。
経歴
[編集]皇極天皇4年(645年)に発生した乙巳の変において、中大兄皇子の命令により勝麻呂は佐伯子麻呂・葛城稚犬養網田の暗殺実行者二人に箱の中から取り出した2つの剣を渡す。同時に「努力努力(ゆめゆめ)急須(あからさま)に斬るべし」という言葉が二人に伝えられた。子麻呂たちは水で飯を流し込んだが吐き出してしまい、中臣鎌子がこれを責めて励ましたという[1]。
『日本書紀』では勝麻呂が剣を授けたことになっているが、この変のことを記す『藤氏家伝』には勝麻呂の名前は現れない[2]。海犬養氏は県犬養氏・稚犬養氏らとともに、宮廷門の護衛を担当していたことから、勝麻呂がこの変に関与したものと想定される[3]。
脚注
[編集]関連作品
[編集]- テレビドラマ