滝沢市立滝沢小学校
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滝沢市立滝沢小学校 | |
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北緯39度45分27.2秒 東経141度5分35.1秒 / 北緯39.757556度 東経141.093083度座標: 北緯39度45分27.2秒 東経141度5分35.1秒 / 北緯39.757556度 東経141.093083度 | |
過去の名称 |
滝沢尋常小学校 滝沢国民学校 滝沢村立滝沢小学校 |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 滝沢市 |
校訓 |
かしこい子 心豊かな子 すこやかな子[注 1] |
設立年月日 | 1893年1月2日 |
共学・別学 | 男女共学 |
分校 |
川前分教場(1941年廃止) 1899年 - 1941年 一本木分教場(1941年廃止) 1900年 - 1941年 柳沢分教場(1941年廃止) 1913年 - 1941年 |
学期 | 3学期制 |
学校コード | B103221600026 |
校舎面積 | 5,848 m2[2] |
所在地 | 〒020-0643 |
岩手県滝沢市外山86-19 | |
外部リンク | 公式サイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
滝沢市立滝沢小学校(たきざわしりつ たきざわしょうがっこう)は、岩手県滝沢市外山にある公立小学校。通称は滝沢小(たきざわしょう)、滝小(たきしょう)。
沿革
[編集]経緯
[編集]滝沢市立滝沢小学校は、1893年に滝沢尋常小学校として設立された。その後、1941年に国民学校令により、滝沢国民学校に改称した。第二次世界大戦降伏後の学制改革によって、1947年に滝沢村立滝沢小学校となり、同時に滝沢中学校を併設した。同時に併設された滝沢中学校は、1951年に独立した。2014年、滝沢村の市制施行により、滝沢市立滝沢小学校に改称した[3]。
年表
[編集]- 1893年(明治26年)1月2日 - 「滝沢尋常小学校」として開校[4]。
- 1899年(明治32年)10月 - 川前分教場を開設[4]。
- 1900年(明治33年)4月 - 一本木分教場を開設[4]。
- 1911年(明治44年)10月15日 - 滝沢字土沢第6地割に新校舎を落成し、移転[5]。
- 1913年(大正2年)6月20日 - 柳沢分教室を開設[5]。
- 1922年(大正11年) - 柳沢分教室を柳沢分教場に移行[5]。
- 1935年(昭和10年) - 給食を開始[3]。
- 1941年(昭和16年)
- 1947年(昭和22年)4月1日- 学制改革により、「滝沢村立滝沢小学校」に改称。滝沢中学校を併設[5]。
- 1951年(昭和26年)3月 - 滝沢中学校が独立。
- 1958年(昭和33年)7月28日 - 校庭を拡張[5]。
- 1959年(昭和34年)1月5日 - 校章を制定[5]。
- 1960年(昭和35年)3月 - 校旗を制定[3]。
- 1962年(昭和37年)11月23日 - 講堂を落成[5]。
- 1964年(昭和39年)12月22日 - 校歌を制定[5]。
- 1967年(昭和42年)11月 - 完全給食を開始[3]。
- 1982年(昭和57年)8月 - 新校舎を落成し、移転[3]。
- 2005年(平成17年) - 国語力向上モデル事業に指定(翌年度まで)[3]。
- 2014年(平成26年)1月1日 - 市制施行により、「滝沢市立滝沢小学校」に改称[3]。
- 2019年(平成31年)4月1日 - 大規模化(マンモス校化)解消のため、学区の一部を分離し、滝沢中央小学校を分離開校[6]。
学校行事
[編集]主な行事を掲載[7]。
1学期
- 4月 - 紹介式、始業式、入学式、一迎会
- 5月 - 家庭訪問、児童会総会、修学旅行(6年生)
- 6月 - 遠足(3年生)、プール開き、社会科見学(4・5年生)
- 7月 - 滝沢市小学校陸上競技記録会、社会科見学(6年生)、期末面談、1学期終業式
2学期
- 8月 - 2学期始業式
- 9月 - 運動会、鑑賞教室、遠足(1・2年生)
- 10月 - 学習発表会
- 11月 - タキソウ音楽祭
- 12月 - 期末面談、CRTテスト、2学期終業式
3学期
- 1月 - 3学期始業式、スキー教室(6年生)
- 2月 - スキー教室(4・5年生)、六送会
- 3月 - 期末面談、修了式、卒業式、新入生1日体験入学、離任式
児童会活動・クラブ活動など
[編集]- サッカークラブ
- ソフトボールクラブ
- バスケットボールクラブ
- 将棋クラブ
- むかし遊びクラブ
など多数。
また児童会が存在する。活動としては、クラブ・委員会の統率や学校の管理、学校ぐるみの活動(あいさつ運動等)の指揮を行ったりする。
通学区域
[編集]- 滝沢市
- 中村、外山、祢宜屋敷、湯舟沢、卯遠坂、木賊川、根堀坂
- 土沢の一部、大久保の一部、高屋敷平の一部、穴口の一部、平蔵沢の一部、高屋敷の一部、室小路の一部、牧野林の一部、細谷地の一部
出典:[8]
進学先の中学校
[編集]アクセス
[編集]- JR東日本IGRいわて銀河鉄道盛岡駅東口9番のりばより岩手県交通バス利用。
- 「青山町線・滝沢営業所」行に乗車。「滝沢小学校口」バス停下車。徒歩5分。
周辺
[編集]- 滝沢市立滝沢中学校
- 元村保育園
- 東北自動車道
著名な出身者
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ “教育目標”. 滝沢市立滝沢小学校. 滝沢市. 2024年9月1日閲覧。
- ^ “滝沢市公共施設等総合管理計画 個別施設計画 第一期(2020年~2026年)【学校教育施設】”. 滝沢市. p. 4 (2020年4月). 2023年5月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年9月1日閲覧。
- ^ a b c d e f g “沿革史”. 滝沢市立滝沢小学校. 滝沢市. 2024年9月3日閲覧。
- ^ a b c 福田武雄 1974, p. 1247.
- ^ a b c d e f g h i j 福田武雄 1974, p. 1248.
- ^ “学校紹介”. 滝沢市立滝沢中央小学校. 滝沢市. 2024年9月3日閲覧。
- ^ “令和5年度学校行事年間計画”. 滝沢市 (2023年4月4日). 2024年9月3日閲覧。
- ^ “学校別の通学区域表”. 滝沢市公式サイト. 滝沢市. 2024年9月3日閲覧。
- ^ 「【オリックス】涙の数だけ強くなった斎藤響介プロ初勝利「次も勝ち投手に」由伸期待の19歳が大仕事」『日刊スポーツ』2024年6月8日。オリジナルの2024年6月26日時点におけるアーカイブ。2024年9月3日閲覧。
参考文献
[編集]- 福田武雄 編『農民生活変遷中心の滝沢村誌』滝沢村、1974年4月1日。doi:10.11501/9569298。 NCID BN10350503。