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熟字訓

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

熟字訓(じゅくじくん)とは、日本語において漢字からなる単語に、単字単位ではなく熟字単位で訓読み(訓)を当てたものである。それ故に、単字に分解してもそれぞれに熟字訓の要素は現れず、その読み方でも分節不可能なものが多い。

常用漢字表[1]の付表には、熟字訓の全てではないが、そのうちの116種(123表記)が示されている。

特徴

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例えば、「明日」に「あす」という訓が当てられているが、単字の「明」や「日」に「あす」の要素は無く、読みの「あす」は「あ」と「す」に分けられない。漢語においては、「明」と「日」は修飾や被修飾の関係で組み合わせて新たな意味を作り出しているのであって、これを単字それぞれが持つ字訓を使わずに二字まとめて一訓を当てたものである。なお、単字訓で読めば「あくるひ」になる。

よく使われる言葉が熟字訓になっている場合が多く、訓には和語ばかりでなく外来語も使われうる。

例えば、「煙草」を「たばこ」と訓読みする。熟字が漢語文法に則って作られていることが前提であり、字音や字訓を利用しつつも漢字本来の意味や熟字構造を無視して和語や外来語に漢字を当てる当て字とは異なる。また、熟字訓と音読みで意味が異なる場合がある。

例えば、「今日」は、「きょう」と読む場合にはある特定の(本日)を指し、「こんにち」と読む場合には不特定の長い期間(最近)を指す。

一般に二字か三字で特殊な読みをするものがすべて熟字訓と考えられることも有るが、それは誤りである。例えば、「玄人」と「素人」をそれぞれ「くろうと」および「しろうと」と読むが、これは、「玄」を「くろ」に、「素」を「しろ」に、「人」を「ひと」に分解され、その「くろ」+「ひと」のウ音便に過ぎない。

熟字訓も通常の訓読みと同様に、個人的な使用(義訓)から生じてそれが慣用的なものとして定着したものが現在に見られる熟字訓である。例えば、江戸時代に「閑話休題」を「それはさておき」と訓読みしていたことが知られるが、現代には定着していない。

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地名
日本の地名や人名には熟字訓であるものが少なからず存在し、それらは「大和やまと」や「飛鳥あすか」のように熟字の語義と訓とがかなりかけ離れているものも多く、訓が語義を説明するものというよりも地名に対して漢風の漢字で表記したものと言える。

これは律令制の整備に際し、日本の地名に中国風に漢字2字の名称をつけたとき、もとの和名からかけ離れた漢字熟語を用いたためである。 例えば、「近江おうみ」のように「ちかつあはうみ」から漢字が付けられていても、元々の関係性が明確でなくなっているものも多い。

暦・季節・時間
熟語 熟字訓 音読み 意味
一昨昨日 さきおととい いっさくさくじつ 3日前の日
一昨日
  • おととい
  • おとつい
いっさくじつ 2日前の日(前々日)
昨日 きのう さくじつ 1日前の日(前日)
今日 きょう こんにち 「きょう」は本日を、「こんにち」は最近を意味する。
明日
  • あす
  • あした
みょうにち 1日後の日(翌日)
明後日 あさって みょうごにち 2日後の日(翌々日)
明明後日 しあさって みょうみょうごにち 3日後の日
弥の明後日 やのあさって[注釈 1] 4日後の日
一日 ついたち
  • いちにち
  • いちじつ
1日
二日 ふつか ににち 2日
晦日
  • つごもり
  • みそか
かいじつ 末(ただし、「大晦日」は12月31日を意味する。)
如月 きさらぎ じょげつ 2月
弥生 やよい いやおい[注釈 2] 3月
さつき ごがつ(五月) 5月
師走
  • しわす
  • しはす
12月
今年 ことし こんねん
一昨年 おととし いっさくねん 2年前の年(前々年)
今朝 けさ こんちょう 今日の
十六夜 いざよい じゅうろくや 満月の次の日の夜もしくはその時に出る
七夕 たなばた しちせき 7月7日またはその日に行われる祭り
一寸 ちょっと いっすん 「ちょっと」は短い時間を、「いっすん」は長さの単位『』を意味する。
人称
熟語 熟字訓 音読み 意味
下手 へた
「へた」・「したて」・「しもて」は、それぞれ、拙いさま・遜るさま・舞台の向かって左側の位置を意味する。
大人 おとな
  • だいにん
  • たいじん
成人を意味するが「たいじん」と読む場合には度量のあるのことも意味する
従兄弟 いとこ じゅうけいてい 父母兄弟姉妹
従姉妹 じゅうしまい
伯父 おじ はくふ 父母の
叔父 おじ しゅくふ 父母の
伯母 おば はくぼ 父母の
叔母 おば しゅくぼ 父母の
曽孫 ひまご そうそん の子
玄孫 やしゃご げんそん 孫の孫
女将 おかみ じょしょう 旅館料理屋等の女主人
乳母
  • うば
  • おんば
にゅうぼ 子供を育てるための人を意味して「うば」と読まれるが「乳母日傘」の場合には「おんばひがさ」と読まれる
自然
熟語 熟字訓 音読み 意味
梅雨 つゆ ばいう の間にが多く降る期間およびその雨
時雨 しぐれ じう から初にかけての冬型の気圧配置に伴って日本海側で降る雨
五月雨 さみだれ ごがつう 梅雨と同じ意味
雪崩 なだれ が崩れること
吹雪 ふぶき と雪が強いこと
陽炎 かげろう ようえん 春及び夏に起こる気象現象
紅葉 もみじ こうよう 秋に起こる落葉の色が変わる現象(その落ち葉に対して同様の表記で「もみじば」と当てられる)
疾風 はやて しっぷう 非常に強く吹く風(このことから転じて、非常に速いさまを意味する場合も有る。)
息吹 いぶき 息を吹くこと(「息吹く」とも)または生気・活気の有るさま)
動植物
熟語 熟字訓 音読み 意味
土筆 つくし どひつ 「つくし」はスギナの胞子茎を、「どひつ」は焼き筆を意味する。
女郎花 おみなえし オミナエシ科多年草
山葵 わさび アブラナ科植物
百合 ゆり ユリ科の多年草
海月 くらげ かいげつ 浮遊生活を送る刺胞動物を意味するが「かいげつ」と読まれる場合には海面に映った月影を意味しうる
水母 すいぼ
海老 えび かいろう 甲殻類動物の一種
烏賊 いか うぞく 十本腕の頭足類の一種
小豆 あずき しょうず 餡子原料瀬戸内海播磨灘に位置する小豆島の「小豆」は「しょうど」と読まれ、香川県に属する小豆郡の「小豆」は例の通りに「しょうず」と読まれる。)
桜桃 さくらんぼ おうとう 落葉高木の一種
大蛇 おろち だいじゃ 大きなの種類や総称(日本神話で登場する架空の巨大な蛇型生物『ヤマタノオロチ』が元来の意味である。)
銀杏 いちょう ぎんなん 「いちょう」はイチョウ科の落葉性裸子植物を、「ぎんなん」はその種子を意味する。
無花果 いちじく クワ科イチジク属落葉高木またはその果実(花を咲かせずに実をつけるように見えることに由来する)
紫陽花 あじさい しようか アジサイ科アジサイ属の落葉低木の一種
食物
熟語 熟字訓 音読み 意味
ところてん 海藻類を煮溶かして作った寒天質を冷まして固めた食品
果物 くだもの かぶつ 甘味酸味の強く特に樹木に生る果実
灰汁 あく 食品に含まれる不快な成分
河岸 かし
  • かがん
  • かわぎし
「かし」は魚市場を、「かがん」と「かわぎし」は川の岸を意味する。
あま に潜り魚介類を採る女性(海女)・男性(海士)
生活用品
熟語 熟字訓 音読み 意味
眼鏡 めがね がんきょう 視力矯正する道具
足袋 たび 日本固有の伝統的な足用下着
竹刀 しない ちくとう で作られた
団扇 うちわ だんせん 扇ぐことで風を起こせるようにした日本の伝統的な道具
松明 たいまつ しょうみょう で持てるようにした火の点いた木切れ
蚊帳 かや ぶんちょう からを守るための箱状の
浴衣 ゆかた よくい 単純な構造和服
  • 母屋
  • 母家
おもや 家屋の主たる建物
文化
熟語 熟字訓 音読み 意味
大和 やまと だいわ 奈良県天理市付近の地域(奈良県や日本全体を指すこともある)や神奈川県大和市企業名には熟字訓と音読みのどちらも使用されるが、人名にも使われているには熟字訓の方が使われる。)
やぶさめ 疾走する上から的にを射る弓術稽古儀式
太刀 たち 大きな刀や直刀でない刀(「助太刀」は助勢や援護を意味する。)
山車 だし さんしゃ 祭りに使われる大勢で引く車輪付きの出し物
神酒 みき しんしゅ に供える
神楽 かぐら 神に奉納するための歌と舞
祝詞 のりと しゅくし 神に奉納するための言葉
女形 おやま おんながた[注釈 2] 女性を演じる男性役者歌舞伎など)
土産 みやげ
  • どさん
  • とさん
「みやげ」はその土地の特産品旅先で仕入れた品物および記念品を、「どさん」はその土地の産物を意味する。
田舎 いなか でんしゃ 人口が疎らで辺鄙な地域(いわゆる地方)または生まれ故郷(「片田舎」は人口はそれほど少なくはないが辺鄙な地域を意味する。)
相撲 すもう 日本の伝統的な格闘技
鍛冶 かじ たんや 鍛造による金属製品の製作またはその業者(鍛冶屋
玩具 おもちゃ がんぐ 人や動物の遊び道具(狭義では子供のそれを意味する)
用言
熟語 熟字訓 音読み 意味
可笑(しい) おか(しい) 滑稽な・奇妙な
相応(しい) ふさわ(しい) そうおう 似合っている・釣合っている
美味(しい) おい(しい) びみ が良い
不味(い) まず(い) ふみ 味が悪い・味気の無い
彷徨(う) さまよ(う) ほうこう 迷い歩く
躊躇(う) ためら(う) ちゅうちょ 決心がつかない
蹌踉(めく) よろ(めく) そうろう よろよろする
その他
熟語 熟字訓 音読み 意味
欠伸 あくび けんしん 反射的に空気を吸うこと
九十九 つくも
  • きゅうじゅうきゅう
  • くじゅうく
「つくも」はたくさん在るさまや99(数)を、「きゅうじゅうきゅう」は99(数)を意味する。なお、「九十九折」は「つづらおり」と読まれる。
台詞 せりふ だいし 演劇漫画などの登場人物が発する言葉
科白 かはく
二十歳 はたち にじ(ゅ)っさい 20(数)または20歳
二十 にじゅう
八百 やお はっぴゃく 800(数)またはたくさん在るさま
十八番 おはこ じゅうはちばん 自分が最も得意とする芸や技
為替 かわせ 金銭を決済する方法
美人局 つつもたせ 詐欺行為の一種
流石 さすが 実力が相応分であるさま
老舗 しにせ ろうほ 長年の伝統の有る企業
可惜(身命) あたら(しんみょう) を大切にすること(「不惜身命」(命懸けで挑戦すること)の対義語では専ら四字熟語として使われる[注釈 3]

脚注

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注釈

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  1. ^ 「や」は「弥」の訓読みである。
  2. ^ a b c d 訓読み
  3. ^ 「可惜」はそれ自体で「あたら」と読まれる。

出典

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  1. ^ 常用漢字表” (PDF). 文化庁. 2011年11月30日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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  • 熟字訓」(PDF)『校正ノート』第9号、晃南印刷、2015年7月1日。 [リンク切れ]
  • 和泉薫「雪崩と書いてなぜ「なだれ」と読むのですか」『雪氷 : 日本雪氷協會雜誌』第71巻第1号、2009年1月、27頁、CRID 1572824500750645632ISSN 03731006 
  • 陳力衛「日中両言語の交渉に見る熟字訓の形成」『国語学』第54巻第3号、日本語学会、2003年7月、30-43頁、CRID 1520290883356548480ISSN 04913337 
  • シュテファン·カイザー「世界の文字・中国の文字・日本の文字 : 漢字の位置付け再考」『世界の日本語教育. 日本語教育論集』第5巻、国際交流基金日本語国際センター、1995年4月、155-167頁、CRID 1390853649812687744doi:10.20649/00000220ISSN 09172920 
  • 武部良明「漢字の読み方について」『講座日本語教育』第15分冊、早稲田大学語学教育研究所、1979年、75-93頁、CRID 1050282677486318336hdl:2065/3184