大人買い
大人買い(おとながい)とは、食玩(玩具付きの菓子)などの子供向けの商品を、大人が一度に大量に買うことを表す俗語[1]。転じて、子供向け商品に限らず、単に通常人が1回に買う平均を大幅に上回る数量の物やサービスを購入することも言う[2]。2000年前後頃から急速に一般化した言葉で、日本の代表的な国語辞典のひとつである『広辞苑』にも、その第六版(2008年)で関連語の「食玩」などとともに新規収録された。類似の表現に「箱買い」・「カートン買い」・「ケース買い」・「まとめ買い」などの語があり、ときに同義に用いられることもある。
語義
- 1.(原義)食玩(おまけ)などパッケージを開封しないと中身が分からないおまけ入りの子供向け商品を、金銭的に余裕のある大人が一度に大量に購入すること。
- 2. 転じて、子供向け商品に限らず通常人が買う平均を大幅に上回る量の物を一度に買うこと。主に趣味の分野(漫画の全巻/映画やTVドラマの全シリーズ/音楽ソフト/書籍/キャラクターグッズ等)で同シリーズで何種も発売されるものを一括で全て買うこというが、趣味以外のものを対象とする場合もあり、実質的には「まとめ買い」の言い換えに過ぎない例も多い。
殊更に「大人」の語が含まれているように、この語には本来は子供たちがその小遣いで少量ずつ買うべき子供向け低額商品を、大の大人が財力に物を言わせて一括大量購入するというニュアンスが含まれている。更には大量購入した結果、本体の食品や「ダブり」のおまけに大量の余剰が出ること、子供の列に大人が混じって購入すること、中のアイテムによって一喜一憂する姿などから、大人買いとはすなわち「大人気ない買い方」であるとの皮肉った言い方も存在する[2]。
なお、語形がよく似ていて起源も語義も全く異なる異義語に「ヲトナカヒ」がある。これは明治時代中頃の盗っ人仲間の隠語を当時の警察関係者がまとめた『日本隠語集』(1892年)に収録されているもので[3] 、「店頭ノ物ヲ盗取スルコトヲ云フ」(愛知県管内ニ通スル語)と説明されている。この語は『日本国語大辞典』(小学館)[4]にも同書を引用するかたちで収載されており、その語源については「『音無買』の意か」との注釈がなされている。
発祥とその背景
「大人買い」という語の発祥の詳しい経緯は必ずしも明らかではないが、本来はオタク用語[5]、あるいはトレーディングカードのコレクター間の用語[6]が起源だと言われている。
この語が一般化したのは2000年前後の時期とみられ、その背景にはペプシコーラが1998年以降に商品のおまけとして付けたキャラクター型ボトルキャップや、1999年9月からフルタ製菓が発売したチョコエッグのおまけなどを熱心に集める大人たちによる「食玩ブーム」があったとされる[5]。特に後者のチョコエッグのおまけの「日本の動物コレクション」は、大人の鑑賞に堪えうる精密さを誇り、食玩ブームの火付け役となったと言われる商品で、このブームと大人買いという用語の一般化とは時期をほぼ同じくしている[7]。これらのおまけには1シリーズ中に複数種の造形のものが用意されており、そのうちのどれが入っているかは包装を開けるまで分からない仕組みになっていた。そのため全種類を収集するには、おまけがダブる(重複する)ことを覚悟で同じ商品を多数買わねばならず、更には「シークレットアイテム」と称され、公表されたラインナップにも明確には紹介されない希少性の高いおまけ(レアアイテム)も付けられたことから、一度に大量に購入する大人が多く出現した。この現象がすなわち「食玩ブーム」であり、これをマスコミなどが紹介する際には、その様子を表す「大人買い」という語と併せて報道されることも多く[8]、食玩ブームに乗ってこの語も流布されたと言える。
また、1999年11月発行の久米田康治作の漫画作品『かってに改蔵』の単行本5巻第1話『これが大人の買い方だ!!』[9]でも原義としての「大人買い」の語が使用され、それに因んだストーリーとなっている。この作品と「大人買い」の語の流布との関係は不明であるが、使用例としてはかなり早い時期であり、同作品はは他にも『不発弾』などのネットスラングを中心に若者言葉として流布した表現も少なくないことから、幾許かの影響があった可能性もある。2000年以降はその他の複数の漫画作品にも『大人買い』という表現が見られるようになる。
用法の拡大
この語の一般化にともない語義の拡大傾向も見られるようになっていった。ネット上では既に2000年の時点でマンガ本の全巻一括購入やボウリング場のレーンの一日中の独占、あるいは子供時代にできなかった習い事を自腹で始めることなどを「大人買い」と表現したサイトが存在し、食玩に代表されるような子供向けの商品とは無関係なものへの使用例が見られたという[5]。一方、雑誌などでも2000年代前半から、古書(2002年)[10]、あるいは万年筆の詰め替え用インクや帽子(2003年)[11])など、子供向けでないものや明らかに大人向けの商品であっても、一度にまとめて購入することを大人買いと表現する例が見られる。さらに2000年代半ば以降では、単に子供向けではないというだけではなく、グッチ(2006年)[12]やルイ・ヴィトン(2006年)[13]、あるいは一流の仕立て職人を呼んで採寸させる一着60万円以上のオーダースーツ(2007年)[14]といった、一般的な大人でさえ大量には買わないような高額商品のまとめ買いにも使用されるようになり、語義が拡大・拡散した。
一般化と定着
チョコエッグに代表される食玩ブームは2000年以降もしばらく続き、ビックリマンシリーズの人気再燃によるビックリマン2000、そして完全に大人をターゲットとしたトレーディングカード市場の活性化、さらにはコレクションアイテム以外への用法の拡大などを背景として「大人買い」の語は確実に定着して行き、2008年刊行の『広辞苑』第六版では、新たに収載された1万語のうちの一つとなった。
このような一般化と定着の背景には、通常の「まとめ買い」を「大人買い」と言い替えるかたちでこの語を積極的に利用し業者の存在もあった。例えば2005年頃からは大人買いの語を使った商品紹介記事が雑誌上に複数見られるようになったが、紹介されている商品はファッションアイテム[15]や化粧品[16]などの成人女性向け商品、あるいは家電製品[17]や、革製小物から腕時計その他諸々[18]などの商品群であり、子供向け商品やおまけ付き商品にとどまらず、景気低迷の中で「大人買い」という新語に消費拡大の期待を寄せる業者の姿が見える。この流れはその後も続き、2008年にも、対象年齢を問わず一度にまとめて購入できるセットを用意して、「大人買い!」の文言や「大人買いセット」などの名とともに商品を販売する業者も少なからず見られた[19]。
なお雑誌などの使用例では、購買者の立場に立った記事の場合には「大人買い」や”大人買い”のように括られる多く、販売者側の立場からの記事では何の括りもなく使用されることが多く、「大人買い」に対するスタンスの違いと見ることもできる。
大人買いの心理
大人買いの話題を扱った新聞や雑誌の記事などでは、人を大人買いに駆り立てる心理についてもしばしば言及されており、低成長経済や社会的閉塞感の中にある大人たちの子供時代の夢の世界への回帰願望の表れとするもの[20]や、子供時代に思う存分に買えなかった憾みを晴らしたり、思う存分に買ってみたかった夢を大人になって実現するもの[21][22]、あるいはこれらの両方が読み取れるもの[23]などがあり、概して、子供の頃に経済的な理由から欲しい商品を満足に手にすることができなかったことのフラストレーションと、大人になりある程度自由に商品を購入できるようになったことによるカタルシスと解しているものが多い。
一方、このような解釈に異議を唱えるかのような意見もある。林真理子は、「そんな幼少期のトラウマよりも『大人買い』の最大の原因は『また買いにくるのがめんどうくさい』これに尽きるような気がする」と述べている[24]。彼女はその理由として、大人買いをする自分自身に関して、家はビンボーであったが欲しい物は買ってもらえたこと、昔の子供は欲望が希薄で情報も少ないため欲しい物自体タカが知れたものであることなどを挙げ、子ども時代のトラウマ起因説を否定している。ただし「めんどうくさい」という理由で彼女自身が実際に行う「大人買い」の例として挙げているのは、作家の全集ものを一括で揃える、コミックもまず全巻買う、洋服はシーズンごとにラック買いする等々、一般に言う「まとめ買い」と同じとも見做せるものである。したがって「めんどうくさい」とう理由もまた一般的な「まとめ買い」に対する説明であり、子供時代のフラストレーションに関連付ける原義の「大人買い」の心理的解釈に対しては、必ずしも有効な異論とはならない可能性もある。
派生スラング
- ネット上のスラングとして、証券市場などにおいて、個人投資家などの小口の買注文に対して、機関投資家などの大口の買注文も大人買いと呼ばれる場合がある。[要出典]エラー: タグの貼り付け年月を「date=yyyy年m月」形式で記入してください。間違えて「date=」を「data=」等と記入していないかも確認してください。
- 女性による大人買いを「乙女買い(おとめがい)」と言い換える例がネット上にも少なからず見られる(2009年5月現在)。
類似語
- 大名買い
- 大尽買い
関連項目
脚注
※「大人買い」の部分強調は本稿の執筆者による
- ^ 新村出(編)『広辞苑』第六版(普通版)、岩波書店、2008年、410頁。ISBN 978-4-00-080121-8 C0500
- ^ a b 「〔早耳〕 大人買い」(読売新聞 2005年10月21日 西部版朝刊 35頁 社会面)-「大人買い」の解説-
- ^ 稲山小長男(編)『日本隠語集』、1892年、47頁。
- ^ 日本国語大辞典刊行会編 『日本国語大辞典』第二版・第二巻、2004年、小学館、1273ページ。ISBN 4-09-521002-8
- ^ a b c 片桐圭子「大人買いという快楽 お菓子のおまけにはまってしまう」(『AERA』 2001年1月1日号 83頁)
- ^ 日本語俗語辞書 「大人買い」
- ^ 太田サトル「チョコエッグはどこへ フルタ製菓と海洋堂が決別 コレクター心を熱く燃やし、大人買いに走らせた原点」(『AERA』 2002年3月18日号 62頁)
- ^ 銅山智子「[丸かじり探検隊] 菓子よりおまけ…『食玩ブーム』を探る」(毎日新聞 2003年6月24日 朝刊 15頁)ほか。
- ^ 久米田康治『かってに改蔵. 5』 少年サンデーコミックス 小学館 ISBN 4-09-125535-3
- ^ 「本の虫が薦める本好きのための極上読書案内 予算2万円!古本買い物ゲーム 大西祥平さん・吉田豪さん 降ってわいた臨時ボーナスで古本”大人買い”を実況中継!」(『ダカーポ』2002年8月21号 32-33頁)
- ^ 石田依良「私のごひいき 138回『大人買い』がたのしいそこそこ価格のグッズベスト3」(『週刊文春』2003年11月13日号 119頁)
- ^ 「芸能ワイド ネタウンミーティング ホリエモン 裁判のストレス!? 銀座グッチで超大人買い?」(『週刊女性』2006年12月12日号 175-176頁)
- ^ 「芸能人のお値段 日米スター買いまくり伝説 忙しいスターは値段きにせず大人買い」(『日経エンタテインメント』2006年12月号 38頁)
- ^ ニック・フォークス「スーツ200着の『大人買い』」(『ニューズウィーク日本版』2007年12月26日号 62頁)
- ^ 「おしゃれさん18人から学ぶ心意気! 大人買いでセンスアップ。」(『an・an』 2005年1月26日号 53-59頁)
- ^ 「肌セレブ直伝 私たち、実力派通販コスメを大人買い!」(『女性セブン』2006年6月1日号 101~137頁)
- ^ 「どーする?買っちゃえ!最新『家電』大人買い記念日 『テレビ・洗濯機・冷蔵庫…いま欲しいBEST3』『掃除機&アイロン』『必須デジカメ&ビデオカメラ』」(『女性自身』2006年7月4日号 193-199頁)
- ^ 「[自分にごほうび]大カタログ 来年も仕事を頑張りたいから、この機会にどーんと大人買い!」(『Gainer』2006年12月号 75-106頁)>
- ^ 「100冊大人買い! 今年の100冊、どーんとまとめてセットでお買い求めいただけます」 「2008年新潮文庫の100冊セット(109冊)」 新潮社(2009年5月13日閲覧)
- ^ 「乗れるチョコQ、お酌ロボ‥‥ 少子化ゆえ大人向け おもちゃメーカー必死」(読売新聞 2002年7月17日 東京付夕刊 18頁)の記事中における関沢英彦(博報堂生活総合研究所長)による分析。
- ^ 爆笑問題「爆笑問題の世紀末ジグソーパズル 147回 大人買い ゲットできなかったガキ時代の恨み、大人になって晴らします」(『週刊プレイボーイ』2001年4月17号 82-83頁)
- ^ カーツさとう「カーツさとうの一度はやってみたい!庶民の夢 5回 駄菓子を大人買い! 食った!当たった!遊んだ!30数年来の”庶民の夢”お値段はビックリの…」(『DIME』2004年3月16日号 171-175頁)
- ^ 野口豊「いまこそサンダーバード大人買い いよいよ実写版映画公開で再び『国際救助隊』に入隊!」(『ラピタ』2004年9月号 92-97頁)
- ^ 林真理子「夜ふけのなわとび 942 大人買い」(週刊文春 2005年10月6日号[47巻38号] 68-69頁)
外部リンク
- BLOGCHトピックス 意識調査:大人買い(おとながい)女性のほうが経験多。およそ半数が経験アリ ブロッチ(アイシェア)・リサーチ 2008年07月30日(20代から40代を中心とするネットユーザー388名の回答を集計した結果)。(2009年5月13日閲覧)
- PopStyle&小町 一覧 大人買い・大人食いと言えば? 読売新聞 [YOMIURI ONLINE版] 2006年11月22日(2009年5月13日閲覧)
- CNET Japan もっとも“オトナ”なのは21歳~25歳--「漫画大人買い」データから判明(2009年5月13日閲覧)