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ABC予想

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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a + b = c

を満たす、互いに素な自然数の組 (a, b, c) に対し、積 abc の互いに異なる素因数の積を d と表す。このとき、任意の ε > 0 に対して、

c > d1+ε

を満たす組 (a, b, c) は高々有限個しか存在しないであろうか?

ABC予想(ABCよそう、: abc conjecture, 別名:オステルレ–マッサー予想、: Oesterlé–Masser conjecture)は、1985年ジョゼフ・オステルレデイヴィッド・マッサーにより提起された数論の予想である。これは多項式に関するメーソン・ストーサーズの定理整数における類似であり、互いに素でありかつ a + b = c を満たすような3つの自然数(この予想に呼び方を合わせると)a, b, c の和と積の関係について述べている[1][2]

ABC予想は、この予想から数々の興味深い結果が得られることから有名になった。数論における数多の有名な予想や定理が ABC予想から直ちに導かれる。

Goldfeld (1996) は、ABC予想を「ディオファントス解析で最も重要な未解決問題」であるとしている。

証明の試み

ABC予想を証明するためのさまざまな試みがあるが、現在完全なるコンセンサスは数学界で得られていない。

2012年8月30日、京都大学数理解析研究所教授の望月新一が ABC予想を証明したとする論文を京都大学数理解析研究所の編集する専門誌『Publications of the Research Institute for Mathematical Sciences』 (以下『PRIMS』)に投稿し、初稿が同誌のプレプリントで公開された[3][4][5][6][7]

イギリスの科学誌ネイチャーは、同教授は新たな数学的手法を開発し、それを駆使して証明を展開しているため「査読に時間がかかるだろう」と報じた[8][9]。望月は証明に用いた理論を宇宙際タイヒミュラー理論と呼んでおり、スピロ予想ヴォイタ予想の証明などを含む応用があり、整数論の問題を解く強力な道具になるとしている[10]

それらの論文について、2012年10月ヴェッセリン・ディミトロフ[11]アクシェイ・ヴェンカテシュによる指摘[12]があり、この修正により「弱いABC予想」の証明となった。なお「強いABC予想」の証明は、2020年11月、ヴォイチェフ・ポロウスキ、南出新、星裕一郎、イヴァン・フェセンコ、望月新一らによる宇宙際タイヒミュラー理論の追加となる論文[13]が提案されている。

2015年にはイヴァン・フェセンコによって[14]2017年9月には京都大学数理解析研究所の山下剛によって[15]、宇宙際タイヒミュラー理論に対するサーベイ論文が発表された。

2018年5月、および2018年9月に、ペーター・ショルツェジェイコブ・スティックスが、3.12の証明の反例となるレポート[16]を提示し、「小さな修正が証明戦略を救うことができない、そして望月のプレプリントはABC予想の証明を主張することはできない」と主張した。望月は、反例においてIUT理論にいくつかの簡略化がおこなわれており、それらの簡略化が誤りであるとして有効とはみなしてない。望月は上記のレポートに、2018年9月、および2021年3月に、彼の理論のどの側面が誤解されていると考えるかのレポート[17]を公開して反論[18]した。

2020年2月に望月の証明が『PRIMS』の査読を通過したことが、同年4月にPRIMSの共同編集委員長である京都大学数理解析研究所(RIMS)の柏原正樹玉川安騎男より発表された。「ABC予想を証明した望月氏の論文が正しいものであると判断した」[19]。また、内容に懐疑的な海外の数学者もいるが「望月教授自身が反論もしており、(ショルツェ教授からの)再反論もない」[20]ことの認識を表明し、「反論は出尽くしており、今後も平行線のままではないか」[21]との見方を示した。

2021年3月4日、望月の論文が『PRIMS』の特別号電子版に4日付で掲載された[22][23]。PRIMS誌の審査のまとめ役である玉川安騎男は「今回掲載されたものが未来に残る最終確定のものだ」とコメントした[24]

2021年7月31日、ヨーロッパ数学会が運営するzbMATHペーター・ショルツェの書評が掲載され、「このシリーズの最初の3つのパートにおいて、読者は残念ながら実質的な数学的内容をほんの少ししか見出さないだろう。第2部と第3部では、肝心の系3.12に、数行以上の証明を見出さないだろう」という否定的なコメントが付された[25]

2021年11月、「強いABC予想」の証明についても、東京工業大学が発行する数学誌「Kodai Mathematical Journal」が、ヴォイチェフ・ポロウスキ、南出新、星裕一郎、イヴァン・フェセンコ、望月新一らによる宇宙際タイヒミュラー理論の追加論文[13]を受理したことが報道[26]された。

2022年4月、アメリカ数学会が運営するMath Reviews誌にエクセター大学教授のモハメド・サイディ_(数学者)英語版[27]の書評が掲載され、宇宙際タイヒミュラー理論のCor3.12に関連するTheorem 3.11を肯定するレビューが公表[28]された。

2022年7月、東京工業大学が編集する数学論文誌Kodai Mathematical Journalが、従来のIUT理論の不等式を楕円曲線の 6 等分点を用いて数値的に明示的な形(非明示的な「定数」が現れない)に帰結させた、ヴォイチェフ・ポロウスキ、南出新、星裕一郎、イヴァン・フェセンコ、望月新一らの査読論文を掲載[29]した。この結果により、IUT理論は「弱いABC予想の証明」から「強いABC予想の証明」に適用を拡大し、フェルマーの最終定理の新たな方法による証明[30][31]を得た。

定式化

自然数 n に対して、n の互いに異なる素因数の積を n根基 (radical) と呼び、rad n と書く。以下に例を挙げる。

  • p素数ならば、rad(p) = p.
  • rad(8) = rad(23) = 2.
  • rad(45) = rad(32 ⋅ 5) = 3 ⋅ 5 = 15.

自然数の組 (a, b, c) で、a + b = c, a < b で、ab互いに素であるものを abc-triple と呼ぶ。大抵の場合は c < rad(abc) が成り立つが、ABC予想が主張するのはこれが成り立たない例(例えば、a = 1, b = 8 のとき c = 9 であり、rad(abc) = 6 である)の方である。ただし、c > rad(abc) が成り立つ例も無限に存在する[注 1][注 2]ため、rad(abc) を少しだけ大きくすることで例を有限個にできないかどうかを考える。すなわち、ABC予想は任意の ε > 0 に対して、次を満たすような自然数の組 (a, b, c)高々有限個しか存在しないであろうと述べている:

これと同値な他の定式化(Oesterlé–Masser の ABC予想)として次のものがある。すなわち、任意の ε > 0 に対してある K(ε) > 0 が存在し、全ての abc-triple (a, b, c) について次が成り立つという:

K(ε)ε に依らずに取ることはできない。)

三つ目の定式化は「」(quality) と呼ばれる概念を導入して表現する。abc-triple (a, b, c) に対して、質 q(a, b, c) を次のように定義する:

このときABC予想は、任意の ε > 0 に対して、abc-triple (a, b, c) であって q(a, b, c) > 1 + ε を満たすものは高々有限個しか存在しないということを主張している。

現在、q(a, b, c) > 1.6 を満たす abc-triple は後述の通り3組しか知られていない。q(a, b, c) を 2 まで大きくすれば、そうした abc-triple は存在しないという予想もある。すなわち「全ての abc-triple (a, b, c) に対して、c < rad(abc)2 を満たすであろう」という主張だが、こちらも肯定も否定もされていない[注 3]

得られる結果の例

ABC予想を真だと仮定すると、多数の系が得られる。その中には既に知られている結果もあれば、予想の提出後に予想とは独立に証明されたものもあり、部分的証明となるものもある。ABC予想がもし早期に証明されていたなら、得られる系という意味での影響はもっと大きかったが、ABC予想が成立した場合に解決される予想はまだ残っており、また数論の深い問題と数多くの結び付きがあるので、ABC予想は依然として「重要な問題」であり続けている。「有限個に限定される」ことが結論である命題(予想)の証明に役に立つ。

トゥエ=ジーゲル=ロスの定理
代数的数のディオファントス近似に関する定理。
フェルマーの最終定理
ただし指数が十分大きい場合。どの程度大きければよいかは K(ε) に依存する。定理自体は、ABC予想とは独立にワイルズが証明した。ある K(ε) が具体的に求まれば、有限個の例外を直接計算することにより、原理的にはすべての指数 ≥ 4 に対して証明が可能である。ε = 1 のとき K(1) = 1 という予想もあり、この仮定の下で、指数が 6 以上の場合は直ちに証明される (Granville & Tucker 2002)[注 4]。望月らは、フェルマーの最終定理の別証明を与えたとプレプリントで公表し[32]、いくつかの誤りを認めた後2021年10月11日に別証明の達成を宣言[33]した。
モーデル予想ファルティングスの定理)
(Elkies 1991)
エルデシュ=ウッズ予想英語版
ただし有限個の反例を除く (Langevin 1993)。
ヴィーフェリッヒ素数英語版が無限個存在すること
(Silverman 1988)。
弱い形のマーシャル・ホール予想英語版
平方数と立方数の間隔に関する予想 (Nitaj 1996)。
フェルマー=カタラン予想
フェルマーの最終定理の拡張であり、冪の和である冪を扱う (Pomerance 2008)。
ルジャンドル記号を用いて記述したディリクレのL関数 L(s, (-d/.)) がジーゲル零点英語版を持たないこと
正確には、このためには上で紹介している有理整数を扱うABC予想に加えて、代数体上の一様なABC予想を用いる。(Granville & Stark 2000)。
Schinzel–Tijdeman theorem
P を少なくとも3つ以上の単根を持つ多項式とすると、P(1),P(2),P(3), … の中には高々有限個しか累乗数が存在しない、という定理 (1976)[34]
ティーデマンの定理英語版の一般化
ym = xn + k が持つ解の個数について。ティーデマンの定理は k = 1 の場合を述べている。また、Aym = Bxn + k が持つ解の個数に関するピライ予想 (1931)。
グランヴィル=ランジュバン予想英語版と同値。
修正したスピロ予想
これは境界として を与える (Oesterlé 1988)。
任意の整数A について、n! + A = k2 が有限個の解しか持たないこと(一般化されたブロカールの問題
(Dąbrowski 1996)

コンピューティング(演算)による成果

2006年、オランダのライデン大学数学研究所は、さらなる abc-triple を発見しようと、Kennislink科学協会と共に分散コンピューティングシステム「ABC@homeプロジェクト」を立ち上げた。たとえ演算によって発見された例または反例が ABC予想を解決することができなくとも、このプロジェクトによって発見される組み合わせが、予想と整数論についての洞察に繋がることが期待されている。

q は上記で定義した abc-triple (a, b, c) の質 q(a, b, c) である。このとき、c の上限によって、質 q は以下のような分布を取る。

q > 1 となる abc-triple の質 q の分布[35]
cの値 q > 1 q > 1.05 q > 1.1 q > 1.2 q > 1.3 q > 1.4
c < 102 6 4 4 2 0 0
c < 103 31 17 14 8 3 1
c < 104 120 74 50 22 8 3
c < 105 418 240 152 51 13 6
c < 106 1,268 667 379 102 29 11
c < 107 3,499 1,669 856 210 60 17
c < 108 8,987 3,869 1,801 384 98 25
c < 109 22,316 8,742 3,693 706 144 34
c < 1010 51,677 18,233 7,035 1,159 218 51
c < 1011 116,978 37,612 13,266 1,947 327 64
c < 1012 252,856 73,714 23,773 3,028 455 74
c < 1013 528,275 139,762 41,438 4,519 599 84
c < 1014 1,075,319 258,168 70,047 6,665 769 98
c < 1015 2,131,671 463,446 115,041 9,497 998 112
c < 1016 4,119,410 812,499 184,727 13,118 1,232 126
c < 1017 7,801,334 1,396,909 290,965 17,890 1,530 143
c < 1018 14,482,059 2,352,105 449,194 24,013 1,843 160

2012年9月 (2012-09)現在、ABC@homeは2310万個の3つ組を発見しており、当面の目標を 1020 を超えない c についての全ての abc-triple (a, b, c) を見つけることとしている[36]

質の大きいabc-triple[37]
番号 q a b c 発見者
1 1.6299 2 310·109 235 Eric Reyssat
2 1.6260 112 32·56·73 221·23 Benne de Weger
3 1.6235 19·1307 7·292·318 28·322·54 Jerzy Browkin, Juliusz Brzezinski
4 1.5808 283 511·132 28·38·173 Jerzy Browkin, Juliusz Brzezinski, Abderrahmane Nitaj
5 1.5679 1 2·37 54·7 Benne de Weger

脚注

注釈

  1. ^ 例として、a = 1, b = 32n − 1, c = 32nのとき、全ての n について rad(abc) < 3c/4 が成り立つ。また、a = 1, b = 32n − 1, c = 32nのとき、全ての n について rad(abc) < 3c/2n+1が成り立つ。
  2. ^ なお、c = rad(abc) すなわち q(a, b, c) = 1 となるような abc-triple は1組もない。もし a < b を課さなければ (1, 1, 2) という1組だけがあるが、予想自体には支障をきたさない。
  3. ^ この主張と元のABC予想の主張の間に論理的な強弱関係はない。すなわち、ABC予想の主張の一部が弱められ、一部が強められている。この主張はen:Abc_conjectureでは「an effective form of a weak version of the abc conjecture」(ABC予想の弱いバージョンの有効な形(の一種))として言及されている。
  4. ^ ABC予想が K = 1 かつ ε = 1 で正しければ、互いに素な自然数 A, B, CA + B = C を満たすとき C < (rad ABC)2 が成り立つ。互いに素な自然数 a, b, can + bn = cn を満たすと仮定すると、an, bn, cn は互いに素より、A = an, B = bn, C = cn を代入して
    が成り立つ。一般に であるから、 となる。ゆえに cn < c6, c > 1 より n < 6n = 3, 4, 5 については古典的な証明があるので定理が証明される。(山崎 2010, p. 11)

出典

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  6. ^ Mochizuki, Shinichi (2012-08-30). “Inter-universal Teichmüller Theory II: Hodge-Arakelov-theoretic Evaluation.” (PDF). Working Paper. http://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~motizuki/Inter-universal%20Teichmuller%20Theory%20II.pdf 2021年3月5日閲覧。. 
  7. ^ Mochizuki, Shinichi (2012-08-30). “Inter-universal Teichmüller Theory III: Canonical Splittings of the Log-theta-lattice.” (PDF). Working Paper. http://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~motizuki/Inter-universal%20Teichmuller%20Theory%20III.pdf 2021年3月5日閲覧。. 
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  12. ^ この議論の発端は、MathOverflowの記事 Philosophy behind Mochizuki’s work on the ABC conjecture である
  13. ^ a b 京都大学数理解析研究所 - プレプリント -”. www.kurims.kyoto-u.ac.jp. 2021年11月13日閲覧。
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  15. ^ Go Yamashita, A Proof of abc Conjecture After Mochizuki
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参考文献

関連文献

関連項目

外部リンク