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「古代ギリシア語」の版間の差分

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{{Otheruseslist|紀元前9世紀から紀元前4世紀のギリシア語|ヘレニズム時代の共通ギリシア語|コイネー|古代ギリシアの文化・文明全般|古代ギリシア}}
#redirect[[ギリシア語]]
{{Infobox Language
| name = 古代ギリシア語
| nativename = {{lang|grc|ΕΛΛΗΝΙΚΗ}}
| familycolor = Indo-European
| region = [[古代ギリシア]]
| fam1 = [[インド・ヨーロッパ語族]]
| fam2 = ギリシア語派
| script = [[ギリシア文字]]
| extinct = [[紀元前4世紀]]までに[[コイネー]]が発達
| iso2 = grc
| iso3 = grc}}

'''古代ギリシア語'''(こだいぎりしあご、<small>現代ギリシア語</small>:{{lang|ell|Αρχαία ελληνική γλώσσα}}, <small>[[英語]]</small>:{{lang|en|Ancient Greek}})は、[[ギリシア語]]の歴史上の一時期を指す言葉。[[古代ギリシア]]の、アルカイック期([[紀元前9世紀]] - [[紀元前6世紀|前6世紀]])、古典期([[紀元前5世紀|前5世紀]] - [[紀元前4世紀|前4世紀]])、[[ヘレニズム]]期([[紀元前3世紀|前3世紀]] - 後[[6世紀]])の3つの時代に跨がっており、様々な[[方言]]が存在した。

日本語では「古典ギリシア語」と呼ばれることが多い。だがこれは、代表例である古典期の[[アッティカ]]方言を指す呼称で、方言全体を表すものではない。一方、本頁でいうところの「古代ギリシア語」は、そのような古代ギリシアの諸方言を包括する概念である。

== 概要 ==
古代ギリシア語は人類[[文化史]]上、最も傑出した言語のひとつである。[[ホメーロス]]の[[叙事詩]]、劇作家、[[ペリクレス]]時代の哲学者、『[[新約聖書]]』などがその証左と言えよう。また、「民主主義(democracy)」のような不可欠な語も含め、英語の語彙に多大な影響を与えてもいる。[[ルネサンス]]から[[20世紀]]初頭にかけては、西洋の教育制度において標準的な科目となっていた。[[学名]]に用いられている[[新ラテン語]](近代[[ラテン語]])には、今日でも古代ギリシア語からの語彙の引用が精力的になされている。

ヘレニズム期の古代ギリシア語は[[コイネー]](「共通語」の意)、あるいは聖書ギリシア語として知られ、その後期の形が[[中世ギリシア語]]{{enlink|Medival Greek}}に変異していった。初期のコイネーは古典期との共通点も多いが、ギリシア語の歴史の中では独立したものとして扱われる。コイネーより前の、古典期やそれ以前のギリシア語にはいくつかの方言が存在した。[[紀元前2千年紀]]の[[ミケーネ語]]{{enlink|Mycenaean Greek language}}は、これに先行する言語である。

== 古代ギリシアの諸方言 ==
=== 歴史的方言の成立 ===
ギリシア語の起源および初期の歴史は、同時代の史料が欠けており判然としない。そのため、いくつか仮説が存在する。初期のギリシア語的特徴を有する言語が[[インド・ヨーロッパ祖語]]から分岐(遅くとも[[紀元前2000年]]までに)してから紀元前1200年頃まで、どのような古代ギリシアの方言群が存在していたのか。どの仮説も概要は共通しているものの、細部で異なる。上記の時代で存在が証明されている<ref>裏付けは完全とは言えず、またアルファベットではなく音節文字表(線文字B)で書かれているため、一部は再建による。</ref>のはミケーネ語だけだが、歴史的方言とその背景を鑑みるに、すべての方言群が当時すでに何らかの形で存在していたとも考えられる。

古代ギリシア語の主な方言群は、[[紀元前1120年]]([[ドーリア人|ドーリス人]]の侵入の時期)までには発達していたとされる。[[ギリシア文字]]によるはっきりとした記録が確認されるのは紀元前8世紀以降である。古代のギリシア人は、自身にドーリス人・[[アイオリス人]]・[[イオニア人]]という3つの主な区分があると考えており、それぞれ弁別的な方言を有していた。人目につかない山岳地帯の[[アルカディア]]と、学問の中心から離れた[[キプロス島|キュプロス]]を見落としていたという点を斟酌すれば、上記の区分は現代の歴史言語学の調査結果と酷似している。これは、方言の内実と変化を理解する上で非常に重要である。

=== 分類と概要 ===
[[File:AncientGreekDialects (Woodard).svg|thumb|400px|古典期のギリシア語方言の分布<ref>Roger D. Woodard, “Greek dialects,” ''The Ancient Languages of Europe'', R. D. Woodard (ed.), Cambridge: Cambridge UP, 2008, p. 51.</ref>
{|border="0" style="white-space:nowrap"
|valign="top"|西部:
{{legend|#cea980|北西方言}}
{{legend|#b5ad96|アカイア方言}}
{{legend|#eacd85|ドーリス方言}}
|valign="top"|中部:
{{legend|#ffee6f|アイオリス方言}}
{{legend|#ccebc5|アルカディア=キプロス方言}}
|valign="top"|東部:
{{legend|#eb85bd|アッティカ方言}}
{{legend|#bebada|イオニア方言}}
|-
|valign="top" colspan="3"|
分類不明:<span style="color: #6b2d00;">'''''M'''''</span> <span style="margin:0px; padding-bottom:1px; font-size:90%;">マケドニア方言</span>
|}]]

方言の標準的な分類は以下のとおり<ref>この分類は最新版の『[[ブリタニカ百科事典]]』にも掲載されている。各方言の主要な研究も収録。</ref>。

* 西部系方言群
** 北西方言
** [[アカイア]]方言
** ドーリス方言
* [[アイオリス]]系方言群
** エーゲ=アイオリス方言
** アジア=アイオリス方言
** [[ボイオティア]]方言 - 北西方言の強い影響下にあり、過渡期の方言だったとも考えられる。
** [[テッサリア]]方言 - ボイオティア方言ほどではないものの、北西方言の影響を受けていた。
* [[イオニア]]=アッティカ系方言群
** [[アッティカ]]方言
** [[ユービア島|エウボイア]]方言
** [[キクラデス諸島|キュクラデス]]方言
** アジア=イオニア方言
* アルカディア=キュプロス系方言群 - ミケーネ語の姿を色濃く残す。
** アルカディア方言
** キュプロス方言
** パンピュリア方言
::[[小アジア]]南西部沿岸地域の一部で話されていた方言で、碑文にわずかに残されている。この方言は、上記の分類とは異なる第5の方言の上位区分か、あるいはドーリス人によって非ギリシア系原住民の影響を受けたミケーネ語のどちらかである可能性もある。
* 古代マケドニア語(マケドニア方言)
:ギリシア語と密接な関係にある[[インド・ヨーロッパ語族]]の言語。記録上に残されている両者の関係は不明瞭であるが、おそらくはギリシア語の方言として兄弟のような関係にあった。[[トラキア]]語や[[プリュギア]]語と関連があったとも考えられる。

ギリシア語方言の分類は、西部と非西部というのが最も古くかつ有力である。これは、イオニア=アッティカ系とアイオリス系の一部からなる非西部系対アルカディア=キュプロス系、あるいはアイオリス系とアルカディア=キュプロス系対イオニア=アッティカ系という対比も含む。非西部系方言群は「東部系方言群」と呼ばれることもある。

方言群の大半は、[[ポリス]]の領域ないし島に対応する形で、上記の方言よりさらに下位の区分に振り分けられる。たとえば[[レスボス島|レスボス]]方言はエーゲまたはアジア=アイオリス方言のひとつである。また、ドーリス方言はそのような細かな区分との間に位置する中間区分も有しており、島嶼ドーリス方言([[クレタ島|クレタ]]・ドーリス方言など)、南[[ペロポネソス]]・ドーリス方言([[スパルタ]]の[[ラコニア]]方言など)、北ペロポネソス・ドーリス方言([[コリントス]]方言など)があった。

イオニア系以外の方言群は主に碑文によって把握されている。注目すべき例外は[[サッポー]]や[[ピンダロス]]の作品だが、これらは断片となっている。各方言群はまた、植民市によって独特に表現されることもあった。それら植民市は、時には開拓移民や近隣住民が話す異なる方言の影響を受けて、独自の発展を遂げた。

紀元前4世紀の[[アレクサンドロス3世|アレクサンドロス大王]]の征服ののち、コイネーもしくは共通ギリシア語として知られる国際的な方言が発達した。コイネーは大部分でアッティカ方言が原型となっていたが、ほかの方言の影響も受けていた。古代の方言のほとんどは徐々にコイネーに入れ替わっていったが、ドーリス方言は現代ギリシア語のツァコニア方言として生き残っているほか、[[ディモティキ]]の動詞にもアオリストの形を残している。紀元後[[6世紀]]頃までに、コイネーは中世ギリシア語に変異していった。

== 音韻の変化 ==
ギリシア祖語以来、以下の音韻の変化はほぼすべての古代ギリシア語方言に見られる。なお、ここでは便宜的にギリシア文字ではなく[[ラテン文字]]を用いる。

* [[音節#音節主音的子音|音節主音的子音]] {{ipa|r}}, {{ipa|l}} は、ミケーネ語とアイオリス方言で {{ipa|ro}}, {{ipa|lo}} に、それ以外の方言では {{ipa|ra}}, {{ipa|la}} に変化した。ただし、[[共鳴音]]の前では {{ipa|ar}}, {{ipa|al}} と発音された。
:例 - インド・ヨーロッパ祖語の {{unicode|*str̥-to-}} は、アイオリス方言では strotos となり、他の方言では stratos となった(どちらも「軍隊」の意)。

* {{ipa|h}} と {{ipa|j}} が、原形の {{ipa|s}}(初期は例外)から脱落した。
:例 - treis「3」は {{unicode|*tréyes}} から、ドーリス方言の nikaas「征服した」は nikasas から nikahas への変化から、それぞれ脱落して形成された。

* 多くの方言で、{{ipa|h}}, {{ipa|j}} が脱落するまでには {{ipa|w}} が脱落した。
:例 - wetos から etos「年」への変化。

* [[両唇軟口蓋音]]の多くが[[両唇音]]に変化した。一部は[[歯音]]や[[軟口蓋音]]にもなった。

* {{ipa|h}} と {{ipa|j}} の脱落の結果({{ipa|w}} の影響は小さい)、母音の隣で縮約が起きるようになった。これはアッティカ方言で最も顕著な現象である。

* 縮約などの影響で特殊な[[サーカムフレックス]](曲アクセント)が作られた。

* 上記の制約とともに、アクセントを最後の3音節のいずれかに付すという規則が誕生した。

* {{ipa|s}} の前で {{ipa|n}} が脱落し(ただしクレタ方言では不完全)、直前の母音で[[代償延長]]が起きた。

{{ipa|w}}, {{ipa|j}} は脱落する傾向が強かったが、完全に消失していたわけではない。初期には母音の後ろにあるとき、その母音と結合して[[二重母音]]の形をとっていた。子音の後ろでの {{ipa|h}} と {{ipa|w}} の脱落は、直前の母音の代償延長に伴って起こった。一方、子音の後の {{ipa|j}} の脱落には、直前の母音の二重母音化、[[口蓋化]]、子音のほかの変化など、多くの複雑な変化が絡んでいた。以下はその例である。

* {{ipa|pj}}, {{ipa|bj}}, {{ipa|phj}} → {{ipa|pt}}
* {{ipa|lj}} → {{ipa|ll}}
* {{ipa|tj}}, {{ipa|thj}}, {{ipa|kj}}, {{ipa|khj}} → {{ipa|s}} - 子音の直後のとき。それ以外の場合は {{ipa|ss}} か {{ipa|tt}}(アッティカ方言)。
* {{ipa|gj}}, {{ipa|dj}} → {{ipa|zd}}
* {{ipa|mj}}, {{ipa|nj}}, {{ipa|rj}} → {{ipa|j}} - このときの {{ipa|j}} は子音の前で置換され、直後の母音とともに二重母音をなす。
* {{ipa|wj}}, {{ipa|sj}} → {{ipa|j}} - 同時に直後の母音を二重母音化する。

母音融合の結果は方言ごとに複雑であった。多数の異なる種類の名詞や動詞の屈折語尾に起こる融合は、古代ギリシア語文法の最も難解な面を体現している。母音融合した動詞の分類、名詞から作られた動詞、母音の屈折語尾において、このような融合は非常に重要になってくる。実際、現代ギリシア語では母音融合動詞の発達形(たとえば、古代ギリシア語の母音融合動詞を受け継いだ動詞の組み合わせ)が、動詞の主要な2つの分類を象徴している。

== 音韻論 ==
{{Main2|古代からヘレニズム時代にかけての変化|コイネー}}
正書法は古い時代の特徴を残していたが、後古典ギリシア語の発音は古代ギリシア語から大きく変異した。古代の発音を完全に[[再建]]することはできないが、ギリシア語は特にこの時代からかなりの記録が残されており、音価の一般的な性質に関しても言語学者の間に見解の相違はほとんど見られない。

以下の例では、紀元前5世紀のアッティカ方言を代表として取りあげている。

=== 母音 ===
{| class="wikitable" style="text-align:center; margin:15px"
|-
! rowspan="2" style="width:5em" | !! colspan="2" | [[前舌母音]] !! colspan="2" | [[後舌母音]]
|-
! style="width:6em" | [[非円唇母音]] !! style="width:6em" | [[円唇母音]]
! style="width:6em" | [[非円唇母音]] !! style="width:6em" | [[円唇母音]]
|-
! [[狭母音]]
| [[非円唇前舌狭母音|i]]   iː || [[円唇前舌狭母音|y]]  yː || ||
|-
! [[半狭母音]]
| [[非円唇前舌半狭母音|e]]  eː || || || [[円唇後舌半狭母音|o]]  oː
|-
! [[半広母音]]
| [[非円唇前舌半広母音|ɛ]]ː || || || [[円唇後舌半広母音|ɔ]]ː
|-
! [[広母音]]
| [[非円唇前舌広母音|a]]  aː || || ||
|}
{{ipa|oː}} はおそらく紀元前4世紀までに {{IPA|uː}} に変化した。

==== 代償延長 ====
代償延長に関しては、どの位置で発生したかで異なる見解がある。{{ipa|a}} が {{IPA|aː}} と {{IPA|ɛː}} のどちらになるのか、{{ipa|e}}, {{ipa|o}} は半狭の {{IPA|いeː}}, {{IPA|oː}} と半広の {{IPA|ɛː}}, {{IPA|ɔː}} のどちらになるのか、というのがその争点である。

=== 子音 ===
{| class="wikitable" style="text-align:center; margin:15px"
|-
! style="width:5em" |
! style="width:5em" | [[両唇音]]
! style="width:5em" | [[歯茎音]]
! style="width:5em" | [[軟口蓋音]]
! style="width:5em" | [[声門音]]
|-
! [[破裂音]]
| [[無声両唇破裂音|p]]  [[有声両唇破裂音|b]] || [[無声歯破裂音|t]]  [[有声歯破裂音|d]] || [[無声軟口蓋破裂音|k]]  [[有声軟口蓋破裂音|g]]
|-
! [[有気音]]
| pʰ || tʰ || kʰ ||
|-
! [[鼻音]]
| [[両唇鼻音|m]] || [[歯茎鼻音|n]] || {{IPA|[[軟口蓋鼻音|ŋ]]}} ||
|-
! [[ふるえ音]]
| || {{IPA|r̥}}  [[非円唇前舌広母音|r]] || ||
|-
! [[摩擦音]]
| || [[無声歯茎摩擦音|s]]  [[有声歯茎摩擦音|z]] || || [[無声声門摩擦音|h]]
|-
! [[側面音]]
| || [[歯茎側面接近音|l]] || ||
|}
{{IPA|ŋ}} は、軟口蓋音の前では {{ipa|n}} の、鼻音の前では {{ipa|g}} の異音として現れた。{{lang|grc|ῥ}} と表記される {{IPA|r̥}} は、おそらく {{ipa|r}} の無声の異音として語頭で用いられた。

==== 子音の分類 ====
子音には主に3つの類型があった。

* 閉鎖音 - 軟口蓋音 {{ipa|k}}, {{ipa|g}}, {{ipa|kʰ}}、両唇音 {{ipa|p}}, {{ipa|b}}, {{ipa|pʰ}}、歯茎音 {{ipa|t}}, {{ipa|d}}, {{ipa|tʰ}}
* 鼻音 - {{ipa|m}}, {{ipa|n}}, {{ipa|l}}, {{ipa|r}}
* 摩擦音 - {{ipa|s}}, {{ipa|h}}

==== 融合 ====
動詞を活用する際、子音が他の子音とぶつかることがある。このとき、様々な規則が適用される。原則として

* 2つの音が隣り合うとき、初めの子音が2番目の子音を有声化・有気音する中で融合する。

ただし、これが適用されるのはほぼ閉鎖音に対してのみである。摩擦音は有声化の中でしか融合せず、また共鳴音は融合しない。このほかには

* {{ipa|s}}(未来、アオリストの語幹)の前で、軟口蓋音は {{IPA|k}} に、両唇音は {{IPA|p}} になり、歯茎音は消失する。
* {{ipa|tʰ}}(受動態アオリストの語幹)の前で、軟口蓋音は {{IPA|kʰ}} に、両唇音は {{IPA|pʰ}} に、歯茎音は {{IPA|s}} になる。
* {{ipa|m}}(中動態完了の1人称単数、1人称複数、分詞)の前で、軟口蓋音と、鼻音+軟口蓋音は {{IPA|g}} に、両唇音は {{IPA|m}} に、歯茎音は {{IPA|s}} になる。その他の共鳴音はそのまま維持される。

== 形態論 ==
ギリシア語は、[[インド・ヨーロッパ語族]]の他の言語同様、高度に屈折的である。これは特に、[[インド・ヨーロッパ祖語]]の形をよく残しているアルカイック期に顕著に見られる。古代ギリシア語の[[名詞]]には固有名詞も含め、5つの[[格]]([[主格]]・[[属格]]・[[対格]]・[[与格]]・[[呼格]])、3つの[[性 (文法)|性]](男性・女性・中性)、3つの[[数 (文法)|数]](単数・双数・複数)があった。動詞は4つの[[法 (文法)|法]]([[直説法]]・[[命令法]]・[[接続法]]・希求法)、3つの[[態]]([[能動態]]・中動態・[[受動態]])、3つの[[人称]]([[一人称]]・[[二人称]]・[[三人称]])があり、7つの[[時制]]([[現在]]・[[未来]]・未完了過去は[[相 (言語学)|相]]では未完結相、アオリストは完結相、[[完了]]・過去完了・未来完了は完了相)に変化する。未来接続法や命令相といったものは存在しないが、時制が法と態をそのように見せることは多い。[[不定詞]]と[[分詞]]は、相・法・態の限られた組み合わせに対応する形で存在した。

=== 加音 ===
未完了過去・アオリスト・過去完了の3時制は直説法のとき、少なくとも概念上では接頭辞 {{lang|grc|ἐ-}} が付される。これは本来、「そのとき」のように独立した単語に適用されたと考えられる。インド・ヨーロッパ祖語における時制は、相としての意味合いが強かったからだ。加音は直説法アオリスト・未完了過去・過去完了に対して起きたが、ほかの法のアオリストには行われなかった(未完了過去と過去完了はそもそも直説法しかない)。

ギリシア語の加音には、音節的加音と時量的加音の2種類がある。前者は子音で始まる語幹に起こり、接頭辞 {{lang|grc|ἐ-}} が付される。ただし {{lang|grc|ῥ-}} で始まる場合は {{lang|grc|ρ}} を重ねた上で {{lang|grc|ἐ-}} が付され、{{lang|grc|ἐρρ-}} の形になる。後者は母音で始まる語幹に起こり、以下のような長音化を伴う。

* {{lang|grc|ᾰ, ᾱ, ε}} → {{lang|grc|η}} - ただし {{lang|grc|ε}} は {{lang|grc|ει}} になることもある。
* {{lang|grc|ῐ}} → {{lang|grc|ῑ}}
* {{lang|grc|ο}} → {{lang|grc|ω}}
* {{lang|grc|ῠ}} → {{lang|grc|ῡ}}
* {{lang|grc|αι, ᾳ, ει}} → {{lang|grc|ῃ}} - ただし {{lang|grc|ει}} は変化しないこともある。
* {{lang|grc|οι}} → {{lang|grc|ῳ}}
* {{lang|grc|αυ, ευ}} → {{lang|grc|ηυ}} - 変化しないこともある。

{{lang|grc|ου, η, ῑ, ῡ, ω}} は変化しない。{{lang|grc|ε}} → {{lang|grc|ει}} のような例外は、[[歴史言語学]]的には母音間の {{lang|grc|σ}} 脱落によるものと説明される。[[ホメーロス]]以後、詩(特に叙事詩)では慣例的に加音がなされないことがある。

=== 畳語(重複) ===
完了・過去完了・未来完了のほとんどでは、動詞幹の語頭で[[畳語]]が用いられる。しかし、完了の一部では例外的に畳語が使われず、また反対にアオリストで畳語が用いられることもある。畳語には以下の3種類がある。

;音節畳語
:単子音({{lang|grc|ῥ-}} は除く)か、閉鎖音+共鳴音で始まる動詞には、語頭の子音の後に {{lang|grc|ε}} を付したものを語頭に加える。ただし、語頭の子音が帯気音の場合は、無気の形にした上で重複される。''[[グラスマンの法則]]も参照''

;加音
:加音は畳語の代わりになることもあった。上記にない子音群および複子音で始まる動詞と、母音で始まる動詞は加音と同じ方法で重複される。これは直説法だけでなく、完了時制のすべての場合に当てはまる。

;アッティカ式畳語
:後ろに共鳴音(ときには {{lang|grc|δ, γ}})が続き、かつ {{lang|grc|ᾰ, ε, ο}} で始まる動詞は、語頭の母音とその後ろの子音からなる音節が重複し、さらにそのあとに続く母音が長音化する。つまり、{{lang|grc|ἐρ}} → {{lang|grc|ἐρηρ}}, {{lang|grc|ἀν}} → {{lang|grc|ἀνην}}, {{lang|grc|ὀλ}} → {{lang|grc|ὀλωλ}}, {{lang|grc|ἐδ}} → {{lang|grc|ἐδηδ}} となる。この畳語は「アッティカ式」という名がつけられているが、実際にはアッティカ方言特有の現象ではなかった。とはいえ、規則化されたのがアッティカ地方であることは確かである。これは本来、[[喉音理論|喉音]]と共鳴音からなる子音群の重複を伴うものであった。すなわち、ギリシア語の標準的な喉音の発達(閉鎖音を伴う形は類推)では {{unicode|*h₃l}} → {{unicode|*h₃leh₃l}} → {{lang|grc|ὀλωλ}} である。

例外的な畳語は歴史言語学的に理解できる。たとえば、{{lang|grc|λαμβάνω}}(語根 {{lang|grc|λαβ-}})の完了幹は {{lang|grc|*λἔληφα}} ではなく {{lang|grc|εἴληφα}} であるが、これは元々の形である {{lang|grc|σλαμβάνω}}(完了幹 {{lang|grc|σἔσληφα}})が、(準)規則的な変化を経たためである。

重複は、特定の動詞の現在幹において目に見えることもある。そのような語幹は、語根の語頭の子音+ {{lang|grc|ῐ}} の音節を加える。一部の動詞では、重複の際に鼻音が現れることもある。

== 表記体系 ==
古代ギリシア語は、方言ごとに独自のバリエーションを加えつつ、[[ギリシア文字]]で書き表された。初期の文章は[[牛耕式]]で記されていたが、古典期には左横書きが標準となっていた。近代版の古代ギリシア語文献は、[[アクセント]]と気息記号が付され、[[大文字]][[小文字]]が混在する[[分かち書き]]で書かれている。しかし、これらはすべて後の時代になってから導入されたものである。

== 例文 ==
ポリトニコス(複数アクセント)表記による古代ギリシア語。[[プラトン]]『[[ソクラテスの弁明]]』より、冒頭部。
{{cquote|{{lang|grc|Ὅτι μὲν ὑμεῖς, ὦ ἄνδρες Άθηναῖοι, πεπόνθατε ὑπὸ τῶν ἐμῶν κατηγόρων, οὐκ οἶδα· ἐγὼ δ᾽ οὖν καὶ αὐτὸς ὑπ᾽ αὐτῶν ὀλίγου ἐμαυτοῦ ἐπελαθόμην, οὕτω πιθανῶς ἔλεγον. Καίτοι ἀληθές γε ὡς ἔπος εἰπεῖν οὐδὲν εἰρήκασιν.}}|}}

[[エラスムス]]式発音による[[ラテン文字]]転写。
{{cquote|{{lang|grc-Latn|Hóti mèn humeîs, ô ándres Athēnaîoi, pepónthate hupò tôn emôn katēgórōn, ouk oîda: eg{{Unicode|ṑ}} d' oûn kaì autòs hup' autōn olígou emautoû epelathómēn, hoútō pithanôs élegon. Kaítoi alēthés ge hōs épos eipeîn oudèn eir{{Unicode|ḗ}}kasin.}}|}}

現代英語訳。
{{cquote|{{lang|en|What you, men of Athens, have learned from my accusers, I do not know: but I, for my part, nearly forgot who I was thanks to them since they spoke so persuasively. And yet, of the truth, they have spoken, one might say, nothing at all.}}|}}

== 現代における古代ギリシア語 ==
[[20世紀]]初頭までは、西洋の教育制度において[[ラテン語]]と古代ギリシア語の学習はカリキュラム内で重要な位置を占めていた。今でも[[ヨーロッパ]]では、[[イギリス]]の[[パブリック・スクール]]やグラマー・スクール、[[イタリア]]の文科高等学校、[[ドイツ]]の文科系[[ギムナジウム]]のような伝統校・エリート校で、古代ギリシア語は必修科目や選択科目となっていることもある。ドイツ連邦統計局によると、2006年7月現在、15000人の生徒がドイツでギリシア語を学んでいるという。また、世界中の主要な大学で、[[西洋古典学]]のひとつとしてラテン語とともに教えられてもいる。

古代ギリシア語は、ヨーロッパ諸言語で[[専門用語]]を新造するときに用いられることもままある。だが、古代ギリシア語で作品を書く作家は滅多にいない。例外的に、ヤン・クルジェサルドが韻文・散文を書いたことがある。また、『[[アステリックス]]』がアッティカ方言版で何巻か出版されているほか、『[[ハリー・ポッターと賢者の石]]』の古代ギリシア語訳もある。

主にギリシア国内でだが、敬意・賞賛・嗜好を示したい団体や個人によって用いられることもある。この用例は、ときに民族主義的なものや奇妙なものとして図式的に理解される。いずれにせよ、現代のギリシア人は全体的あるいは部分的に、非アルカイックの古代ギリシア語を理解できるという事実は、現代ギリシア語とその先駆となる言語の密接な関係を物語っている。

== 脚註 ==
{{reflist}}

== 関連項目 ==
{{Incubator|code=grc|grc}}
* [[ギリシア語]]
* [[コイネー]]
* [[ギリシア文字]]
* [[古代ギリシア]]

== 参考文献 ==
* Roger D. Woodard, “Greek dialects,” ''The Ancient Languages of Europe'', R. D. Woodard (ed.), Cambridge: Cambridge University Press, 2008, ISBN 9780521684958
* Leonard R. Palmer, ''The Greek Language'', New editon, Oklahoma: University of Oklahoma Press, 1996, ISBN 9780806128443
* 水谷智洋『古典ギリシア語初歩』[[岩波書店]]、1990年、ISBN 9784000008297

== 外部リンク ==
* [http://www.perseus.tufts.edu/hopper/ Perseus Digital Library] - 英語サイト。膨大な数の古代ギリシア語テキスト、文法書、辞書、画像などを収集。

{{Link FA|tr}}

[[ar:لغة إغريقية]]
[[br:Henc'hresianeg]]
[[bg:Старогръцки език]]
[[ca:Grec antic]]
[[cs:Starořečtina]]
[[da:Oldgræsk]]
[[de:Altgriechische Sprache]]
[[et:Vanakreeka keel]]
[[el:Αρχαία ελληνική γλώσσα]]
[[es:Griego antiguo]]
[[eo:Antikva greka lingvo]]
[[fr:Grec ancien]]
[[gl:Grego antigo]]
[[ko:고대 그리스어]]
[[hi:प्राचीन यूनानी भाषा]]
[[hr:Starogrčki jezik]]
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[[ia:Lingua grec ancian]]
[[is:Forngríska]]
[[ka:ძველი ბერძნული ენა]]
[[la:Lingua Graeca Antiqua]]
[[lt:Senovės graikų kalba]]
[[lij:Lengua græca antiga]]
[[li:Aajdgrieks]]
[[lmo:Grech Antich]]
[[hu:Ógörög nyelv]]
[[mk:Старогрчки јазик]]
[[cdo:Gū Hĭ-lé-nà̤-ngṳ̄]]
[[nl:Oudgrieks]]
[[no:Gammelgresk]]
[[nds:Ooltgreeksche Spraak]]
[[pl:Język grecki klasyczny]]
[[pt:Língua grega antiga]]
[[ro:Limba greacă veche]]
[[ru:Древнегреческий язык]]
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2009年2月8日 (日) 10:10時点における版

古代ギリシア語
ΕΛΛΗΝΙΚΗ
話される国 古代ギリシア
消滅時期 紀元前4世紀までにコイネーが発達
言語系統
インド・ヨーロッパ語族
  • ギリシア語派
    • 古代ギリシア語
表記体系 ギリシア文字
言語コード
ISO 639-2 grc
ISO 639-3 grc
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古代ギリシア語(こだいぎりしあご、現代ギリシア語Αρχαία ελληνική γλώσσα, 英語Ancient Greek)は、ギリシア語の歴史上の一時期を指す言葉。古代ギリシアの、アルカイック期(紀元前9世紀 - 前6世紀)、古典期(前5世紀 - 前4世紀)、ヘレニズム期(前3世紀 - 後6世紀)の3つの時代に跨がっており、様々な方言が存在した。

日本語では「古典ギリシア語」と呼ばれることが多い。だがこれは、代表例である古典期のアッティカ方言を指す呼称で、方言全体を表すものではない。一方、本頁でいうところの「古代ギリシア語」は、そのような古代ギリシアの諸方言を包括する概念である。

概要

古代ギリシア語は人類文化史上、最も傑出した言語のひとつである。ホメーロス叙事詩、劇作家、ペリクレス時代の哲学者、『新約聖書』などがその証左と言えよう。また、「民主主義(democracy)」のような不可欠な語も含め、英語の語彙に多大な影響を与えてもいる。ルネサンスから20世紀初頭にかけては、西洋の教育制度において標準的な科目となっていた。学名に用いられている新ラテン語(近代ラテン語)には、今日でも古代ギリシア語からの語彙の引用が精力的になされている。

ヘレニズム期の古代ギリシア語はコイネー(「共通語」の意)、あるいは聖書ギリシア語として知られ、その後期の形が中世ギリシア語 (Medival Greekに変異していった。初期のコイネーは古典期との共通点も多いが、ギリシア語の歴史の中では独立したものとして扱われる。コイネーより前の、古典期やそれ以前のギリシア語にはいくつかの方言が存在した。紀元前2千年紀ミケーネ語 (Mycenaean Greek languageは、これに先行する言語である。

古代ギリシアの諸方言

歴史的方言の成立

ギリシア語の起源および初期の歴史は、同時代の史料が欠けており判然としない。そのため、いくつか仮説が存在する。初期のギリシア語的特徴を有する言語がインド・ヨーロッパ祖語から分岐(遅くとも紀元前2000年までに)してから紀元前1200年頃まで、どのような古代ギリシアの方言群が存在していたのか。どの仮説も概要は共通しているものの、細部で異なる。上記の時代で存在が証明されている[1]のはミケーネ語だけだが、歴史的方言とその背景を鑑みるに、すべての方言群が当時すでに何らかの形で存在していたとも考えられる。

古代ギリシア語の主な方言群は、紀元前1120年ドーリス人の侵入の時期)までには発達していたとされる。ギリシア文字によるはっきりとした記録が確認されるのは紀元前8世紀以降である。古代のギリシア人は、自身にドーリス人・アイオリス人イオニア人という3つの主な区分があると考えており、それぞれ弁別的な方言を有していた。人目につかない山岳地帯のアルカディアと、学問の中心から離れたキュプロスを見落としていたという点を斟酌すれば、上記の区分は現代の歴史言語学の調査結果と酷似している。これは、方言の内実と変化を理解する上で非常に重要である。

分類と概要

古典期のギリシア語方言の分布[2]
西部:
  北西方言
  アカイア方言
  ドーリス方言
中部:
  アイオリス方言
  アルカディア=キプロス方言
東部:
  アッティカ方言
  イオニア方言
分類不明:M マケドニア方言

方言の標準的な分類は以下のとおり[3]

  • 西部系方言群
  • アイオリス系方言群
    • エーゲ=アイオリス方言
    • アジア=アイオリス方言
    • ボイオティア方言 - 北西方言の強い影響下にあり、過渡期の方言だったとも考えられる。
    • テッサリア方言 - ボイオティア方言ほどではないものの、北西方言の影響を受けていた。
  • イオニア=アッティカ系方言群
  • アルカディア=キュプロス系方言群 - ミケーネ語の姿を色濃く残す。
    • アルカディア方言
    • キュプロス方言
    • パンピュリア方言
小アジア南西部沿岸地域の一部で話されていた方言で、碑文にわずかに残されている。この方言は、上記の分類とは異なる第5の方言の上位区分か、あるいはドーリス人によって非ギリシア系原住民の影響を受けたミケーネ語のどちらかである可能性もある。
  • 古代マケドニア語(マケドニア方言)
ギリシア語と密接な関係にあるインド・ヨーロッパ語族の言語。記録上に残されている両者の関係は不明瞭であるが、おそらくはギリシア語の方言として兄弟のような関係にあった。トラキア語やプリュギア語と関連があったとも考えられる。

ギリシア語方言の分類は、西部と非西部というのが最も古くかつ有力である。これは、イオニア=アッティカ系とアイオリス系の一部からなる非西部系対アルカディア=キュプロス系、あるいはアイオリス系とアルカディア=キュプロス系対イオニア=アッティカ系という対比も含む。非西部系方言群は「東部系方言群」と呼ばれることもある。

方言群の大半は、ポリスの領域ないし島に対応する形で、上記の方言よりさらに下位の区分に振り分けられる。たとえばレスボス方言はエーゲまたはアジア=アイオリス方言のひとつである。また、ドーリス方言はそのような細かな区分との間に位置する中間区分も有しており、島嶼ドーリス方言(クレタ・ドーリス方言など)、南ペロポネソス・ドーリス方言(スパルタラコニア方言など)、北ペロポネソス・ドーリス方言(コリントス方言など)があった。

イオニア系以外の方言群は主に碑文によって把握されている。注目すべき例外はサッポーピンダロスの作品だが、これらは断片となっている。各方言群はまた、植民市によって独特に表現されることもあった。それら植民市は、時には開拓移民や近隣住民が話す異なる方言の影響を受けて、独自の発展を遂げた。

紀元前4世紀のアレクサンドロス大王の征服ののち、コイネーもしくは共通ギリシア語として知られる国際的な方言が発達した。コイネーは大部分でアッティカ方言が原型となっていたが、ほかの方言の影響も受けていた。古代の方言のほとんどは徐々にコイネーに入れ替わっていったが、ドーリス方言は現代ギリシア語のツァコニア方言として生き残っているほか、ディモティキの動詞にもアオリストの形を残している。紀元後6世紀頃までに、コイネーは中世ギリシア語に変異していった。

音韻の変化

ギリシア祖語以来、以下の音韻の変化はほぼすべての古代ギリシア語方言に見られる。なお、ここでは便宜的にギリシア文字ではなくラテン文字を用いる。

  • 音節主音的子音 /r/, /l/ は、ミケーネ語とアイオリス方言で /ro/, /lo/ に、それ以外の方言では /ra/, /la/ に変化した。ただし、共鳴音の前では /ar/, /al/ と発音された。
例 - インド・ヨーロッパ祖語の *str̥-to- は、アイオリス方言では strotos となり、他の方言では stratos となった(どちらも「軍隊」の意)。
  • /h//j/ が、原形の /s/(初期は例外)から脱落した。
例 - treis「3」は *tréyes から、ドーリス方言の nikaas「征服した」は nikasas から nikahas への変化から、それぞれ脱落して形成された。
  • 多くの方言で、/h/, /j/ が脱落するまでには /w/ が脱落した。
例 - wetos から etos「年」への変化。
  • /h//j/ の脱落の結果(/w/ の影響は小さい)、母音の隣で縮約が起きるようになった。これはアッティカ方言で最も顕著な現象である。
  • 上記の制約とともに、アクセントを最後の3音節のいずれかに付すという規則が誕生した。
  • /s/ の前で /n/ が脱落し(ただしクレタ方言では不完全)、直前の母音で代償延長が起きた。

/w/, /j/ は脱落する傾向が強かったが、完全に消失していたわけではない。初期には母音の後ろにあるとき、その母音と結合して二重母音の形をとっていた。子音の後ろでの /h//w/ の脱落は、直前の母音の代償延長に伴って起こった。一方、子音の後の /j/ の脱落には、直前の母音の二重母音化、口蓋化、子音のほかの変化など、多くの複雑な変化が絡んでいた。以下はその例である。

  • /pj/, /bj/, /phj//pt/
  • /lj//ll/
  • /tj/, /thj/, /kj/, /khj//s/ - 子音の直後のとき。それ以外の場合は /ss//tt/(アッティカ方言)。
  • /gj/, /dj//zd/
  • /mj/, /nj/, /rj//j/ - このときの /j/ は子音の前で置換され、直後の母音とともに二重母音をなす。
  • /wj/, /sj//j/ - 同時に直後の母音を二重母音化する。

母音融合の結果は方言ごとに複雑であった。多数の異なる種類の名詞や動詞の屈折語尾に起こる融合は、古代ギリシア語文法の最も難解な面を体現している。母音融合した動詞の分類、名詞から作られた動詞、母音の屈折語尾において、このような融合は非常に重要になってくる。実際、現代ギリシア語では母音融合動詞の発達形(たとえば、古代ギリシア語の母音融合動詞を受け継いだ動詞の組み合わせ)が、動詞の主要な2つの分類を象徴している。

音韻論

正書法は古い時代の特徴を残していたが、後古典ギリシア語の発音は古代ギリシア語から大きく変異した。古代の発音を完全に再建することはできないが、ギリシア語は特にこの時代からかなりの記録が残されており、音価の一般的な性質に関しても言語学者の間に見解の相違はほとんど見られない。

以下の例では、紀元前5世紀のアッティカ方言を代表として取りあげている。

母音

前舌母音 後舌母音
非円唇母音 円唇母音 非円唇母音 円唇母音
狭母音 i   iː y  yː
半狭母音 e  eː o  oː
半広母音 ɛː ɔː
広母音 a  aː

/oː/ はおそらく紀元前4世紀までに [uː] に変化した。

代償延長

代償延長に関しては、どの位置で発生したかで異なる見解がある。/a/[aː][ɛː] のどちらになるのか、/e/, /o/ は半狭の [いeː], [oː] と半広の [ɛː], [ɔː] のどちらになるのか、というのがその争点である。

子音

両唇音 歯茎音 軟口蓋音 声門音
破裂音 p  b t  d k  g
有気音
鼻音 m n ŋ
ふるえ音 [r̥]  r
摩擦音 s  z h
側面音 l

[ŋ] は、軟口蓋音の前では /n/ の、鼻音の前では /g/ の異音として現れた。 と表記される [r̥] は、おそらく /r/ の無声の異音として語頭で用いられた。

子音の分類

子音には主に3つの類型があった。

  • 閉鎖音 - 軟口蓋音 /k/, /g/, /kʰ/、両唇音 /p/, /b/, /pʰ/、歯茎音 /t/, /d/, /tʰ/
  • 鼻音 - /m/, /n/, /l/, /r/
  • 摩擦音 - /s/, /h/

融合

動詞を活用する際、子音が他の子音とぶつかることがある。このとき、様々な規則が適用される。原則として

  • 2つの音が隣り合うとき、初めの子音が2番目の子音を有声化・有気音する中で融合する。

ただし、これが適用されるのはほぼ閉鎖音に対してのみである。摩擦音は有声化の中でしか融合せず、また共鳴音は融合しない。このほかには

  • /s/(未来、アオリストの語幹)の前で、軟口蓋音は [k] に、両唇音は [p] になり、歯茎音は消失する。
  • /tʰ/(受動態アオリストの語幹)の前で、軟口蓋音は [kʰ] に、両唇音は [pʰ] に、歯茎音は [s] になる。
  • /m/(中動態完了の1人称単数、1人称複数、分詞)の前で、軟口蓋音と、鼻音+軟口蓋音は [g] に、両唇音は [m] に、歯茎音は [s] になる。その他の共鳴音はそのまま維持される。

形態論

ギリシア語は、インド・ヨーロッパ語族の他の言語同様、高度に屈折的である。これは特に、インド・ヨーロッパ祖語の形をよく残しているアルカイック期に顕著に見られる。古代ギリシア語の名詞には固有名詞も含め、5つの主格属格対格与格呼格)、3つの(男性・女性・中性)、3つの(単数・双数・複数)があった。動詞は4つの直説法命令法接続法・希求法)、3つの能動態・中動態・受動態)、3つの人称一人称二人称三人称)があり、7つの時制現在未来・未完了過去はでは未完結相、アオリストは完結相、完了・過去完了・未来完了は完了相)に変化する。未来接続法や命令相といったものは存在しないが、時制が法と態をそのように見せることは多い。不定詞分詞は、相・法・態の限られた組み合わせに対応する形で存在した。

加音

未完了過去・アオリスト・過去完了の3時制は直説法のとき、少なくとも概念上では接頭辞 ἐ- が付される。これは本来、「そのとき」のように独立した単語に適用されたと考えられる。インド・ヨーロッパ祖語における時制は、相としての意味合いが強かったからだ。加音は直説法アオリスト・未完了過去・過去完了に対して起きたが、ほかの法のアオリストには行われなかった(未完了過去と過去完了はそもそも直説法しかない)。

ギリシア語の加音には、音節的加音と時量的加音の2種類がある。前者は子音で始まる語幹に起こり、接頭辞 ἐ- が付される。ただし ῥ- で始まる場合は ρ を重ねた上で ἐ- が付され、ἐρρ- の形になる。後者は母音で始まる語幹に起こり、以下のような長音化を伴う。

  • ᾰ, ᾱ, εη - ただし εει になることもある。
  • οω
  • αι, ᾳ, ει - ただし ει は変化しないこともある。
  • οι
  • αυ, ευηυ - 変化しないこともある。

ου, η, ῑ, ῡ, ω は変化しない。εει のような例外は、歴史言語学的には母音間の σ 脱落によるものと説明される。ホメーロス以後、詩(特に叙事詩)では慣例的に加音がなされないことがある。

畳語(重複)

完了・過去完了・未来完了のほとんどでは、動詞幹の語頭で畳語が用いられる。しかし、完了の一部では例外的に畳語が使われず、また反対にアオリストで畳語が用いられることもある。畳語には以下の3種類がある。

音節畳語
単子音(ῥ- は除く)か、閉鎖音+共鳴音で始まる動詞には、語頭の子音の後に ε を付したものを語頭に加える。ただし、語頭の子音が帯気音の場合は、無気の形にした上で重複される。グラスマンの法則も参照
加音
加音は畳語の代わりになることもあった。上記にない子音群および複子音で始まる動詞と、母音で始まる動詞は加音と同じ方法で重複される。これは直説法だけでなく、完了時制のすべての場合に当てはまる。
アッティカ式畳語
後ろに共鳴音(ときには δ, γ)が続き、かつ ᾰ, ε, ο で始まる動詞は、語頭の母音とその後ろの子音からなる音節が重複し、さらにそのあとに続く母音が長音化する。つまり、ἐρἐρηρ, ἀνἀνην, ὀλὀλωλ, ἐδἐδηδ となる。この畳語は「アッティカ式」という名がつけられているが、実際にはアッティカ方言特有の現象ではなかった。とはいえ、規則化されたのがアッティカ地方であることは確かである。これは本来、喉音と共鳴音からなる子音群の重複を伴うものであった。すなわち、ギリシア語の標準的な喉音の発達(閉鎖音を伴う形は類推)では *h₃l*h₃leh₃lὀλωλ である。

例外的な畳語は歴史言語学的に理解できる。たとえば、λαμβάνω(語根 λαβ-)の完了幹は *λἔληφα ではなく εἴληφα であるが、これは元々の形である σλαμβάνω(完了幹 σἔσληφα)が、(準)規則的な変化を経たためである。

重複は、特定の動詞の現在幹において目に見えることもある。そのような語幹は、語根の語頭の子音+ の音節を加える。一部の動詞では、重複の際に鼻音が現れることもある。

表記体系

古代ギリシア語は、方言ごとに独自のバリエーションを加えつつ、ギリシア文字で書き表された。初期の文章は牛耕式で記されていたが、古典期には左横書きが標準となっていた。近代版の古代ギリシア語文献は、アクセントと気息記号が付され、大文字小文字が混在する分かち書きで書かれている。しかし、これらはすべて後の時代になってから導入されたものである。

例文

ポリトニコス(複数アクセント)表記による古代ギリシア語。プラトンソクラテスの弁明』より、冒頭部。

Ὅτι μὲν ὑμεῖς, ὦ ἄνδρες Άθηναῖοι, πεπόνθατε ὑπὸ τῶν ἐμῶν κατηγόρων, οὐκ οἶδα· ἐγὼ δ᾽ οὖν καὶ αὐτὸς ὑπ᾽ αὐτῶν ὀλίγου ἐμαυτοῦ ἐπελαθόμην, οὕτω πιθανῶς ἔλεγον. Καίτοι ἀληθές γε ὡς ἔπος εἰπεῖν οὐδὲν εἰρήκασιν.

エラスムス式発音によるラテン文字転写。

Hóti mèn humeîs, ô ándres Athēnaîoi, pepónthate hupò tôn emôn katēgórōn, ouk oîda: eg d' oûn kaì autòs hup' autōn olígou emautoû epelathómēn, hoútō pithanôs élegon. Kaítoi alēthés ge hōs épos eipeîn oudèn eirkasin.

現代英語訳。

What you, men of Athens, have learned from my accusers, I do not know: but I, for my part, nearly forgot who I was thanks to them since they spoke so persuasively. And yet, of the truth, they have spoken, one might say, nothing at all.

現代における古代ギリシア語

20世紀初頭までは、西洋の教育制度においてラテン語と古代ギリシア語の学習はカリキュラム内で重要な位置を占めていた。今でもヨーロッパでは、イギリスパブリック・スクールやグラマー・スクール、イタリアの文科高等学校、ドイツの文科系ギムナジウムのような伝統校・エリート校で、古代ギリシア語は必修科目や選択科目となっていることもある。ドイツ連邦統計局によると、2006年7月現在、15000人の生徒がドイツでギリシア語を学んでいるという。また、世界中の主要な大学で、西洋古典学のひとつとしてラテン語とともに教えられてもいる。

古代ギリシア語は、ヨーロッパ諸言語で専門用語を新造するときに用いられることもままある。だが、古代ギリシア語で作品を書く作家は滅多にいない。例外的に、ヤン・クルジェサルドが韻文・散文を書いたことがある。また、『アステリックス』がアッティカ方言版で何巻か出版されているほか、『ハリー・ポッターと賢者の石』の古代ギリシア語訳もある。

主にギリシア国内でだが、敬意・賞賛・嗜好を示したい団体や個人によって用いられることもある。この用例は、ときに民族主義的なものや奇妙なものとして図式的に理解される。いずれにせよ、現代のギリシア人は全体的あるいは部分的に、非アルカイックの古代ギリシア語を理解できるという事実は、現代ギリシア語とその先駆となる言語の密接な関係を物語っている。

脚註

  1. ^ 裏付けは完全とは言えず、またアルファベットではなく音節文字表(線文字B)で書かれているため、一部は再建による。
  2. ^ Roger D. Woodard, “Greek dialects,” The Ancient Languages of Europe, R. D. Woodard (ed.), Cambridge: Cambridge UP, 2008, p. 51.
  3. ^ この分類は最新版の『ブリタニカ百科事典』にも掲載されている。各方言の主要な研究も収録。

関連項目

参考文献

  • Roger D. Woodard, “Greek dialects,” The Ancient Languages of Europe, R. D. Woodard (ed.), Cambridge: Cambridge University Press, 2008, ISBN 9780521684958
  • Leonard R. Palmer, The Greek Language, New editon, Oklahoma: University of Oklahoma Press, 1996, ISBN 9780806128443
  • 水谷智洋『古典ギリシア語初歩』岩波書店、1990年、ISBN 9784000008297

外部リンク

  • Perseus Digital Library - 英語サイト。膨大な数の古代ギリシア語テキスト、文法書、辞書、画像などを収集。

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