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「リベラ (競走馬)」の版間の差分

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== 戦績 ==
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2歳時にはそれほど目立った成績ではなかったが、地方開催である[[イズミル]]のダート競走で実績を積み、[[2002年]]3月にダートで初めて重賞を制した。[[イスタンブル]]に凱旋して5月のトルコ国内G1[[ディシ・タイ・デネメ]](トルコ1000ギニー、芝1600m)2着から6月の[[クスラック賞]](トルコオークス、芝2100m)を制してG1を初勝利。6月末の[[ガジ賞]](トルコダービー)は内国産馬限定であるため[[アイルランド]]産であるリベラは出走権がなく、その同日に開催されるG2アナファルタラル賞に出走したが、英国産の牡馬ディニイェペルの2着に敗れた。
2歳時にはそれほど目立った成績ではなかったが、地方開催である[[イズミル]]のダート競走で実績を積み、[[2002年]]3月にダートで初めて重賞を制した。[[イスタンブル]]に凱旋して5月のトルコ国内G1[[ディシ・タイ・デネメ]](トルコ1000ギニー、芝1600m)2着から6月の[[クスラック賞]](トルコオークス、芝2100m)を制してG1を初勝利。6月末の[[ガジ賞]](トルコダービー)は内国産馬限定であるため[[アイルランド]]産であるリベラは出走権がなく、その同日に開催されるG2アナファルタラル賞に出走したが、英国産の牡馬ディニイェペルの2着に敗れた。


次走のG3では1位入線したが、禁止物質が検出されたため降着処分となった<ref name="b">{{cite web|url=http://www.sampiyonatlar.com/sampiyon_atlar/detay/180/ribella |title=Ribella |language=トルコ語 |publisher=Şampiyon Atlar |accessdate=2013-07-29}}</ref>。以後15か月にわたってレースには出走していない。
次走のG3では1位入線したが、禁止物質が検出されたため降着処分となった<ref name="b">{{cite web|url=http://www.sampiyonatlar.com/sampiyon_atlar/detay/180/ribella |title=Ribella |language=トルコ語 |publisher=Şampiyon Atlar |accessdate=2013-07-29}}</ref>。以後15か月にわたってレースには出走していない。

2016年10月18日 (火) 13:09時点における版

リベラ
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1999年3月11日
Revoque
Tajarib
母の父 Last Tycoon
生国 アイルランドの旗 アイルランド
生産者 W.G. McKinley
馬主 Süleyman Selman Taşbek
調教師 Selçuk Taşbek
競走成績
生涯成績 61戦27勝
獲得賞金 2,888,395.56新トルコリラ
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リベラRibella)は、トルコ競走馬2000年代のトルコ牝馬チャンピオン[1]で、トルコでは最も名前の知られた競走馬の一頭[2]2001年から2008年まで7年間に及んだ競走生活で数多くの国内重賞を制し、2005年にはパート3国(当時)のトルコ調教馬として初めてパート1国アラブ首長国連邦ドバイで勝利した。生涯収得賞金288万新トルコリラ(引退当時のレートで約2億5000万円)はトルコ調教牝馬の史上最高額である。

戦績

2歳時にはそれほど目立った成績ではなかったが、地方開催であるイズミルのダート競走で実績を積み、2002年3月にダートで初めて重賞を制した。イスタンブールに凱旋して5月のトルコ国内G1ディシ・タイ・デネメ(トルコ1000ギニー、芝1600m)2着から6月のクスラック賞(トルコオークス、芝2100m)を制してG1を初勝利。6月末のガジ賞(トルコダービー)は内国産馬限定であるためアイルランド産であるリベラは出走権がなく、その同日に開催されるG2アナファルタラル賞に出走したが、英国産の牡馬ディニイェペルの2着に敗れた。

次走のG3では1位入線したが、禁止物質が検出されたため降着処分となった[3]。以後15か月にわたってレースには出走していない。

4歳秋の2003年11月にブルサで復帰。ブルサからアダナへと地方を転戦するものの当初なかなか勝てなかったが、2004年5月にイスタンブルに戻ってG2イスメット・イノニュ賞、G2ジュベイデ・ハヌム賞を連勝。この年はG1では掲示板どまりだったが年内に重賞を通算4勝した。

明け2005年、6歳になったリベラはグランドエキノクス(2003、04年)、ディニイェペル(2004年)に続くトルコから3頭目の挑戦者としてドバイワールドカップカーニバルに参戦。緒戦のハンデキャップ競走4着を経て、2月3日ケープヴェルディステークスに勝利し、トルコ調教馬によるドバイ初勝利を挙げた。3戦目バランシーンステークスでは前走2着のムーンダズルに雪辱を許し、締めくくりの国際G1ドバイデューティーフリーは9着でドバイ遠征を終えた。

帰国後はジュベイデ・ハヌム賞連覇からG1トルコ首相賞(芝2000m)、G1ファーティフ・スルタン・メフメット賞(芝1600m)を連勝。G1トルコジョッキークラブ賞(芝2400m)こそ古豪グランドエキノクスの2着に敗れたが、成績の最盛期を迎える。

7歳時の2006年以降も現役を続行し、G1には勝てなかったが2008年までの3年間に19走して11勝、2着5回、3着1回と安定した成績を残した。2007年には賞金が大幅に増額されて高額賞金となった国際競走トプカプトロフィー(芝1600m)でサブルル(のちのトルコ最高収得賞金馬)の2着に入り、地元勢によるワンツーフィニッシュを決めた[4]

2008年9月6日の国際競走イスタンブールトロフィー6着を最後に9歳で現役を引退。10月29日ヴェリエフェンディ競馬場で引退式が行われた[2][3]

引退後

引退後は馬主のセルマン・タシュベクが所有したまま生国アイルランドに戻され、繁殖牝馬となった[2]

繁殖初年度の2009年にはディラントーマスと交配され、初仔ハッレムサルタン(Hurrem Sultan)はアイルランドで競走馬となった[5]。その後はロックオブジブラルタルと連続して交配され、アイルランド産の2仔はトルコでデビューしている[6][7]

血統表

リベラ血統ノーザンダンサー系 / Northern Dancer3×4=18.75%) (血統表の出典)

Revoque
1994 鹿毛
父の父
Fairy King
1982 鹿毛
Northern Dancer Nearctic
Natalma
Fairy Bridge Bold Reason
Special
父の母
La Bella Fontana
1985
Lafontaine Sham
Valya
Sorabelle Prince Tenderfoot
La Belle

Tajarib
1990 芦毛
*ラストタイクーン
Last Tycoon
1983 鹿毛
*トライマイベスト
Try My Best
Northern Dancer
Sex Appeeal
Mill Princess Mill Reef
Irısh Lass
母の母
Turkish Treasure
1975 芦毛
Sir Ivor Sir Gaylord
Attica
Turban Bagdad
Cap And Bells

祖母ターキッシュトレジャー(Turkish Treasure)は英チェリーヒントンステークスなど重賞2勝。子孫には本馬のほか、日本に種牡馬として輸入された*マジックミラー、香港クラシックマイルの勝利馬タイバー(Tiber)、米G1スピンスターステークスの勝利馬アシシエンプレ(Asi Siempre)などがいる。母タジャリブ(Tajarib)は本馬の成功後トルコに輸入され、トルコ産の仔の中からデハ(Deha)がトルコ国内G1のファーティフ・スルタン・メフメット賞を制して本馬との姉弟制覇を達成している[8]

脚注

  1. ^ Ribella Horse Pedigree” (英語). Pedigree Online. 2013年7月29日閲覧。
  2. ^ a b c Zahir, Fazile (5 November 2008). “Turkey bids farewell to a great racer”. Asia Times. 2013年7月29日閲覧。
  3. ^ a b Ribella” (トルコ語). Şampiyon Atlar. 2013年7月29日閲覧。
  4. ^ 欧州から見た世界の国際競走(連載8 トルコ)”. 公益財団法人ジャパン・スタッドブック・インターナショナル. 2013年7月29日閲覧。
  5. ^ All Previous Runs for Hurrem Sultan (IRE)” (英語). irishracing.com. 2013年7月29日閲覧。
  6. ^ RİBELLA 2011 Tayı” (トルコ語). TJK. 2013年7月29日閲覧。
  7. ^ RİBELLA 2012 Tayı” (トルコ語). TJK. 2013年7月29日閲覧。
  8. ^ DEHA” (トルコ語). TJK. 2013年7月29日閲覧。

外部リンク