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2016年11月11日 (金) 03:19時点における版
長谷川 きよし | |
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出生名 | 長谷川 清志 |
生誕 | 1949年7月13日(75歳) |
出身地 | 日本・東京都 |
学歴 | 東京教育大学附属盲学校(現・筑波大学附属視覚特別支援学校)卒業 |
ジャンル |
シャンソン フォークソング ボサノバ |
職業 |
シンガーソングライター ギタリスト |
活動期間 | 1969年 - 現在 |
レーベル |
PHILIPS VERTIGO/PHILIPS POLYDOR FLASH/KING EASTWORLD/東芝EMI MERCURY RECORDS TEICHIKU RECORDS COLUMBIA RECORDS |
共同作業者 | 加藤登紀子 |
公式サイト | 長谷川きよし Official Site |
長谷川 きよし(はせがわ きよし、1949年7月13日 - )は、日本のシンガーソングライター、ギタリスト。本名は長谷川 清志。東京都出身。
経歴
東京教育大学附属盲学校(現・筑波大学附属視覚特別支援学校)卒業。
緑内障のため2歳半で失明し、全盲となる。高校三年生のときシャンソン・コンクールに4位入賞。1969年、「別れのサンバ」でデビュー。発売直後はあまり反響のなかった曲ではあったが、深夜放送で流れるようになると、フォーク世代の若者から支持され、大ヒットとなった。
超絶的なギター演奏と、透明度の高い声によるバラードで人気を博す。1983年の参議院議員選挙では、無党派市民連合公認で、比例区から立候補するが落選している。最初の妻は津島玲の名で作詞を手がけていた。
ディスコグラフィー
シングル
アルバム
- 一人ぼっちの詩(1969年8月25日)
- 透明なひとときを(1970年6月25日)
- 長谷川きよしイン・コンサート(1970年12月25日)ライブアルバム
- 卒業(1971年8月25日)
- いにしえ坂(1972年5月25日)
- 長谷川きよしオン・ステージ(1973年3月25日)ライブアルバム
- あるばむ7(1974年4月25日)
- 街角(1975年7月25日)
- After Glow(1976年11月1日)
- Sunday Samba Session(1977年4月21日)ライブアルバム
- LIVE(1978年6月1日)ライブアルバム
- Another Door(1978年11月2日)
- 遠く離れたおまえに(1979年6月21日)
- 風織るまちを過ぎて(1980年12月1日)
- ネオン輝く日々(1983年10月1日)
- This Time(1985年7月20日)
- Acontece(1993年5月26日)
- Complete Singles(1999年12月16日)ベストアルバム
- ふるいみらい(2002年9月3日)
- My Favorite Songs(2002年10月23日)
- 40年。まだこれがベストではない。長谷川きよし ライヴ・レコーディング。(2008年10月1日)
- 人生という名の旅 (2012年10月14日)
- 中山千夏・長谷川きよし ジョイント・ライブ・コンサート 7月13日に生まれて(2016年7月13日)ライブアルバム
参加作品
- 椎名林檎 - DVD「第一回林檎班大会の模様」(2007年2月21日)
関連人物
- 荒木一郎
- 乾裕樹
- 松任谷由実
- モト冬樹 - アマチュアの頃、憧れていたギタリストが長谷川きよし。
- 吉田建 - 長谷川の誘いでプロ・ミュージシャンへの道に進んだ[1]
- 椎名林檎・東京事変 - 度々共演。
- カリオカ(旧・長谷川きよしバンドのメンバーらによって結成されたフュージョンバンド)
関連項目
脚注
- ^ 吉田建. “第68回 吉田 建 氏 4.レコード会社への就職を押しとどめたプロ・ミュージシャンへの思い。”. musicman-net.com. 2012年9月14日閲覧。