「フィリップ・ウォーカー」の版間の差分
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2016年11月12日 (土) 02:10時点における版
フィリップ・ウォーカー | |
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フィリップ・ウォーカー (2000) | |
基本情報 | |
出生名 | Phillip Walker |
生誕 |
1937年2月11日 米国ルイジアナ州ウェルシュ |
死没 |
2010年7月22日(73歳没) 米国カリフォルニア州パームスプリングス |
ジャンル | ブルース |
職業 | 歌手、ギタリスト |
担当楽器 |
ギター ヴォーカル |
活動期間 | 1953年~2010年 |
レーベル |
ラウンダー ハイトーン ブラックトップ デルタ・グルーヴ |
公式サイト | http://www.phillipwalker.com/ |
フィリップ・ウォーカー (Phillip Walker, 1937年2月11日 - 2010年7月22日)は、米国のブルース・ギタリスト、シンガー。1959年からカリフォルニア州ロサンゼルスを拠点に活動。テキサス・ブルースの流れを汲むスウィング感溢れるサウンドを基調としながら、幅広い音楽性を聴かせた。
来歴
1937年2月11日、ルイジアナ州ウェルシュに生まれる。小作人の家庭の12人兄弟の7番目の子であった。8歳のとき、家族とともにテキサス州ポートアーサーに移住し、クラレンス・"ゲイトマウス"・ブラウン、ライトニン・ホプキンスらテキサスのギタリスト達の影響を受けながらギターの腕を磨く。
1953年にザディコの大御所、クリフトン・シェニエと出会い、彼のルイジアナ・レッド・ホット・バンドに加入した。シェニエとは、ツアー、レコーディングを行うなど数年間活動を共にする。また、他にもリトル・リチャード、ファッツ・ドミノ、エタ・ジェイムズら数多くのアーティストのバックでもプレイするようにもなった。
1959年、ウォーカーはロサンゼルスに移住し、エルコ・レーベルより"Hello My Darling"でデビューした。この曲は、彼の代表曲として知られるようになり、その後もウォーカーは何度かレコーディングをしている。60年代には、アイナ“ビー・ボップ”ビアトリスと出会い結婚。彼女とのデュオ、フィル・アンド・ビー・ボップとしても活動した。AMCなどのレーベルにソロ、デュオの双方でレコーディングを重ね、またエディー・テイラー、テディー・レイノルズらのサイドマンとしてのレコーディングも経験している。
しかしながら、彼がまとまった形の作品を作るようになるのは、70年代まで待たなければならない。60年代後半にプロデューサーのブルース・ブロムバーグと出会い、1973年に彼のプロデュースのもとでレコーディングされた「The Bottom of the Top」でアルバム・デビューを果たす。続いて1977年には、「Someday You'll Have These Blues」をリリースしている。
1979年、ハーモニカ・プレイヤーのジョージ・スミスとともに初来日。来日公演では、吾妻光良、山岸潤史といった日本ギタリストとの共演もした。
80年代には、ラウンダー、ハイトーンといったレーベルから作品をリリース。90年代になると、オーティス・グランドとの共作「Big Blues from Texas」をイギリスのレーベル、JSPからリリースする。その後、ブラックトップと契約し、2枚の作品をリリースした。1作目「Working Girl Blues」 では、ザディコ調の曲も織り込み、ルイジアナ州出身らしい一面もみせた。
1997年には、パークタワー・ブルース・フェスティバル出演のため、2度目の来日。一方、1999年にはロニー・ブルックス、ロング・ジョン・ハンターと組み、ローンスター・シュートアウトの名義でアリゲーターからアルバムをリリースする。このメンバーでツアーも行った。
2002年のライヴ盤に続き、2007年にはスタジオ録音作としては実に9年ぶりとなる「Going Back Home」をデルタ・グルーヴ・プロダクションズからリリース。深みのあるサウンドで、健在ぶりを示した。
2010年7月22日、米国カリフォルニア州パームスプリングスにて、心不全のため死去[1]。73歳没。
ディスコグラフィー
- 1973年 「Bottom of the Top」 (Playboy)
- 1977年 「Someday You'll Have These Blues」 (Joliet)
- 1980年 「The Blues Show! Live at Pit Inn」 (ユピテル) (来日公演ライヴ。ジョージ・スミスとの共演)
- 1982年 「From L.A. to L.A.」 (Rounder)
- 1984年 「Tough As I Want to Be」 (Rounder)
- 1988年 「Blues」 (Hightone)
- 1994年 「Big Blues from Texas」 (JSP)
- 1995年 「Working Girl Blues」 (Black Top)
- 1998年 「I Got a Sweet Tooth」 (Black Top)
- 2002年 「Live at Biscuits & Blues」 (M.C.)
- 2007年 「Going Back Home」 (Delta Groove Productions)
脚註
- ^ Bluesman Phillip Walker, Singer-Guitarist Recorded with Louisiana Artists Dies AllAbout Jazz 2010-7-22