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「立川美術学院」の版間の差分

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== 概要 ==
== 概要 ==
1969年からミロ画材が運営していた立川現代美術研究所を、[[武蔵野美術大学]]の美育研究会(のちの造形教育研究会)の長都守健一が引き継ぎ、立川美術学院へと改称<ref name=tachi />。2009年に創立40周年を迎えた<ref>[http://www.tachibi.com/tachibisai2008/news.html#20090820 創立40周年記念立美祭2009]</ref>。かつて[[現代美術家]]の[[村上隆]]も受講生で、のちに本学院の日本画科の講師をしている<ref>[https://ameblo.jp/gotojinjapan/entry-12199887070.html 日本画家後藤純男先生との思い出] 後藤 仁(GOTO JIN)の絵本便り、2016年9月14日更新。</ref>。また[[漫画家]]の[[西原理恵子]]も在校時のことを『[[上京ものがたり]]』を始め、エッセイやインタビューで言及している<ref>[http://suumo.jp/town/entry/higashinagasaki-saibararieko/ 西原理恵子さん【上京物語】]SUUMO(スーモ)、[[リクルート]]、2017年10月19日更新。 </ref>。
1969年からミロ画材が運営していた立川現代美術研究所を、[[武蔵野美術大学]]の美育研究会(のちの造形教育研究会)の長都守健一が引き継ぎ、立川美術学院へと改称<ref name=tachi />。2009年に創立40周年を迎えた<ref>[http://www.tachibi.com/tachibisai2008/news.html#20090820 創立40周年記念立美祭2009]</ref>。かつて[[現代美術家]]の[[村上隆]]も受講生で、のちに本学院の日本画科の講師をしている<ref>[https://ameblo.jp/gotojinjapan/entry-12199887070.html 日本画家後藤純男先生との思い出] 後藤 仁(GOTO JIN)の絵本便り、2016年9月14日更新。</ref>。また[[漫画家]]の[[西原理恵子]]も在校時のことを『[[上京ものがたり]]』を始め、エッセイやインタビューで言及している<ref>[http://suumo.jp/town/entry/higashinagasaki-saibararieko/ 西原理恵子さん【上京物語】]SUUMO(スーモ)、[[リクルートホールディングス]]、2017年10月19日更新。 </ref>。


== 学科 ==
== 学科 ==

2019年9月13日 (金) 09:02時点における版

立川美術学院(たちかわびじゅつがくいん)は東京都立川市錦町に所在する芸術大学美術大学受験のための予備校。立川現代美術研究所を起源とし、通称は「タチビ」[1]

概要

1969年からミロ画材が運営していた立川現代美術研究所を、武蔵野美術大学の美育研究会(のちの造形教育研究会)の長都守健一が引き継ぎ、立川美術学院へと改称[1]。2009年に創立40周年を迎えた[2]。かつて現代美術家村上隆も受講生で、のちに本学院の日本画科の講師をしている[3]。また漫画家西原理恵子も在校時のことを『上京ものがたり』を始め、エッセイやインタビューで言及している[4]

学科

  • デザイン・工芸科
    • 昼間部
    • 夜間部
    • 建築コース
  • 油絵科
  • 彫刻科
  • 日本画科
  • 美大学科
  • 高校1・2年生基礎科
  • 中学生基礎科
  • 通信教育科
    • デザイン・工芸総合コース
    • 油絵総合コース
    • 彫刻総合コース
    • 日本画総合コース
    • 映像・先端芸術総合コース
    • 芸術学・美術教育総合コース
    • 美大学科総合コース

主な出身者

脚注

  1. ^ a b 立川美術学院の紹介
  2. ^ 創立40周年記念立美祭2009
  3. ^ 日本画家後藤純男先生との思い出 後藤 仁(GOTO JIN)の絵本便り、2016年9月14日更新。
  4. ^ 西原理恵子さん【上京物語】SUUMO(スーモ)、リクルートホールディングス、2017年10月19日更新。

参考文献

外部リンク