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「燕市旧浄水場配水塔」の版間の差分

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[[現代]]における本配水塔に関する[[学者|研究者]]としては[[長岡造形大学]]の[[教授]]・[[平山育男]]がいる<ref name="kenoh-2013-11-04" />。[[インターネット]]上にて[[無料]]で閲覧可能なものを2件紹介する。
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* {{Cite journal |和書 |author=平山育男 |title=燕市旧浄水場敷設工事顧問西出辰次郎と配水塔の建設について |date=2015 |publisher=[[日本建築学会]] |journal=日本建築学会計画系論文集 |volume=80 |issue=707 |pages=185 - 192 |NAID=130005062848 |DOI=10.3130/aija.80.185 }}
* {{Cite journal |和書 |author=平山育男 |title=燕市旧浄水場敷設工事顧問西出辰次郎と配水塔の建設について |date=2015 |publisher=[[日本建築学会]] |journal=日本建築学会計画系論文集 |volume=80 |issue=707 |pages=185 - 192 |naid=130005062848 |doi=10.3130/aija.80.185 }}
* {{Cite journal |和書 |author=平山育男 |title=新潟県燕市創設水道における関連資料について |date=2015 |publisher=日本建築学会 |journal= 日本建築学会技術報告集 |volume=22 |issue=51 |pages=789 - 793 |NAID=130005157843 |DOI=10.3130/aijt.22.789 }}
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== 交通アクセス ==
== 交通アクセス ==

2020年1月25日 (土) 11:38時点における版

燕市旧浄水場配水塔
2018年撮影
燕市旧浄水場配水塔の位置(新潟県内)
燕市旧浄水場配水塔
情報
旧用途 給水塔[1]
設計者 西出辰次郎[2]
構造形式 鉄筋コンクリート構造[1]
高さ 31 m [1]
竣工 1941年[1]
所在地 959-1262[3]
新潟県燕市水道町1-3-28[1]
座標 北緯37度39分26.72秒 東経138度55分06.05秒 / 北緯37.6574222度 東経138.9183472度 / 37.6574222; 138.9183472 (燕市旧浄水場配水塔)座標: 北緯37度39分26.72秒 東経138度55分06.05秒 / 北緯37.6574222度 東経138.9183472度 / 37.6574222; 138.9183472 (燕市旧浄水場配水塔)
文化財 国の登録有形文化財[1]
指定・登録等日 2013年6月21日[1]
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燕市旧浄水場配水塔(左)と中央公民館(右)
4層目から水槽へと登る梯子

燕市旧浄水場配水塔(つばめし きゅうじょうすいじょう はいすいとう)は、新潟県燕市にある。かつて浄水場の配水塔(給水塔)として用いられた建造物[1]市民からは水道の塔と呼ばれ、市のシンボルとして親しまれている[4]。国の登録有形文化財(建造物)[1]日本の近代土木遺産 現存する重要な土木構造物2000選[5]土木学会、現・日本の近代土木遺産(改訂版) 現存する重要な土木構造物2800選[6])。

歴史

本配水塔は、1938年昭和13年)11月28日に通水を開始した浄水場に設置されたもので、完成は1941年(昭和16年)のことである[2](当時・西蒲原郡燕町[7])。高さ31メートル直径10メートルの鉄筋コンクリート構造で、上部に八角形水槽を持つ[1]容量206立方メートル[2])。支持台は8方にを伸ばした円錐台形をしており、内部は上下方向で4層に分かれている[1]。設計は西出辰次郎で、配水塔の設計としては本作が初となる。外観的特徴や水槽容量の類似から、大分県中津市にあった配水塔(1929年(昭和4年)完成)をモデルにしたものと考えられている。この大分県の配水塔も兵庫県尼崎市にあった配水塔(1918年大正7年)建設)をモデルにしたとされ、これら3つの配水塔は「三兄弟」であるとされる。この中で本配水塔だけが支持台に外壁を設けているが(他は骨組みのみ)、これは雪国という当地ならではの事情を考慮したものとされる[2]

本配水塔は1969年(昭和44年)にその役目を終えた[4]。浄水場は道金地籍へと移転したが[7]、本配水塔だけはそのまま残された。2011年(平成23年)度以降、老朽化した本配水塔の改修工事を実施。耐震補強のほか、外壁の剥離防止、はびこるツタの除去が行われた[4]。そして2013年(平成25年)6月21日付けで、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」(引用)として国の登録有形文化財に登録された[1]

研究

現代における本配水塔に関する研究者としては長岡造形大学教授平山育男がいる[2]インターネット上にて無料で閲覧可能なものを2件紹介する。

  • 平山育男「燕市旧浄水場敷設工事顧問西出辰次郎と配水塔の建設について」『日本建築学会計画系論文集』第80巻第707号、日本建築学会、2015年、185 - 192頁、doi:10.3130/aija.80.185NAID 130005062848 
  • 平山育男「新潟県燕市創設水道における関連資料について」『日本建築学会技術報告集』第22巻第51号、日本建築学会、2015年、789 - 793頁、doi:10.3130/aijt.22.789NAID 130005157843 

交通アクセス

燕市総合文化センター(文化会館・中央公民館駐車場内に建つ[8]。内部の見学予約[9]

公共交通機関
最寄りの鉄道駅JR弥彦線燕駅(直線距離で約1.4キロメートル[10]上越新幹線燕三条駅も近い[11]
自家用自動車
最寄りのインターチェンジ北陸自動車道三条燕インターチェンジ新潟県道18号燕地蔵堂線沿い[11]。277台が駐車可能な駐車場がある[8]

燕市旧浄水場配水塔に関する作品

脚注

  1. ^ a b c d e f g h i j k l 登録有形文化財 燕市旧浄水場配水塔”. 燕市. 2018年4月18日閲覧。
  2. ^ a b c d e 「燕市旧配水場配水塔」の登録有形文化財プレートのお披露目会と記念講演会、旧燕市配水塔の設計やデザインの秘密が明らかに”. ケンオー・ドットコム (2013年11月4日). 2018年4月18日閲覧。
  3. ^ 新潟県燕市の郵便番号”. 日本郵便. 2018年4月18日閲覧。
  4. ^ a b c d 12月4日に燕市で「水道の塔」の集い、配水塔研究の大学教授が基調講演、参加者には飴屋本舗の菓子「水道塔の詩」”. ケンオー・ドットコム (2010年11月20日). 2018年4月18日閲覧。
  5. ^ 日本の近代土木遺産 現存する重要な土木構造物2000選 新潟県”. 土木学会 (2008年3月6日). 2018年4月18日閲覧。
  6. ^ 日本の近代土木遺産(改訂版) 現存する重要な土木構造物2800選 新潟県”. 土木学会 (2008年9月5日). 2018年4月18日閲覧。
  7. ^ a b 燕市ガイドブック”. 燕市. 2018年4月18日閲覧。
  8. ^ a b 燕市文化センター駐車場の整備、拡張で収容可能台数は188台から277台に大幅増”. ケンオー・ドットコム (2013年4月9日). 2018年4月18日閲覧。
  9. ^ 水道の塔 1階内部を見学できます”. 燕市. 2018年4月18日閲覧。
  10. ^ 燕市 中央公民館”. Mapion. 2018年4月18日閲覧。
  11. ^ a b 燕市 中央公民館の地図”. Mapion. 2018年4月18日閲覧。
  12. ^ 燕市・水道の塔を描いた絵札をデザインした「つばめっ子かるた原画展『黒井 健が描いたつばめ』」のポスターが好評”. ケンオー・ドットコム (2012年6月6日). 2018年4月18日閲覧。

関連項目

外部リンク