「松園万亀雄」の版間の差分
表示
削除された内容 追加された内容
1行目: | 1行目: | ||
'''松園 万亀雄'''(まつぞの まきお、[[1939年]][[3月9日]]<ref>『読売年鑑 2016年版』(読売新聞東京本社、2016年)p.343</ref> - )は、[[日本]]の[[人類学者]]。[[東京都立大学]]名誉教授・[[国立民族学博物館]]名誉教授・元館長。 |
'''松園 万亀雄'''(まつぞの まきお、[[1939年]][[3月9日]]<ref>『読売年鑑 2016年版』(読売新聞東京本社、2016年)p.343</ref> - )は、[[日本]]の[[人類学者]]。[[東京都立大学 (1949-2011)]]名誉教授・[[国立民族学博物館]]名誉教授・元館長。 |
||
== 来歴・人物 == |
== 来歴・人物 == |
||
[[長崎県]]出身。1961年[[東京外国語大学]]ロシヤ語科卒業、[[東京都立大学]]大学院社会科学研究科社会人類学専攻進学、1966年[[天理大学]]助手、1968年博士課程単位取得満期退学、1969年天理大教養部専任講師、1972年助教授、1974年[[武蔵大学]]助教授、1976年[[横浜国立大学]]助教授、1977年国立民族学博物館助教授兼任、1981年東京都立大学助教授、1988年教授、1999年「グシイの性と生殖」で都立大学社会人類学博士。2001年定年退職、名誉教授、[[県立長崎シーボルト大学]]国際情報学部教授、2003年民博館長、2009年3月末で任期終了に伴い退職。 |
[[長崎県]]出身。1961年[[東京外国語大学]]ロシヤ語科卒業、[[東京都立大学 (1949-2011)]]大学院社会科学研究科社会人類学専攻進学、1966年[[天理大学]]助手、1968年博士課程単位取得満期退学、1969年天理大教養部専任講師、1972年助教授、1974年[[武蔵大学]]助教授、1976年[[横浜国立大学]]助教授、1977年国立民族学博物館助教授兼任、1981年東京都立大学助教授、1988年教授、1999年「グシイの性と生殖」で都立大学社会人類学博士。2001年定年退職、名誉教授、[[県立長崎シーボルト大学]]国際情報学部教授、2003年民博館長、2009年3月末で任期終了に伴い退職。 |
||
== 著書 == |
== 著書 == |
2020年3月25日 (水) 00:19時点における版
松園 万亀雄(まつぞの まきお、1939年3月9日[1] - )は、日本の人類学者。東京都立大学 (1949-2011)名誉教授・国立民族学博物館名誉教授・元館長。
来歴・人物
長崎県出身。1961年東京外国語大学ロシヤ語科卒業、東京都立大学 (1949-2011)大学院社会科学研究科社会人類学専攻進学、1966年天理大学助手、1968年博士課程単位取得満期退学、1969年天理大教養部専任講師、1972年助教授、1974年武蔵大学助教授、1976年横浜国立大学助教授、1977年国立民族学博物館助教授兼任、1981年東京都立大学助教授、1988年教授、1999年「グシイの性と生殖」で都立大学社会人類学博士。2001年定年退職、名誉教授、県立長崎シーボルト大学国際情報学部教授、2003年民博館長、2009年3月末で任期終了に伴い退職。
著書
- グシイ ケニア農民のくらしと倫理 弘文堂 1991
編著
- 社会人類学リーディングス 1 アカデミア出版会 1982
- 性と出会う 人類学者の見る、聞く、語る 講談社 1996
- 性の文脈 雄山閣 2003(くらしの文化人類学4)
- 文化人類学 江渕一公共編 新訂 放送大学教育振興会 2004
- 人類学と国際保健医療協力 門司和彦、白川千尋共編 明石書店 2008(みんぱく実践人類学シリーズ 1)
- アフリカの人間開発 実践と文化人類学 縄田浩志、石田慎一郎共編 明石書店 2008(みんぱく実践人類学シリーズ 2)
翻訳
- 文明の歴史像 人類学者の視点 アルフレッド・L・クローバー 社会思想社 1971
- アフリカの部族生活 伝統と変化 コリン・M.ターンブル 松園典子共訳 社会思想社 1972(現代教養文庫)
- 人類学者ルース・ベネディクト その肖像と作品 マーガレット・ミード編著 社会思想社 1977
- 文化進化論 理論と応用 エルマン・R.サーヴィス 小川正恭共訳 社会思想社 1977
- 未開の社会組織 進化論的考察 E.R.サーヴィス 弘文堂 1979
- ぼくらの幼年期 東アフリカの家庭と学校 L.K.フォックス 社会思想社 1983
脚注
- ^ 『読売年鑑 2016年版』(読売新聞東京本社、2016年)p.343