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*三女 海珺(ヘチュン、1920年 - 2009年) 夫:朴賛汎(離縁) |
*三女 海珺(ヘチュン、1920年 - 2009年) 夫:朴賛汎(離縁) |
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*四女 海璛(ヘソク、1920年 - ) |
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2020年8月16日 (日) 05:08時点における版
李堈 | |
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各種表記 | |
ハングル: | 이강 |
漢字: | 李堈 |
発音: | イ ガン |
日本語読み: | り こう |
ローマ字: | I Gang |
英語: | Yi Kang |
李 堈(り こう(日本語読み)、イ・ガン(朝鮮語読み)、1877年3月30日 - 1955年8月17日)は、大韓帝国の皇族(親王)、のち大日本帝国の公族。朝鮮第26代国王・大韓帝国初代皇帝高宗の五男。
生涯
韓国併合以前
朝鮮国王高宗の五男として誕生する。母は貴人張氏。異母兄に純宗、異母弟に皇太子・李王となった李垠がいる。
1892年1月に義和君となり、翌1893年に金思濬の娘と結婚する。1894年に日清戦争の祝賀使として日本に訪問した。翌年には欧米各国を歴訪した。その後、慶應義塾大学やアメリカの大学に留学した。その間に朝鮮は大韓帝国となり、義親王に封じられた。
1905年に帰国し、翌年に大韓帝国最高位の勲章である大勲位金尺大綬章が授与された。
韓国併合以後
韓国併合により1910年8月、「公」に封ぜられて恩賜公債84万円を賜り、日本の公族の身分となった。李堈家は、併合前の財産と恩賜公債の利子で年間4万円の収入があったが、李堈の散財により瞬く間に家政が逼迫した。李王職が公家を監督しようとすると、李堈はそれに反発し、金策に奔走して詐欺事件まで起こした。
朝鮮独立運動組織「大同団」は、こうした李堈に目を付け、「金は出すから、朝鮮から出て独立運動の象徴となってほしい」と彼を騙し、李堈公誘拐事件を起こすに至っている。
こうした李堈の行動は、後に制定された王公家軌範第69条の「其ノ品位ヲ辱ムルノ所行」に相当する行為であったが、王公家軌範制定前で王公族を懲戒する法的根拠がなかったため、李王(純宗)が本人を呼び出して誓約書を書かせるのが精一杯であった。
王公家軌範制定後の1930年6月12日に隠居し、公位は長男の李鍵が継承した。
栄典
- 李堈妃金氏
家族
妃は金氏(金思濬長女、1880年1月21日 - 1964年1月14日)である。1893年12月6日に結婚した。この他に数多くの側室や妾[6]がいる。
子女は以下の通りである。
以下は王公族とされなかった庶出の子女である。
- 三男 鎊(パン、1914年 - 1951年)
- 四男 鎗(チャン、1915年 - )
- 五男 鑄(チュ、1918年 - 1982年)
- 六男 錕(コン、1920年 - )
- 七男 鑛(クァン、1921年 - 1952年)
- 八男 鉉(ヒョン、1922年 - 1998年)
- 九男 鉀(カプ、1938年 - 2014年) 李源の父。
- 十男 錫(ソク、1941年 - )全州李氏宗親会会長
- 十一男 鍰(ファン、1944年 - )
- 十二男 錠(チョン、1947年 - )
- 長女 海琬(ヘワン、1915年 - 1981年)
- 次女 海瑗(ヘウォン、1919年 - )
- 三女 海珺(ヘチュン、1920年 - 2009年) 夫:朴賛汎(離縁)
- 四女 海璛(ヘソク、1920年 - )
- 五女 海瓊(ヘギョン、1930年 - )
- 六女 恵子(ヒジャ、1940年 - )
- 七女 海珃(ヘラン、1944年 - )
- 八女 海瑢(ヘリョン、1950年 - )
- 九女 昌恵(チャンヒ、1951年 - )
系図
李堈(義親王)の親類・近親・祖先の詳細
←仁祖系 | 荘祖愃 | 懿昭世孫琔 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
正祖祘22 | 文孝世子㬀 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
純祖玜23 | 翼宗旲 | 憲宗烉24 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
淑善翁主 | 明温公主 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
福温公主 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
徳温公主 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
永温翁主 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
恩彦君䄄 | 常渓君湛 | 益平君曦 | 載悳 | 完鎔 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
豊渓君瑭 | 景恩君載星 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
全渓大院君㼅 | 懐平君明 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
永平君景応 | 清安君載純 | 豊善君漢鎔 | 清豊君海昇 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
哲宗昪25 | 永恵翁主 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
恩信君禛 | 南延君球 | 興寧君昌応 | 完林君載元 | 埼鎔 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
興完君晸応 | 完順君載完 | 達鎔 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
完林君載元 | 逵鎔 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
興寅君最応 | 完永君載兢 | 址鎔 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
興宣大院君昰応 | 完恩君載先 | 壦鎔 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
興王熹 | 永宣君埈鎔 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
高宗㷩26 | 純宗坧27 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
完王墡 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
義王堈 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
英王垠 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
堉 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
堣 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
徳恵翁主 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
恩全君禶 | 豊渓君瑭 | 慶平君晧 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
清衍公主 | 完平君昇応 | 仁陽君載覲 | 憲鎔 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
清璿公主 | 益平君曦 | 載現 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
清瑾翁主 | 義陽君載覚 | 徳鎔 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
載規 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||