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== 来歴 ==
== 来歴 ==
* [[1998年]][[1月]]、小室はアジアでの活動を目的とした「TK NEWS」([[ニューズ・コーポレーション]]の[[ルパート・マードック]]との合弁企業)を発展する形で設立された。小室・[[KEIKO]]・[[マーク・パンサー]]も株主であり、[[ジャン・ミッシェル・ジャール]]が経営アドバイザー、[[中田英寿]]が所属プロデューサーに就任していた。
* [[1998年]][[1月]]、小室はアジアでの活動を目的とした「TK NEWS」([[ニューズ・コー]]の[[ルパート・マードック]]との合弁企業)を発展する形で設立された。小室・[[KEIKO]]・[[マーク・パンサー]]も株主であり、[[ジャン・ミッシェル・ジャール]]が経営アドバイザー、[[中田英寿]]が所属プロデューサーに就任していた。
* [[1998年]][[7月]]、「ROJAM DISCO」を設立。
* [[1998年]][[7月]]、「ROJAM DISCO」を設立。
* [[2000年]][[7月12日]]、オーディション&エージェントサイト「ROJAM.COM」グランドオープン。契約・プロモーション・オーディション・人気投票をインターネット上で行う<ref>[[日経BP]]刊『[[日経エンタテインメント!]]』2000年5月号「小室哲哉通信 第28回『あみ人気の向こうに見えたアジアとネットの新しい関係』」144Pより。</ref><ref>[[日経BP]]刊『[[日経エンタテインメント!]]』2000年8月号「小室哲哉通信 第31回『沖縄サミット開催迫るイメージソングの舞台裏』176P-177Pより。</ref>。
* [[2000年]][[7月12日]]、オーディション&エージェントサイト「ROJAM.COM」グランドオープン。契約・プロモーション・オーディション・人気投票をインターネット上で行う<ref>[[日経BP]]刊『[[日経エンタテインメント!]]』2000年5月号「小室哲哉通信 第28回『あみ人気の向こうに見えたアジアとネットの新しい関係』」144Pより。</ref><ref>[[日経BP]]刊『[[日経エンタテインメント!]]』2000年8月号「小室哲哉通信 第31回『沖縄サミット開催迫るイメージソングの舞台裏』176P-177Pより。</ref>。

2021年11月2日 (火) 13:37時点における版

寰亞傳媒集團有限公司
Media Asia Group Holdings Limited.
種類 株式会社
市場情報 香港証券取引所:GEM 証券コード 8075
設立 1998年1月
業種 情報・通信業
事業内容 エンターテインメント事業
代表者 林建岳
決算期 3月31日
主要株主 eSun Holdings Limited 67.56%
関係する人物 小室哲哉
(創業者、元会長兼取締役)
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Rojam Entertainment(ロジャム エンタテインメント)は、小室哲哉が創業したアジアを中心に活動するインディーズレーベルである。また芸能プロダクション、プロデュース・製作集団という側面も持っている。

概要

  • 社名の由来は「MAJOR」の逆さ読み。小室の「どんなメジャーレーベルも最初はアマチュア」という意向で名づけられた[1]
  • プロデューサーチームとしての活動は、楽曲制作・ボーカルディレクションは小室が集めた約50人もの所属プロデューサーの中で行われ、小室は自ら所属するユニット以外のアーティストに直接関わる事は極力避け、アジアの200人に上るDJから届いたボーカルトラック・リミックス音源の選定に関わるのを中心とし、飽くまでもアジア各国への歌手・DJ・リミキサーのプロモーションのオーガナイザーとして一歩引いた活動をしていた[2][3][4]
  • 「ROJAM.COM Compilation Vol.1」を2000年10月に発売する予定があった。収録楽曲の一部が「日落時突然想見你(BiBi)」「Busy...Bom-Ba-Ya?(BiBi)」「Cloce Your Eyes(Sharon Chan)」「一息間的放縱(Sharon Chan)」と判明している[2]
  • 小室にとってはレコード会社・プロダクションではなく、音源・ソフトコンテンツをメーカーに供給する制作会社であり、ネット配信がメインのインターネットサービスプロバイダと解釈していた[5]

来歴

制作参加作品

系列会社

  • Rojam USA
小室が関与する原盤の制作会社[11]
  • ROJAM INTERNATIONAL
  • ROJAM Pictures,inc.(映像製作会社、ロサンゼルス・日本に設立)
  • ROJAM DISCO(上海市・蘇州市に設立)
  • ROJAM Studios
小室の個人スタジオ。
ROJAM StudiosROJAM TECHNOLOGY JAPAN Studiosと表記されることもあった)」「ROJAM TECH FIVE STUDIO」の2スタジオが東京に設立されていた[12][リンク切れ]。現在は2つのスタジオともクローズし存在していない。
ROJAM TECH FIVE STUDIOは小室の当時の自宅をリフォームして作られ、大まかなメロディと音色作りに使用された。
ROJAM Studiosは、東京都品川区勝島倉庫を改造して作られ、400坪という広大な敷地の中に2つのメインスタジオに定まらず、いくつものブースの中にあらゆる種類のシーケンサーと7000万円以上したというコンソール類が設置されていた。久保こーじ・木根尚登・岩佐俊秀・村上彰久・DJ DRAGON・松本零士専用のスタジオ・シャワールーム・エレベーターがあった[13]。最終的なミキシング作業はここで行われた[14]
小室の趣味で内装は「メタルギアソリッド」をイメージした近未来的な空間と、「ちょっと勘違いした」日本文化を折衷させた[13]。且つ全スペースにビデオカメラを設置して映像を確認することにより、より的確なコミュニケーションと防犯に役立てた[14]
2004年以降は制作クレジット上では「ROJAM Studios」以外表示されなくなっていた。
小室の経営撤退後は小室の個人スタジオと兼ねて、R and C運営の通常営業の録音・リハーサルスタジオとしても営業し、2010年頃に完全クローズ・原状復帰された。
  • 香港商龍傑多媒體股份有限公司台湾分公司

かつて所属していたアーティスト

脚注

  1. ^ 「コムック」2003年第3号より。
  2. ^ a b ぴあ」2000年8月28日号「小室哲哉発 アジア戦略発表 キーワードは“ネット”!!」4-5Pより。
  3. ^ 日経BP刊『日経エンタテインメント!』2000年7月号より。
  4. ^ メディアファクトリー刊「ザッピィ」2000年9月号17Pより。
  5. ^ 日経BP刊『日経エンタテインメント!』2000年10月号「小室哲哉通信 第33回『TM NETWORK再始動 TKが踏み出した一歩とは?』」132P-133Pより。
  6. ^ 日経BP刊『日経エンタテインメント!』2000年5月号「小室哲哉通信 第28回『あみ人気の向こうに見えたアジアとネットの新しい関係』」144Pより。
  7. ^ 日経BP刊『日経エンタテインメント!』2000年8月号「小室哲哉通信 第31回『沖縄サミット開催迫るイメージソングの舞台裏』176P-177Pより。
  8. ^ 株式会社フェイス及びACP Seed Fundがロジャムの主要株主に」より。
  9. ^ 小室哲哉天国から地獄、最近は金策に走る - 芸能ニュース”. nikkansports.com. 2021年10月18日閲覧。
  10. ^ 吉本興業 香港企業株を売却 小室氏が創業、業績低迷”. 産経関西. 2009年9月5日閲覧。
  11. ^ 日経BP刊『日経エンタテインメント!』1999年3月号81Pより。
  12. ^ http://www.wgrec.com/syu_wan/2010/5-17.html
  13. ^ a b ROJAM STUDIO MAGAZINEより
  14. ^ a b リットーミュージック刊 『キーボード・マガジン』 2001年10・11月合併号「特集 小室哲哉 前編 TKが語るグローバル・トランス構想&プライベートスタジオついに公開!」31Pより。

外部リンク