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2022年10月7日 (金) 01:04時点における版

愛知県立東山工業高等学校
校地鳥瞰写真
地図北緯35度9分47.5秒 東経136度58分48.4秒 / 北緯35.163194度 東経136.980111度 / 35.163194; 136.980111座標: 北緯35度9分47.5秒 東経136度58分48.4秒 / 北緯35.163194度 東経136.980111度 / 35.163194; 136.980111
国公私立の別 公立学校
設置者 愛知県
校訓 まごころをつらぬけ
設立年月日 1959年昭和34年)4月1日
閉校年月日 2011年平成23年)3月31日
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 機械科
電子機械科
電気科
電子工学科
高校コード 23115A
所在地 464-0808
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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愛知県立東山工業高等学校(あいちけんりつ ひがしやまこうぎょうこうとうがっこう)は、愛知県名古屋市千種区星が丘山手2011年平成23年)3月まで存在した工業高等学校である。

愛知工業高校と合併して、東山工業高校の敷地内に愛知県立愛知総合工科高等学校が建設されるため、2009年度(平成21年度)から募集を停止し、2011年(平成23年)2月26日に閉校式が実施された。

概要

通常、工業高等学校は、科別に入学募集・選抜を行うのが通例であるが、東山工高は全国で初めて全4科一括の募集・選抜を行い、入校後1年間は「工業科」として全科(機械・電子機械・電気・電子工学)の授業・実習を順次行い、第2学年に進級する時点で個人の特性と希望により科目別に分かれた教育を行っていた。

自動制御科を全国で初めて創設した高校で、かつては国内の工業高校の中でもっとも偏差値の高い高校として周知されていた。また、愛知県が推進する産業首都プロジェクトと産学官連携しており、同校の自動制御科を経た一部の生徒が、地元の有力企業であるトヨタ自動車ブラザー工業、アイシンAW(現在のアイシン)、デンソーなどへ中核人材として、総合職採用されるという慣習があった。とりわけトヨタグループでは、豊田中央研究所など門戸の狭い部門においても受け入れ体制が確立されていた[1]

歴史

1959年昭和34年)に、愛知県立愛知工業高等学校より分かれて創設された。

開校時には全日制機械科電気科電子工学科・自動制御科の4学科が設置され、1964年(昭和39年)に設備工業科が設置された[2]

2006年(平成18年)に学科改変が行われ、設備工業科は廃止され、自動制御科は電子機械科に改称された[2]

1964年(昭和39年)に定時制の機械科と電気科が設置されたが、1968年(昭和43年)に定時制電気科、1969年(昭和44年)に定時制機械科が募集停止となり、1972年(昭和47年)に定時制課程が廃止された[2]

愛知工業高校との合併のため、2009年(平成21年)から募集停止をし、2011年(平成23年)3月31日に閉校した。

閉校後、高度工業教育を行う中等教育機関として、専攻科も備えた愛知県立愛知総合工科高等学校の校舎を敷地内に新規建設された。

年表

校歌

所在地

愛知県名古屋市千種区星が丘山手107

2005年(平成17年)の町名変更以前は田代町瓶杁108であった[3]

開校と同時期に愛知淑徳中学校・高等学校[4]1959年(昭和34年))、椙山女学園大学名古屋市立菊里高等学校[5]1962年(昭和37年))が星ヶ丘地区に移転し、周辺は学校が集積する土地となった。

1971年(昭和46年)2月に校地を含む星ヶ丘一帯が文教地区に指定された[6][7]

最寄り駅は名古屋市営地下鉄東山線 星ヶ丘駅である[8]

1959年(昭和34年)3月に延伸開業した名古屋市電東山公園線は校地のすぐ南を通る道路(現在の愛知県道60号名古屋長久手線、通称東山通または広小路通)を走り、「東山工業高校前」停留場が設けられていた[9]。なお、同線は1961年(昭和36年)5月より休止され[10]、後年廃止されている[11]

著名な卒業生

脚注

  1. ^ 西尾信章 (2019年5月31日). “工業高校~大学進学 とってもお得だと思います!”. 個別学習のセルモ. 2019年10月18日閲覧。
  2. ^ a b c 学校の沿革”. 愛知県東山工業高等学校. 2013年6月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年6月22日閲覧。
  3. ^ 愛知県東山工業高等学校”. 2005年8月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2005年8月28日閲覧。
  4. ^ 創立と沿革”. 愛知淑徳中学校・高等学校. 2019年12月16日閲覧。
  5. ^ 《伝統に育まれた本校の歩み 》・・・菊里高校の歴史”. 名古屋市立菊里高等学校. 2019年12月16日閲覧。
  6. ^ “第2編 第2章 土地利用”, 都市計画概要2013, 名古屋市住宅都市局, (2013-10-01), https://www.city.nagoya.jp/jutakutoshi/cmsfiles/contents/0000058/58866/2-2.pdf 2019年12月17日閲覧。 
  7. ^ 都市計画情報”. 名古屋市都市計画情報提供サービス. 名古屋市. 2019年12月16日閲覧。
  8. ^ 学校へのアクセス”. 愛知県東山工業高等学校. 2011年8月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年8月11日閲覧。
  9. ^ 徳田耕一 1999, p. 52.
  10. ^ 服部重敬 2013a, pp. 14–17.
  11. ^ 服部重敬 2013b, p. 19.

参考文献

  • 徳田耕一『名古屋市電が走った街今昔』JTB、1999年。ISBN 978-4-533-03340-7 
  • 服部重敬『名古屋市電』 上、ネコ・パブリッシング、2013年10月。ISBN 978-4-7770-5352-0 
  • 服部重敬『名古屋市電』 中、ネコ・パブリッシング、2013年11月。ISBN 978-4-7770-5355-1 

関連項目

外部リンク