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2022年10月7日 (金) 12:33時点における版
鮭川村立鮭川中学校 | |
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北緯38度49分52.6秒 東経140度13分45.9秒 / 北緯38.831278度 東経140.229417度座標: 北緯38度49分52.6秒 東経140度13分45.9秒 / 北緯38.831278度 東経140.229417度 | |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 鮭川村 |
併合学校 | 鮭川村立大豊中学校 |
校訓 | 感謝、博愛、創造 |
設立年月日 | 2006年4月1日 |
共学・別学 | 男女共学 |
学校コード | C106236630014 |
所在地 | 〒999-5207 |
山形県最上郡鮭川村庭月2510-1 | |
外部リンク | 公式ウェブサイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
鮭川村立鮭川中学校(さけがわそんりつ さけがわちゅうがっこう)は、山形県最上郡鮭川村にある公立中学校である。
校訓
感謝、博愛、創造[1]
沿革
1947年(昭和22年)、鮭川村・豊里村・豊田村各村は小学校に併設する形で中学校を設けた[2]。このうち鮭川村では1950年(昭和25年)に独立校舎が新築された[3]。豊里村と豊田村でも1950年に組合を設立し、両村共同の中学校建設に取りかかったが、資材調達難、冬季の降雪、突風による建築物の崩壊などに見舞われ、独立校舎が完成したのは1951年(昭和26年)12月のことであった[4]。豊里村と豊田村共同の中学校は大豊中学校と名付けられた。1954年(昭和29年)12月に豊里村と豊田村が鮭川村と合併し、大豊中学校は鮭川村立となった[3]。
1960年(昭和35年)8月、大豊中学校の校舎が火災で焼失し、12月に復旧された。1961年(昭和36年)4月には今度は鮭川中学校の校舎が全焼した。校舎は1962年(昭和37年)3月に村内の別の場所に建て直された[3]。傷心の生徒を勇気づけるため、鮭川中学校では十字型駅伝競走大会という名称で、地区内を十字にまわる駅伝大会が企画された。大会は1961年から毎年行われていたが、2005年の第45回大会が最後となった[5]。
翌2006年(平成18年)3月、鮭川中学校と大豊中学校で閉校式が行われた[6]。新年度となった4月からは鮭川中学校と大豊中学校が統合、大豊中学校の校舎を用いて新設の鮭川中学校が開校した[7]。
学区
- 鮭川村全域
生徒数
年度 | 男子 | 女子 | 計 |
---|---|---|---|
2014 | 69 | 73 | 142 [8] |
2018 | 46 | 54 | 100 [9] |