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犬塚盛巍

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

犬塚 盛巍(いぬづか もりたか、生年不明 - 1896年〈明治29年〉12月17日[1])は、庄内藩士。周旋方。日本司法官僚検察官検事長従三位勲三等

経歴

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犬塚盛直(父)と海老名美寿(母)の長男として生まれる。庄内藩士となり戊辰戦争時に周旋方に任じられた。明治3年8月、藩主酒井忠篤の命により、長沢惟和と共に、旧鹿児島藩主島津忠義西郷隆盛に書簡を届け、鹿児島藩兵器製造所等を視察した。後に司法省に入省し検察官となり、累進して明治19年に大阪控訴院検事長、明治23年には宮城控訴院検事長に就任した。明治29年12月17日、薨去。

衆議院議員及び貴族院議員を務めた犬塚勝太郎は長男。三井物産常任監査役を務めた犬塚勝之丞は次男。博多株式取引所理事長を務めた犬塚三郎は三男である。

官歴

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栄典

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位階
勲章等

所蔵品

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家族・親族

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  • 父:犬塚盛直
  • 母:美寿(海老名七郎治・娘)
  • 妻:千代井(永井深吉・娘)
  • 長男:犬塚勝太郎 - 衆議院議員・貴族院議員
  • 長男妻:しつ(津田出・娘)
  • 二男:犬塚勝之丞 - 三井物産常任監査役
  • 二男妻:フジ(益田孝・養女)
  • 三男:犬塚三郎 - 博多株式取引所理事長

脚注

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出典

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  1. ^ 『官報』第4045号「彙報-官吏薨去」1896年12月21日。
  2. ^ 『太政官日誌』明治7年 第166号 。
  3. ^ 国立文書館『検事犬塚盛巍判事ニ転任并検事野崎啓造増俸ノ件』
  4. ^ 『官報』第92号「叙任」1883年10月16日。
  5. ^ 『官報』第92号「官庁彙報」1883年10月16日。
  6. ^ 『官報』第315号「官庁彙報」1885年7月17日。
  7. ^ 『官報』第684号「官庁彙報」1885年10月9日。
  8. ^ 『官報』第765号「官庁事項 - 辞令」1886年1月22日。
  9. ^ 『官報』第789号「官庁事項 - 辞令」1886年2月22日。
  10. ^ 『官報』第837号「官庁事項-辞令」1886年4月20日。
  11. ^ 『官報』第909号「叙任」1886年7月13日。
  12. ^ 『官報』第2146号「叙任及辞令」1890年8月23日。
  13. ^ 『官報』第2203号「叙任及辞令」1890年10月31日。
  14. ^ 『官報』第4029号「叙任及辞令」1896年12月2日。
  15. ^ 『太政官日誌』明治9年7月~12月。
  16. ^ 国立文書館『判事人見恒民以下三十五名昇進ノ件・附検事犬塚盛巍以下十二名昇進ノ件』
  17. ^ 『官報』第136号「叙任」1883年12月10日。
  18. ^ 『官報』第1029号「叙任」1886年12月3日。
  19. ^ 『官報』第2136号「叙任及辞令」1890年8月12日。
  20. ^ 『官報』第3674号「叙任及辞令」1895年9月26日。
  21. ^ 『官報』第4043号「叙任及辞令」1896年12月18日。
  22. ^ 『官報』第1174号「叙任及辞令」1887年5月31日。
  23. ^ 『官報』第1932号「叙任及辞令」1889年12月5日。
  24. ^ 『官報』第2490号「彙報-褒章-褒状下賜」1891年10月15日。
  25. ^ 『官報』第2254号「叙任及辞令」1891年1月7日。
  26. ^ 『官報』第2703号「叙任及辞令」1892年7月2日。
  27. ^ 『官報』第3901号「叙任及辞令」1896年7月1日。
公職
先代
林三介
日本の旗 宮城控訴院検事長
1890年 - 1896年
次代
古荘一雄
先代
野村維章
日本の旗 大阪控訴院検事長
1886年 - 1890年
次代
野村維章