犬塚盛巍
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犬塚 盛巍(いぬづか もりたか、生年不明 - 1896年〈明治29年〉12月17日[1])は、庄内藩士。周旋方。日本の司法官僚。検察官。検事長。従三位勲三等。
経歴
[編集]犬塚盛直(父)と海老名美寿(母)の長男として生まれる。庄内藩士となり戊辰戦争時に周旋方に任じられた。明治3年8月、藩主酒井忠篤の命により、長沢惟和と共に、旧鹿児島藩主島津忠義と西郷隆盛に書簡を届け、鹿児島藩兵器製造所等を視察した。後に司法省に入省し検察官となり、累進して明治19年に大阪控訴院検事長、明治23年には宮城控訴院検事長に就任した。明治29年12月17日、薨去。
衆議院議員及び貴族院議員を務めた犬塚勝太郎は長男。三井物産常任監査役を務めた犬塚勝之丞は次男。博多株式取引所理事長を務めた犬塚三郎は三男である。
官歴
[編集]- 1874年(明治7年)12月7日 - 依願免 権少判事 但位記返上[2]
- 1882年(明治15年)8月28日 - 任 判事[3]
- 1883年(明治16年)10月15日 - 任 司法権大書記官[4]・第二局長ヲ命ズ[5]
- 1884年(明治17年)7月16日 - 庶務局長ヲ命シ候事[6]
- 1885年(明治18年)10月8日 - 検事会同理事員ヲ命シ候事[7]
- 1886年(明治19年)
栄典
[編集]- 位階
- 1876年(明治9年)8月2日 - 正七位[15]
- 1881年(明治14年)1月21日 - 従六位[16]
- 1883年(明治16年)12月8日 - 正六位[17]
- 1886年(明治19年)11月27日 - 従五位[18]
- 1890年(明治23年)8月6日 - 従四位[19]
- 1895年(明治28年)9月25日 - 正四位[20]
- 1896年(明治29年)12月16日 - 従三位[21]
- 勲章等
- 1887年(明治10年)5月27日 - 勲六等単光旭日章[22]
- 1889年(明治22年)11月29日 - 大日本帝国憲法発布記念章[23]
- 1890年(明治23年)
- 1892年(明治25年)6月29日 - 勲四等瑞宝章[26]
- 1896年(明治29年)6月30日 - 勲三等瑞宝章[27]
所蔵品
[編集]- 『鐘馗』 雪舟・筆
家族・親族
[編集]- 父:犬塚盛直
- 母:美寿(海老名七郎治・娘)
- 妻:千代井(永井深吉・娘)
- 長男:犬塚勝太郎 - 衆議院議員・貴族院議員
- 長男妻:しつ(津田出・娘)
- 二男:犬塚勝之丞 - 三井物産常任監査役
- 二男妻:フジ(益田孝・養女)
- 三男:犬塚三郎 - 博多株式取引所理事長
脚注
[編集]出典
[編集]- ^ 『官報』第4045号「彙報-官吏薨去」1896年12月21日。
- ^ 『太政官日誌』明治7年 第166号 。
- ^ 国立文書館『検事犬塚盛巍判事ニ転任并検事野崎啓造増俸ノ件』
- ^ 『官報』第92号「叙任」1883年10月16日。
- ^ 『官報』第92号「官庁彙報」1883年10月16日。
- ^ 『官報』第315号「官庁彙報」1885年7月17日。
- ^ 『官報』第684号「官庁彙報」1885年10月9日。
- ^ 『官報』第765号「官庁事項 - 辞令」1886年1月22日。
- ^ 『官報』第789号「官庁事項 - 辞令」1886年2月22日。
- ^ 『官報』第837号「官庁事項-辞令」1886年4月20日。
- ^ 『官報』第909号「叙任」1886年7月13日。
- ^ 『官報』第2146号「叙任及辞令」1890年8月23日。
- ^ 『官報』第2203号「叙任及辞令」1890年10月31日。
- ^ 『官報』第4029号「叙任及辞令」1896年12月2日。
- ^ 『太政官日誌』明治9年7月~12月。
- ^ 国立文書館『判事人見恒民以下三十五名昇進ノ件・附検事犬塚盛巍以下十二名昇進ノ件』
- ^ 『官報』第136号「叙任」1883年12月10日。
- ^ 『官報』第1029号「叙任」1886年12月3日。
- ^ 『官報』第2136号「叙任及辞令」1890年8月12日。
- ^ 『官報』第3674号「叙任及辞令」1895年9月26日。
- ^ 『官報』第4043号「叙任及辞令」1896年12月18日。
- ^ 『官報』第1174号「叙任及辞令」1887年5月31日。
- ^ 『官報』第1932号「叙任及辞令」1889年12月5日。
- ^ 『官報』第2490号「彙報-褒章-褒状下賜」1891年10月15日。
- ^ 『官報』第2254号「叙任及辞令」1891年1月7日。
- ^ 『官報』第2703号「叙任及辞令」1892年7月2日。
- ^ 『官報』第3901号「叙任及辞令」1896年7月1日。
公職 | ||
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先代 林三介 |
宮城控訴院検事長 1890年 - 1896年 |
次代 古荘一雄 |
先代 野村維章 |
大阪控訴院検事長 1886年 - 1890年 |
次代 野村維章 |