玉井区
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(玉井郷から転送)
別称: 大武壠・噍吧哖 | |
地理 | |
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位置 |
北緯23°07' 東経120°27' |
面積: | 76.3662 km² |
各種表記 | |
繁体字: | 玉井 |
日本語読み: |
ぎょくせい たまい |
拼音: | Yùjǐng |
注音符号: | ㄩˋㄐㄧㄥˇ |
片仮名転写: | ユージン |
台湾語: | Gio̍k-tsénn |
客家語: | Ngiu̍k-tsiáng |
行政 | |
行政区分: | 市轄区 |
上位行政区画: | 台南市 |
下位行政区画: | 10里175鄰 |
玉井区長: | 張文榮 |
公式サイト: | 玉井区公所 |
情報 | |
総人口: | 14,537 人(2015年1月) |
世帯数: | 5,113 戸(2015年1月) |
郵便番号: | 714 |
市外局番: | 06 |
玉井区の木: | - |
玉井区の花: | - |
玉井区の鳥: | - |
玉井区(ユージン/ぎょくせい/たまい[1]-く)は台南市の市轄区。マンゴーの産地として有名である。
地理
[編集]玉井区は台南市東部に位置し、西は大内区、山上区と、東は楠西区と、南は左鎮区、南化区とそれぞれ接している。阿里山山脈の南端に位置し山岳地帯が広がっているが、台3線と台20線が交差しており、交通の要衝となっている。
歴史
[編集]旧名は大武壠[2]であり、古くはツォウ族タパニー(噍吧哖は当て字)社などの居住地であった。鄭氏政権時代、大目降(現在の新化区)一帯に居住していた西拉雅族が漢人の進出の影響によりこの地に移住している。清代の雍正年間、漢人は玉井地区にも入植するようになり集落が形成された。日本統治時代の1915年,余清芳等が起こした西来庵事件(噍吧哖事件とも)が発生し、台湾で最大規模の武装抗日事件が発生している。1920年の台湾地方改制の際、噍吧哖と音の近い日本語の玉井と改称され[3]台南州新化郡の管轄となった。台湾の中華民国への編入後は台南県玉井郷に改編、2010年12月25日に台南県が台南市に編入されたことに伴って玉井区となり、現在に至る。
経済
[編集]行政区
[編集]里 |
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三和里、中正里、玉田里、沙田里、層林里、三埔里、玉井里、竹囲里、望明里、豊里里 |
歴代区長
[編集]代 | 氏名 | 退任日 |
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教育
[編集]高級職校
[編集]国民中学
[編集]国民小学
[編集]特殊学校
[編集]交通
[編集]種別 | 路線名称 | その他 |
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省道 | 台3線 | |
省道 | 台20線 | 南部横貫公路 |
省道 | 台84線 | 東西向快速道路 北門玉井線 |
観光
[編集]出典
[編集]- ^ 「州、廳ノ位置、管轄區域及郡市ノ名稱、位置、管轄區域」大正九年八月十日、臺灣總督府令第四十七號
- ^ この地名が、タイボアン族の名称の由来である。
- ^ 水越幸一「市郡の區域稱呼其所在地並街庄の稱呼等に就て」『臺灣時報』第十六號、大正九年、一四一頁。