田村憲司 (実業家)
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田村 憲司(たむら けんし、1931年(昭和6年)7月16日[1] - 2021年(令和3年)10月11日[2])は、日本の実業家。日本土建名誉会長。ZTV代表取締役社長。津商工会議所会頭、三重県商工会議所連合会会長。三重県建設業協会顧問[3]。
人物
[編集]三重県出身。旧制津中学校を経て、1953年、中央大学法学部卒業[4]。父親の勧めで日本土建に入社[4]。1960年、日本土建専務取締役[4]。1966年、代表取締役社長[4]。2007年、代表取締役会長[4]。2016年、取締役名誉会長[4]。
1990年、ZTV代表取締役社長[4]。1991年、社団法人三重県建設業協会長として、三重建設図書館の設置を提案、実現する[5][6](2006年に休館[7]。)。2001年、勲三等瑞宝章を受章[1]。
2021年10月11日、致死性不整脈のため三重県松阪市の病院で死去。90歳没[2][8]。
親族
[編集]弁護士で衆議院議員田村秢の二男[9][10]。衆議院議長田村元の弟。日本土建代表取締役会長田村欣也、衆議院議員田村憲久は息子。TBSテレビアナウンサーの田村真子は孫。
脚注
[編集]- ^ a b 『現代物故者事典 2021〜2023』日外アソシエーツ、2024年、p.362。
- ^ a b “田村憲司氏が死去 元日本土建社長”. 日本経済新聞電子版 (日本経済新聞社). (2021年10月15日) 2021年10月16日閲覧。
- ^ 協会役員名簿、一般社団法人 三重県建設業協会公式サイト。
- ^ a b c d e f g 田村憲司氏が講演「私の生きざま」中央大学学員会白門三重支部総会で。
- ^ 全国建設業協会 編「三重県建設業協会法人化30周年記念事業 三重建設図書館竣工・開館 広く“みんなに親しまれる図書館”へ」『全建ジャーナル』第31巻第3号、全国建設業協会、1992年3月、26-29頁。
- ^ “優秀賞”. 中部の未来創造大賞. 国土交通省中部地方整備局企画課. 2018年9月13日閲覧。
- ^ “206.公共図書館”. 平成19年刊三重県統計書. 2018年9月13日閲覧。
- ^ “田村憲司氏死去(田村憲久前厚生労働相の父)”. 時事通信. (2021年10月15日) 2021年10月16日閲覧。
- ^ 『人事興信録 第14版 下』タ78頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年9月6日閲覧。
- ^ 『翼賛議員銘鑑』237頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年9月6日閲覧。
参考文献
[編集]- 『翼賛議員銘鑑』議会新聞社、1943年。
- 人事興信所編『人事興信録 第14版 下』人事興信所、1943年。