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神保哲生

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
神保 哲生
生誕 (1961-11-10) 1961年11月10日(63歳)
日本の旗 日本 東京都
教育 国際基督教大学
コロンビア大学ジャーナリズム大学院
職業 ジャーナリスト
公式サイト http://www.jimbo.tv/
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神保 哲生(じんぼう てつお、1961年昭和36年〉11月10日 - )は、日本ビデオジャーナリスト日本ビデオニュース株式会社代表取締役。インターネット配信事業『ビデオニュース・ドットコム』代表。早稲田大学大学院客員教授。

来歴

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東京生まれ。世田谷区立瀬田小学校を卒業後、桐蔭学園中学校に入学し、ラグビー部主将として活躍するも、15歳にして自らの意思で桐蔭学園を退学し(桐蔭学園は中高6年間一貫教育)渡米。米国ニューヨーク州郊外ロングアイランドにある全寮制のプレップスクール『ストニーブルック・スクール』に編入する。高校時代は野球、レスリングとアメリカンフットボールで活躍した。1980年にニューヨーク州ニューヨーク市のコロンビア大学に入学したが休学、一時帰国し、国際基督教大学 (ICU) に入学し、1985年に同学を卒業。その後コロンビア大学に復学し、1986年にコロンビア大学ジャーナリズム大学院で修士号を取得する。

コロンビア大学では、バラク・オバマ大統領と同級生(コロンビア大学1984年卒)に当たるが、オバマが大学3年からの転入生だったのに対し、神保自身はコロンビア大学は大学2年次から日本に帰国してICUに編入していたため、オバマと一緒に学ぶ機会は無かったと、朝日ニュースターの『武田鉄矢の週刊鉄学』に出演した際に語っている。

コロンビア大学では、元CBSの名物プロデューサー(後にCBSニュース社長)のフレッド・フレンドリー英語版教授(映画『グッドナイト&グッドラック』でジョージ・クルーニーが演じた人物)と、神保いわく「世界で最も厳しいジャーナリズムスクールの中でも最も厳しい鬼教授」である元フレスノ・ビー記者のメルビン・メンチャー、元ニューズウィーク編集長のロバート・クリストファー英語版教授らに師事。特にフレンドリーには強い影響を受けたと、自著『ビデオジャーナリストの挑戦』の中で語っている。

大学院修了後は、米クリスチャン・サイエンス・モニター紙やAP通信、カナダグローブ・アンド・メール紙で[1]約10年間の記者生活を送った後、1995年に独立。ビデオカメラによる撮影・取材・編集という一連の作業を記者自身が行うビデオジャーナリストとしての活動を世界に先駆けて開始。ビデオジャーナリストという呼称も、自身が当時パートナーとして一緒に活動をしていたコロンビア大学の先輩マイケル・ローゼンブラムらと共同で考案したと説明している。1995年にテレビ朝日ニュースステーション』にビデオジャーナリストとして出演。その後、テレビ朝日『ニュースステーション』のレギュラーを3年ほど務めたほか、TBS筑紫哲也 NEWS23』、NHKETV特集』、米ABCナイトライン』、米PBS『ニューズアワー・ウイズ・ジムレーラー』『フロントライン』など国内外のメディアに対して100本を越えるレポートやドキュメンタリー作品を提供する。

フリーのビデオジャーナリスト活動を展開する一方で、1996年に日本ビデオニュース株式会社を設立し代表取締役に就任。1998年、委託放送事業者免許(放送免許)を取得して、米ケーブルテレビで経済ニュース専門チャンネルのCNBCと提携したCS放送『CNBCビジネスニュース』をスカイパーフェクTV上で運営する。1999年11月、日本ビデオニュース株式会社はCNBCジャパンの株式を日本経済新聞系列の日経サテライトニュースに売却。CNBCジャパンは日経サテライトニュースと合併し、日経CNBCとなる。一方、日本ビデオニュース株式会社はその売却益をもとに、2000年1月ニュース専門のインターネット動画配信事業者である「ビデオニュース・ドットコム」を立ち上げ、現在[いつ?]に至る。ビデオニュース・ドットコムは2008年夏の時点で会員数が1万人を超え、単年度黒字になったと番組[どこ?]の中で神保自身が報告している。

同コンテンツでは、社会学者宮台真司と共にパーソナリティを務める『マル激トーク・オン・ディマンド』が毎週公開され、2024年6月現在でその配信回数は1200回を数える。また宮台とは共著も多い。

2005年より立命館大学産業社会学部情報メディア学科教授として、主にメディア論の実習科目を担当し、同大学におけるジャーナリズム実習教育のベースを作るが、2009年3月で同学を退職。本人は「当初から5年間の約束だった」と説明するが、日本ビデオニュースの経営、インターネット配信事業『ビデオニュース・ドットコム』の運営と毎週のキャスター役、ジャーナリストとしての取材活動に加え、毎週東京と京都の往復に「5年が限界」と、自らが司会を務めるマル激トーク・オン・ディマンドで語っている。

立命館大学では、インターネット動画配信チャネル『VJ道場』を主宰した。取材実習に費やされるゼミと併行して、メディア問題を考える私塾も主宰していた。早稲田大学大学院政治学研究科で教員を務めたことがある[2]

著書

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単著・共著

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  • 『自民党につける薬、社会党につける薬』(共著 ほんの木、1993年)
  • 重要政策全比較 : シリウス・日本新党・平成維新の会 あなたがチェック77項目』ほんの木、1993年7月18日。
  • 『ビデオジャーナリストの挑戦』(ほんの木、1996年)
  • 『地雷リポート』(築地書館、1997年)
  • 『9・11メディアが試された日』(外岡秀俊らとの共著 本とコンピュータ、2001年)
  • 『ツバル 地球温暖化に沈む国』(春秋社、2004年)
  • 『ジャーナリズムの可能性』(野中章弘らとの共著 岩波書店、2005年)
  • 『ビデオジャーナリズム カメラを持って世界に飛び出そう』(明石書店、2006年)
  • 『アメリカの日本改造計画-マスコミが書けない「日米論」』(関岡英之らとの共著 イーストプレス、2006年)
  • ツバル 増補版』(春秋社、2008年)
  • 民主党が約束する99の政策で日本はどう変わるのか?』(ダイヤモンド社、2009年)
  • 『自由報道協会が追った3.11』(上杉隆らとの共著 扶桑社、2011年)
  • 『IT時代の震災と核被害』(東浩紀らとの共著 インプレスジャパン、2011年)
  • 『メディアの罠―権力に加担する新聞・テレビの深層』(高田昌幸青木理との共著 産学社、2012年)
  • 『東海村・村長の「脱原発」論』 (集英社新書、2013年)
  • 『PC遠隔操作事件』(光文社、2015年)

翻訳書

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  • ジョン・ストーバー,シェルドン・ランプトン『粉飾戦争―ブッシュ政権と幻の大量破壊兵器』(インフォバーン、2004年)
  • ミッチ・ウォルツ『オルタナティブ・メディア―変革のための市民メディア入門』(大月書店、2008年)
  • ポール・ロバーツ『食の終焉』(ダイヤモンド社、2012年)
  • マット・タイービ『暴君誕生――私たちの民主主義が壊れるまでに起こったことのすべて』(ダイヤモンド社、2017年)
  • ベス・メイシー『DOPESICK アメリカを蝕むオピオイド危機』(光文社、2020年)

マル激本

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マル激をテーマ別に収録したもの

  • 『漂流するメディア政治―情報利権と新世紀の世界秩序』(春秋社、2002年)
  • 『アメリカン・ディストピア―21世紀の戦争とジャーナリズム』(春秋社、2003年)
  • 『ネット社会の未来像』(春秋社、2006年)
  • 『天皇と日本のナショナリズム』(春秋社、2006年)
  • 『中国―隣りの大国とのつきあいかた』(春秋社、2007年)
  • 『教育をめぐる虚構と真実』(春秋社、2008年)
  • 『格差社会という不幸』(春秋社、2009年)
  • 『沖縄の真実、ヤマトの欺瞞 米軍基地と日本外交の軛』(春秋社、2010年)
  • 『地震と原発 今からの危機』(春秋社、2011年)
  • 『増税は誰のためか』(扶桑社、2012年)
  • 『経済政策の射程と限界』(扶桑社、2013年)
  • 『反グローバリゼーションとポピュリズム~「トランプ化」する世界』(光文社、2017年)
  • 『暴走する検察 歪んだ正義と日本の劣化』(光文社、2020年)

出演

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ウェブ番組

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ラジオ

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脚注

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  1. ^ “7年間当てられなかったフリーランス記者が見た首相会見と菅政権”. 毎日新聞. (2021年2月25日). https://mainichi.jp/articles/20210225/k00/00m/010/110000c 2021年2月25日閲覧。 
  2. ^ 2009年度 他研究科聴講科目リスト”. 早稲田大学 (2009年3月26日). 2021年2月26日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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