神戸市北区5人殺傷事件
神戸市北区5人殺傷事件 | |
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場所 | 日本:兵庫県神戸市北区有野町有野[1] |
標的 | 親族、近所の住民 |
日付 | 2017年(平成29年)7月16日[1] |
攻撃側人数 | 1人(26歳の男T) |
武器 | 金属バット、包丁 |
死亡者 | 3人(Tの祖父A、祖母B、近所の女性C)[1] |
負傷者 | 2人(Tの母親D、近所の女性E)[1] |
動機 | 「誰でもいいから刺してやろうと思った」 |
対処 | 男Tを逮捕[1]・起訴 |
刑事訴訟 | 男Tの心神喪失により大阪高等裁判所で無罪判決(確定) |
神戸市北区5人殺傷事件(こうべしきたくごにんさっしょうじけん)とは、2017年(平成29年)7月16日の早朝に兵庫県神戸市北区有野町有野で発生した無差別殺傷事件である[1]。男が包丁や金属バットで3人を殺害し、2人に重傷を負わせた。裁判では加害者に統合失調症による心神喪失が認められ、一審二審とも無罪判決となった。上告はされず無罪が確定した。
事件の概要
[編集]2017年(平成29年)7月16日早朝、神戸市北区有野町有野の住宅街で、男T(事件当時26歳)が祖父A(当時83歳)を金属バットで殴打し、それを止めようとした母親D(当時52歳)も殴打した。Dは、身の危険を感じたため屋外へ避難した。その後、祖父Aと祖母B(当時83歳)を包丁で何度も刺して殺害した[2]。A・Bを殺害し終えた後は、近所に住む女性C(当時65歳)と女性E(当時65歳)を襲い、Cを殺害、Eに重傷を負わせた[3]。
Tは、自分と同級生の知人女性F以外は意識をもたない哲学的ゾンビであり、哲学的ゾンビを殺せば知人女性Fと結婚できるという妄想を抱いて犯行に及んだとされる[4][5][6] 。
Tの人物像
[編集]Tは中学卒業後、神戸市内の工業高等専門学校に進学するも中退し、物流会社に一時勤務して退職した。その後、コンピューターの専門学校に入学して卒業後はIT会社に就職した。しかし、それもまたすぐに退職した。Tの学生時代からの同級生は、「おとなしく勉強熱心だった」、「彼は朗らかな性格だった」と口をそろえた。また、学生時代トラブルを起こすようなことはなかったという。専門学校の時の友人はTが「家族が厳しい」と不満とも取れるような発言をしていたことが明らかになった[7]。
刑事裁判
[編集]2018年(平成30年)5月11日、神戸地方検察庁は、Tを責任能力が問えると判断して神戸地方裁判所へ起訴した。鑑定留置は、2017年9月から行われていたが、2度延長された[8]。
本事件の刑事裁判(裁判員裁判)の第一審は、神戸地方裁判所[注 1]で審理された[10]。事件番号は平成30年(わ)第453号で、罪状は殺人、殺人未遂、住居侵入、銃刀法違反である[11]。
2人の精神科医の診断
[編集]検察は、起訴を行う前に2人の精神科医に精神鑑定を依頼していた。1人目の医師は、Tが「哲学的ゾンビ」を人ではないと思っていたため、「人を殺してはいけない」という規範に直面していなかったと分析。精神障害が動機に与えた影響は「圧倒的」だったとして、心神喪失状態だと判定した。一方2人目の精神科医は、Tには、妄想の内容を疑い、犯行をためらう気持ちがあり、「哲学的ゾンビ」が人の可能性もあると認識していたと説明。精神状態の悪化は「中等度」にとどまり、犯行に及ぼした影響は「圧倒的とは言えない」として、心神耗弱状態だと判定した[12]。2人目の医師の鑑定の問題点は、Tとの面接が1回限りで5分程度しかなかったことである[13]。
第一審
[編集]2021年(令和3年)10月13日、第一審の初公判(裁判員裁判)が開かれた。被告人Tは起訴内容を認めたものの、弁護側は、「事件当時、Tは罪に問えない心神喪失状態だった」として無罪を主張した。一方で検察側は、「犯行当時Tは軽度の精神疾患を患っていて心神耗弱状態にとどまり限定責任能力があった」と主張した[10]。
2021年10月14日(第2回公判)には、Tの母親Dが証人として出廷した。事件当時Tは、あいさつに反応せず、女性用Tシャツを借りたがるなど「少しいつもと違う」と感じたと明かした。また、Tに殺害された祖父母A・Bとの関係は悪くなかったと答えた。最後にDは、被害者や遺族らに謝罪し、「優しくて真面目だった息子がなぜこんな事件を起こしたのか」と声を震わせた[14]。
無期懲役求刑
[編集]2021年10月25日に論告求刑公判が開かれ、神戸地検の検察官は、被告人Tに無期懲役を求刑した。神戸地検は論告で、「犯行は悪質で、本来ならば死刑が相当であるが、被告人Tは統合失調症の影響で心神耗弱状態であったため、法律(刑法第39条)上減軽しなければならない」と指摘した。一方で弁護側は、Tは犯行当時統合失調症の影響で心神喪失状態だったとして無罪を主張した[15]。
無罪判決
[編集]2021年(令和3年)11月4日の判決公判で、神戸地裁は、判決の主文を後回しにして、先に判決理由から言い渡した。同地裁は判決理由で、「自分と知人女性F以外は哲学的ゾンビだとする妄想の圧倒的影響のもとで犯行に及んだ疑いが払拭できない」として、1人目の医師の鑑定を証拠採用し、刑法第39条の規定に基づき、被告人Tに無罪を言い渡した[16]。検察は一審判決を不服として同月16日に大阪高裁に控訴した[17]。
控訴審
[編集]控訴審は大阪高裁に係属した[18]。審理は2023年(令和5年)7月3日に開かれた第2回公判で結審し、検察官は2回目の精神鑑定を担当した鑑定医の説明を踏まえ、被告人には限定的ながら責任能力があった(心神喪失ではなく心神耗弱にとどまる)と主張し、原判決の破棄を求めた[18]。一方で弁護人は、検察官の訴えの根拠となった鑑定医の判断は、幻覚や妄想が犯行に及ぼした影響について検討しておらず、信用性がないなどと訴え、控訴棄却を求めた[18]。
大阪高裁は同年9月25日に開かれた判決公判で、検察官が「心神耗弱」とする主張の根拠として提出した鑑定結果には、原判決が「心神喪失」の根拠として採用した鑑定医の見解を覆す根拠がないことを指摘し、検察官の控訴を棄却する判決を宣告した[19]。
検察は上告を断念し、一審に続いて無罪とした大阪高裁の判決が確定した[20]。
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ a b c d e f 「祖父母ら3人死亡 神戸、包丁所持疑いで26歳孫逮捕」『日本経済新聞』日本経済新聞社、2017年7月17日。オリジナルの2017年7月17日時点におけるアーカイブ。
- ^ 「神戸5人殺傷 T容疑者が5人の殺傷認める供述、祖父には馬乗りになり何度も包丁で刺したか」『産経ニュース』産業経済新聞社、2017年7月20日、1面。オリジナルの2021年11月12日時点におけるアーカイブ。2021年11月12日閲覧。
- ^ 「神戸5人殺傷 T容疑者が5人の殺傷認める供述、祖父には馬乗りになり何度も包丁で刺したか」『産経ニュース』産業経済新聞社、2017年7月20日、2面。オリジナルの2021年11月12日時点におけるアーカイブ。2021年11月12日閲覧。
- ^ “「哲学的ゾンビを殺す」 妄想抱いた被告の責任能力は? 4日判決”. 朝日新聞 (2021年11月3日). 2023年10月8日閲覧。
- ^ “神戸5人殺傷、被告側が無罪主張 刑事責任能力の有無が争点 地裁”. 毎日新聞 (2021年10月13日). 2023年10月8日閲覧。
- ^ “【速報】神戸5人殺傷事件…検察側が「上告断念」男性の無罪が確定”. MBS NEWS (2023年10月11日). 2023年10月11日閲覧。
- ^ “神戸5人殺傷事件1カ月 物証少なく動機絞れず 兵庫県警”. 神戸新聞NEXT. (2018年8月16日) 2021年2月23日閲覧。
- ^ “神戸の祖父母ら5人殺傷事件、27歳無職男を起訴 地検、刑事責任問えると判断”. 産経新聞. (2018年5月11日) 2021年2月23日閲覧。
- ^ “神戸地方裁判所 担当裁判官一覧(令和3年7月14日現在)”. 裁判所ウェブサイト. 最高裁判所 (2021年7月14日). 2021年11月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年11月12日閲覧。 “神戸地方裁判所第1刑事部の担当裁判官一覧”
- ^ a b “弁護側が無罪主張 神戸5人殺傷事件の初公判、検察側は「心神耗弱」”. 朝日新聞. (2021年10月13日) 2021年10月13日閲覧。
- ^ “裁判員裁判開廷期日情報(神戸地方裁判所本庁) 令和3年10月26日更新”. 裁判所ウェブサイト. 最高裁判所 (2021年10月26日). 2021年11月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年11月12日閲覧。 “事件名 殺人,殺人未遂,住居侵入,建造物侵入,銃砲刀剣類所持等取締法違反(事件番号:平成30年(わ)第453号)”
- ^ “「哲学的ゾンビを殺す」 妄想抱いた被告の責任能力は? 4日判決”. 朝日新聞. (2021年11月3日) 2021年11月4日閲覧。
- ^ “「5人殺傷、被告に無罪 精神障害で「心神喪失疑い」―神戸地裁”. 時事通信社. (2021年11月4日) 2021年11月4日閲覧。
- ^ 神戸北区5人殺傷、母親「優しい息子がなぜ」 地裁第2回公判(神戸新聞NEXT) - ウェイバックマシン(2021年10月14日アーカイブ分)
- ^ “神戸5人殺傷で無期懲役求刑 判決は11月”. 神戸新聞next. (2021年10月25日) 2021年10月25日閲覧。
- ^ 「神戸5人殺傷、主文言い渡し後回しで無罪判決 神戸地裁」『読売新聞オンライン』読売新聞社、2021年11月4日。オリジナルの2021年11月12日時点におけるアーカイブ。2021年11月12日閲覧。
- ^ “神戸5人殺傷、無罪判決に地検が控訴 「心神喪失」に不服” (2021年11月16日). 2022年1月15日閲覧。
- ^ a b c 『神戸新聞』2023年7月4日朝刊第14版第二社会面26頁「神戸5人死傷 控訴審結審 責任能力の有無焦点 9月25日判決」(神戸新聞社)
- ^ 「神戸5人殺傷、二審も無罪判決 心神喪失の疑い認めた一審判決を支持 大阪高裁「事実誤認はない」」『神戸新聞』神戸新聞社、2023年9月25日。オリジナルの2023年9月26日時点におけるアーカイブ。2023年9月26日閲覧。
- ^ “神戸5人殺傷事件の被告、無罪確定 心神喪失、検察が上告断念”. 毎日新聞. (2023年10月11日) 2023年10月11日閲覧。