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福島 一造(ふくしま いちぞう、1858年(安政5年1月[1][2]) - 1918年(大正7年)6月9日[2])は、日本の政治家、衆議院議員(1期)。
下野国那須郡小川村(のち栃木県那須郡那珂村、小川町に改称、現・那珂川町)生まれ[1]。漢学を学ぶ。那須郡書記、小川村外九ヶ村戸長、那珂村長、栃木県会議員となる[1][2]。
1901年、山田武の死去による栃木4区の補欠選挙に立候補して当選する。衆議院議員を1期務め、1902年の第7回衆議院議員総選挙で栃木県郡部から憲政本党公認で立候補したが落選した[3]。1918年に死去した。
- ^ a b c 衆議院 編『総選挙衆議院議員略歴 第1回乃至第20回』衆議院事務局、1940年、386頁。NDLJP:1278238。
- ^ a b c 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』547頁。
- ^ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』35頁。
- 『総選挙衆議院議員略歴 第1回乃至第20回』衆議院事務局、1940年。
- 日本国政調査会編『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』国政出版室、1977年。
- 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。