第2回全日本選手権戦
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第2回 全日本選手権戦 | |
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開催期間 | 1948年 - 1949年 |
第2回全日本選手権戦 | 萩原淳 |
全日本選手権戦 < 第1回第3回(第1期九段戦) > |
第2回全日本選手権戦(だい2かいぜんにほんせんしゅけんせん)は、1949年度の全日本選手権戦である。全日本選手権戦は、九段戦、十段戦、竜王戦の前身となる一般棋戦である[1]。来年度の第3回から、タイトル戦の「九段戦」が全日本選手権戦の一環として開催されることとなる[2]。
概要
[編集]第2回全日本選手権戦は、名人位保持者の塚田正夫名人と、第3期順位戦時点のA級棋士[注 1]である木村義雄前名人、升田幸三八段、大野源一八段、大山康晴八段、土居市太郎八段、丸田祐三八段、加藤治郎八段、北楯修哉八段、萩原淳八段、松田辰雄八段と、B級から選抜された松田茂行七段の12名で争われた[3]。
トーナメント戦の結果、木村義雄前名人、升田幸三八段、萩原淳八段が勝ち上がり、3名によるリーグ戦が行われた[4]。
決勝リーグの第一次決戦では三者が1勝1敗で並んだため、第二次決戦が行われることとなった[4]。第二次決戦の結果、萩原が第2回の優勝者となった[5]。
決勝リーグ
[編集]第一次決戦
[編集]棋士 | 勝 | 負 | 備考 | 木村 | 升田 | 萩原 |
---|---|---|---|---|---|---|
木村義雄 前名人 | 1 | 1 | - | ● | ○ | |
升田幸三 八段 | 1 | 1 | ○ | - | ● | |
萩原淳 八段 | 1 | 1 | ● | ○ | - |
第二次決戦
[編集]棋士 | 勝 | 負 | 備考 | 木村 | 升田 | 萩原 |
---|---|---|---|---|---|---|
木村義雄 前名人 | 1 | 1 | - | ○ | ● | |
升田幸三 八段 | 0 | 2 | ● | - | ● | |
萩原淳 八段 | 2 | 0 | 優勝 | ○ | ○ | - |
トーナメント
[編集]1回戦 | 決勝 | |||||||||||
松田辰雄 八段 | ● | |||||||||||
大山康晴 八段 | ● | |||||||||||
大山康晴 八段 | ○ | |||||||||||
決勝リーグ進出 | ||||||||||||
升田幸三 八段 | ○ | |||||||||||
升田幸三 八段 | ○ | |||||||||||
土居市太郎 八段 | ● | |||||||||||
塚田正夫 名人 | ● | |||||||||||
松田茂行 七段 | ● | |||||||||||
松田茂行 七段 | ○ | |||||||||||
決勝リーグ進出 | ||||||||||||
萩原淳 八段 | ○ | |||||||||||
萩原淳 八段 | ○ | |||||||||||
大野源一 八段 | ● | |||||||||||
丸田祐三 八段 | ○ | |||||||||||
丸田祐三 八段 | ● | |||||||||||
加藤治郎 八段 | ● | |||||||||||
決勝リーグ進出 | ||||||||||||
木村義雄 前名人 | ○ | |||||||||||
木村義雄 前名人 | ○ | |||||||||||
北楯修哉 八段 | ● | |||||||||||
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]参考文献
[編集]- 田辺忠幸『将棋 八大棋戦秘話』河出書房新社、2006年2月16日。ISBN 4-309-26870-6。
- 山本武雄『将棋百年』時事通信社、1966年。ASIN B000JA9I5Y。