細谷巖
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細谷 巖(ほそや がん、ほそや いわお、1935年9月2日[1] - )は、日本のアートディレクター、グラフィックデザイナー。
神奈川県(現・相模原市[2])古淵生まれ。神奈川県立神奈川工業高等学校工芸図案科を卒業。1954年にライトパブリシティ社に入社。[3]2014年現在、同社の代表取締役会長である。また、東京アートディレクターズクラブ会長、日本グラフィックデザイナー協会会員、毎日広告デザイン賞審査員なども務めている[4]。 秋山晶(コピーライター)とのコンビで、長年にわたって多くの広告制作に携わってきた。
作品
[編集]広告
[編集]- キユーピーマヨネーズ
- 男は黙ってサッポロビール(1970年)[5]
パッケージデザイン
[編集]その他
[編集]- 札幌オリンピック(1972年)公式ポスター - 原弘、亀倉雄策、栗谷川健一、田中一光、永井一正、和田誠、仲條正義と共に公式マークコンペ対象の8名に指名されていた[6]。マークは落選(永井のデザインが採用)したものの、それを用いた公式ポスターでは河野鷹思(第1号)や亀倉雄策(第2, 3号)以外に、細谷によるデザインのものも制作された[7]。
- 西武ライオンズ(現・埼玉西武ライオンズ) - 球団旗やユニフォームの総合デザイン。
受賞
[編集]- 日宣美展特選(1955、56年)
- 東京ADC金賞・銀賞(1959年)
- 毎日産業デザイン賞(1963年)
- 日宣美展会員賞(共同制作、1967年)
- ADC会員最高賞(1971、78、84、88年)
- 朝日広告最高賞(1988年)
- 日本宣伝賞山名賞(1990年)
- 紫綬褒章(2001年)[8]
- 旭日小綬章(2014年)[9][10]
著書
[編集]- 『イメージの翼・細谷巖アートディレクション』 中央公論社 1974年
- 『イメージの翼2・GAN HOSOYA ART DIRECTION』 旺文社 1988年
- 『細谷巖のデザインロード69』 白水社 2004年
- 『LAST SHOW』 ギンザ・グラフィック・ギャラリー 2010年
- 『細谷 巌(世界のグラフィックデザイン90)』 DNAアートコミュニケーションズ 2010年
関連人物
[編集]家族
[編集]- 子息の細谷ゲン(細谷源)はクリエイティブディレクター[11]。
- 孫は5人組ボーカルユニットARCANA PROJECT(アルカナプロジェクト)メンバーの天野ひかる[要出典]。
脚注
[編集]- ^ デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説 - コトバンク
- ^ マンホールの魅力伝えたい、山田さんがアジサイ柄に見惚れ拓本作り/相模原 - カナロコ、2012年7月23日
- ^ IDEA NO.87 : 日本のアドバタイジング・アート - idea-mag.com
- ^ 細谷 巖 - lightpublicity(ライトパブリシティ)
- ^ 佐々木宏、谷山雅計、箭内道彦が語る「新聞広告を元気にする方法」(後編) — 読売新聞広告ガイド adv.yomiuri
- ^ ’66 札幌冬季オリンピック シンボルマーク - 日本デザインセンター
- ^ 札幌冬季オリンピック'72 - 武蔵野美術大学 美術館・図書館
- ^ 「アーヴィング・ペンと私」 vol.19 細谷 巖 - 21_21 DOCUMENTS
- ^ 「秋の叙勲 喜びの声」 - 読売新聞、2014年11月3日 朝刊36面
- ^ “平成26年秋の叙勲 旭日小綬章等受章者 東京都”. 内閣府. p. 2 (2014年11月3日). 2015年11月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年5月16日閲覧。
- ^ デザイン革命! デザインやらない人宣言。それがデザイン革命!隣近所デザインベスト5緊急発表! - FREEDOM DICTIONARY
参考文献
[編集]- IDEA NO.166 : 田中一光、マークとサインの世界 西武ライオンズのデザイン・ポリシー 細谷巌、深野匡