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紹興 (宋)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

紹興(しょうこう)は、中国南宋時代に高宗の治世で用いられた元号。1131年 - 1162年。

西暦等との対照表

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紹興 元年 2年 3年 4年 5年 6年 7年 8年 9年 10年
西暦 1131年 1132年 1133年 1134年 1135年 1136年 1137年 1138年 1139年 1140年
干支 辛亥 壬子 癸丑 甲寅 乙卯 丙辰 丁巳 戊午 己未 庚申
天会9年 天会10年 天会11年 天会12年 天会13年 天会14年 天会15年 天眷元年 天眷2年 天眷3年
西夏 正徳5年 正徳6年 正徳7年 正徳8年 大徳元年 大徳2年 大徳3年 大徳4年 大慶元年 大慶2年
紹興 11年 12年 13年 14年 15年 16年 17年 18年 19年 20年
西暦 1141年 1142年 1143年 1144年 1145年 1146年 1147年 1148年 1149年 1150年
干支 辛酉 壬戌 癸亥 甲子 乙丑 丙寅 丁卯 戊辰 己巳 庚午
皇統元年 皇統2年 皇統3年 皇統4年 皇統5年 皇統6年 皇統7年 皇統8年 皇統9年
天徳元年
天徳2年
西夏 大慶3年 大慶4年 大慶5年 人慶元年 人慶2年 人慶3年 人慶4年 人慶5年 天盛元年 天盛2年
紹興 21年 22年 23年 24年 25年 26年 27年 28年 29年 30年
西暦 1151年 1152年 1153年 1154年 1155年 1156年 1157年 1158年 1159年 1160年
干支 辛未 壬申 癸酉 甲戌 乙亥 丙子 丁丑 戊寅 己卯 庚辰
天徳3年 天徳4年 天徳5年
貞元元年
貞元2年 貞元3年 正隆元年 正隆2年 正隆3年 正隆4年 正隆5年
西夏 天盛3年 天盛4年 天盛5年 天盛6年 天盛7年 天盛8年 天盛9年 天盛10年 天盛11年 天盛12年
紹興 31年 32年  
西暦 1161年 1162年
干支 辛巳 壬午
大定元年 大定2年
西夏 天盛13年 天盛14年

出来事

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  • 紹興元年
  • 紹興8年
  • 紹興11年
    • 11月21日和約を結ぶ。両国関係は君臣と定め、金に毎年歳貢を送ることにする。淮水から大散関に至る境界線が国境に定められる。歳貢の内容として、は25万両、は25万匹となる。
    • 11月26日:和約を厳守するという高宗の誓いの表文が金に送られる。
    • 12月29日岳飛が処刑される。
  • 紹興12年
    • 正月9日:枢密行府を廃する。
    • 3月14日:淮水を渡って私的に往来することが厳禁される。
    • 5月:淮西・京西・陝西の諸路に金との交易のための榷場が設置される。
    • 8月29日徽宗の梓宮が臨安に至る。
    • 11月5日:経界法が施行される。
  • 紹興15年
  • 紹興16年
  • 紹興20年
    • 4月27日:力田科が設置され、江浙・福建の民を募って両淮地方の閑田を耕作させる。
    • 6月21日:民の集会・結社を禁ずる。
  • 紹興21年
    • 2月14日:諸州に恵民局を置くという詔勅が出る。
  • 紹興22年
    • 7月24日虔州の軍人の斉述が反乱。
    • 11月:斉述を誅す。
  • 紹興24年
    • 5月1日衢州にて乱が起こる。
    • 7月24日:南丹州蛮の酋長を始め宜州界外の諸蛮が帰順して来る。
    • 8月14日:衢州の乱が平定される。
  • 紹興25年
  • 紹興28年
    • 6月8日:臨安の皇城に外城を築く。この頃、行在臨安の建設は概ね完了する。
  • 紹興31年
  • 紹興32年
    • 6月11日:高宗が退位する。
    • 7月13日:岳飛の元官が追復され、その遺骸を改葬する。
    • 10月21日呉璘の率いる宋軍が徳順軍にて金軍の迎撃により敗退する。
    • 11月16日孝宗の即位により翌年から「隆興」へ踰年改元の詔が下る。

関連項目

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前の元号
建炎
中国の元号
南宋
次の元号
隆興