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美馬儀一郎 (貴族院議員)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

美馬 儀一郎(みま[1] / みうま[2] ぎいちろう、1867年4月7日(慶応3年3月3日[1][3])- 1939年昭和14年)8月19日[1][3][2])は、日本の実業家政治家貴族院多額納税者議員。旧姓・神原、旧名・亀吉[1][3]

経歴

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阿波国那賀郡富岡町(現徳島県阿南市富岡町)で、酒造業・神原五郎右衛門の二男として生まれた[1][3]。少年時代は叔母の三木与吉郎家で奉公し東京支店で働いた[1][3]。1885年2月、徳島佐古町918番屋敷の大地主・先代美馬儀一郎の養子となった[1][3][4]。養父の死去により、1898年3月に家督を相続し儀一郎を襲名した[1][3][4]

家業の綿織物商に加えて、染織工場の設置、石炭販売業を開業するなど多角経営を計った[1][3]。また、阿波染織同業組合長、阿波商業銀行頭取、徳島商業会議所会頭などを務め、徳島県立工業学校の設立、徳島高等工業学校の設備充実に尽力した[1][2][3]

政界では、1911年に貴族院多額納税者議員に当選して、同年9月29日に就任し[5]、1918年9月28日まで1期在任した[1][2][3]

親族

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  • 妻 シナ(養父長女)[6]
  • 養子 弘美(高本円次郎四男、離縁)[4][6]
  • 二女 久(養子・弘美の妻)[4][6]

脚注

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  1. ^ a b c d e f g h i j k 『徳島県人名事典 別冊』304頁。
  2. ^ a b c d 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』222頁。
  3. ^ a b c d e f g h i j 『徳島県百科事典』925頁。
  4. ^ a b c d e 『人事興信録』第4版、み30頁。
  5. ^ 『官報』第8485号、明治44年9月30日。
  6. ^ a b c 『人事興信録』第12版 下、ミ44頁。
  7. ^ 『人事興信録』第14版 下、ミ43頁。

参考文献

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  • 『徳島県人名事典 別冊』徳島新聞社、1994年。
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 『徳島県百科事典』徳島新聞社、1981年。
  • 人事興信所編『人事興信録』第14版 下、人事興信所、1943年。
  • 人事興信所編『人事興信録』第12版 下、人事興信所、1940年。
  • 人事興信所編『人事興信録』第4版、人事興信所、1915年。