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肥田高志

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
肥田 高志
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 兵庫県神戸市北区
生年月日 (1979-06-27) 1979年6月27日(45歳)
身長
体重
174 cm
70 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2001年 ドラフト6巡目
初出場 2002年3月31日
最終出場 2004年8月28日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

肥田 高志(ひだ たかし、1979年6月27日 - )は、兵庫県神戸市北区出身の元プロ野球選手外野手)。左投左打。

経歴

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プロ入り前

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報徳学園高では3年時にはセンバツに出場し、1試合3盗塁を決めるなどの活躍もありベスト4に貢献、また夏の甲子園にも出場している。

立命館大学に進学後、関西学生野球連盟記録となる24試合連続安打を記録する。しかし高校2年時に肩を故障しており以降、それを引きずってプレーしていたため大学3年時に手術するが「4年に出場しないとプロに入れない」と考えていた肥田も4年春から傷が癒えないまま強行出場する。肩をかばいながらプレーしていたために肘に負担がかかり、さらに右足太腿裏も負傷した。リーグ通算56試合に出場、191打数61安打、打率.319、0本塁打、8打点、ベストナイン2回。その年のプロ野球ドラフト会議ではオリックス・ブルーウェーブから6位指名され、なんとかプロ入りを果たすもプロ入り前からすでに満身創痍の状態であった[1]

プロ入り後

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入団一年目の2002年はファームでは安定した成績を残し、ファームで.328の高打率で一軍昇格を果たすも痛めていた肘が悪化し手術、ここでも復帰を焦り完治を待たずに復帰した。3年目にはフレッシュオールスターにも出場、その年は1軍でも初安打を記録する[1]

2004年末の球団合併・分配ドラフトを経て2005年オリックス・バファローズと契約した。しかし同年オフに戦力外通告されると、プロでは度重なる怪我もあり、その持ち味を発揮することなく終わった。

引退後は1年ほどいくつかの会社に勤め、野球塾のコーチとしても働いていたがその後は化粧品会社に勤務し、現在は副支店長を務めている[1]

選手としての特徴

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大学時代には24試合連続安打を記録したこともあるように、シュアなバッティングと50メートルを5秒6で走る俊足が持ち味であった。だが、同時に常に痛み止めやテーピングを使用せざるを得ないほど怪我に悩まされていた[1]

詳細情報

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年度別打撃成績

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O
P
S
2002 オリックス 5 4 4 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
2004 7 11 10 2 2 1 1 0 5 1 0 0 1 0 0 0 0 5 0 .200 .200 .500 .700
通算:2年 12 15 14 2 2 1 1 0 5 1 0 0 1 0 0 0 0 6 0 .143 .143 .357 .500

記録

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背番号

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  • 24 (2002年 - 2004年)
  • 94 (2005年)

脚注

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  1. ^ a b c d 「セカンドキャリアの「球人力」第二のプロ野球で生かされるプロ野球魂 Vol.35 肥田高志」 『週刊ベースボール』2011年1月10、17日合併号、ベースボール・マガジン社、2011年、雑誌20442-1/10・17 82-83頁。

関連項目

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外部リンク

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