至福 (オラトリオ)
『至福』(しふく、仏: Les Béatitudes)M. 53は、セザール・フランクが1869年から1879年にかけて作曲したオラトリオ。
概要
[編集]この曲はジョゼフィーヌ・コロムによるマタイの福音書、真福八端に基づく詩的瞑想をテクストとしている[注釈 1]。作曲が長期間にわたった理由として、ヴァンサン・ダンディは普仏戦争の勃発や前作『贖罪』(Rédemption)の作曲による中断を挙げている[2]。初演は1879年2月20日にパリのフランク宅において私的に行われた。全曲演奏による初演はフランクの生前には果たされず、1891年にディジョンで行われたものが初めてで、パリでの完全な演奏は1893年3月19日のコンセール・コロンヌによる演奏が最初となった[3]。日本初演は1974年9月15日に東京文化会館で行われた[4]。
演奏時間は約2時間弱であり、フランク作品の中でも最大規模である。フランクにとって自信作だった[5][注釈 2]にもかかわらず、その長大さや構成の単調さから演奏機会は決して多くないが[6]、フランクの死後から1920年代までは特に人気のある作品だった[7]。ダンディは「過去長い間の音楽の発展において一席を占める、まぎれもなくきわめて偉大な作品」[8]と評したのに対し、クロード・ドビュッシーは「少し安易にドラマティックに流れる」が「どこを切っても同じ美しい音楽しか出てこない」と述べている[9]。ノルベール・デュフルクは「いくらか長すぎるところや短すぎるところがあるにもかかわらず、フランス語によるオラトリオの模範として残る作品」と評している[10]。
楽器編成
[編集]楽曲構成
[編集]曲はプロローグと8つの部分に分かれている[11]。プロローグ以外の各曲はそれぞれ完全な終止をはさんでおり、単独で演奏されることもある[12]。ダンディは第4、第6、第8曲を[13]、ハワード・スミザー (Howard E. Smither) は第2、第4、第8曲を特に評価している[6]。
- Prologue (プロローグ)
- I. Bienheureux les pauvres d'esprit (心の貧しい人は幸いである[14])
- II. Bienheureux ceux qui sont doux (柔和な者は幸いである[14])
- III. Beinheureux ceux qui pleurent (悲しむ者は幸いである[14])
- IV. Bienheureux ceux qui ont faim et soif de la justice (義に飢え渇いている者は幸いである[14])
- V. Heureux les miséricordieux (あわれみ深い者は幸いである[14])
- VI. Bienheureux ceux qui ont le cœur pur (心のきよい者は幸いである[14])
- VII. Bienheureux les pacifiques (平和をつくる者は幸いである[14])
- VIII. Bienheureux ceux qui souffrent persécution pour la justice (義のために迫害されている者は幸いである[14])
キリストの現れた時代についてテノール独唱が歌うプロローグのあと、8つの部分は基本的に共通の構造を持っている。まず世の悪が描写されたあとに「至福」の救いが続き、それを引き継いだバリトン独唱がキリストの言葉を歌い[注釈 3]、天上の合唱で締めくくられる。第2曲、第4曲のみキリストの言葉で終わり、第7曲のみは「平和をつくる者」による五重唱が締めくくる[1]。これは歌詞の構造の共通性から導かれたものである。
プロローグの冒頭に現れる主題(譜例)は神の慈愛を表すもので、第2曲のフーガをはじめとして、様々に変形されながらその後の全曲を統一する。また、サタンが現れマイアベーア風の音楽も聴かれる第7、第8曲では、悪魔を表す半音階的な動機が共通して用いられている[16]。
主な録音
[編集]- ヘルムート・リリング指揮、シュトゥットガルト放送交響楽団、ジル・カシュマイユ、ジョン・チーク、キース・ルイス
- ラファエル・クーベリック指揮、バイエルン放送交響楽団、ジェシー・ノーマン、ブリギッテ・ファスベンダー、ルネ・コロ、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ
- アルミン・ジョルダン指揮、フランス放送新フィルハーモニー管弦楽団、ルイーズ・ルブラン、ジャーヌ・ベルビエ、ナタリー・シュトゥッツマン
脚注
[編集]注釈
出典
- ^ a b Smither 2012, p. 576.
- ^ d'Indy 1922, pp. 209–210.
- ^ Smither 2012, p. 583.
- ^ “公演情報 - フィルハーモニー合唱団 第20回記念特別定期演奏会”. 東京文化会館アーカイブ. 2018年5月16日閲覧。
- ^ a b Stove 2012, p. 214.
- ^ a b Smither 2012, p. 584.
- ^ Stove 2012, p. 216.
- ^ d'Indy 1922, p. 228.
- ^ クロード・ドビュッシー (1977, rpt. 1993). 音楽のために:ドビュッシー評論集. 杉本秀太郎 訳. 白水社. pp. 142-143
- ^ ノルベール・デュフルク (1972, rpt. 2009). フランス音楽史. 遠山一行, 平島正郎, 戸口幸策 訳. 白水社. p. 433
- ^ “Franck Les Béatitudes reduction for piano accompaniment” (PDF). 2013年12月9日閲覧。 ファイルサイズが15.31MBと大きいため注意。
- ^ Smither 2012, p. 578.
- ^ d'Indy 1922, pp. 218, 221, 225.
- ^ a b c d e f g h 日本語訳に際しては右記サイトを参考にした。“World Language Bible 「マタイの福音書」”. 2013年12月9日閲覧。他の訳例に関しては真福九端、祈祷文本文等を参照のこと。
- ^ d'Indy 1922, p. 216.
- ^ Smither 2012, p. 578-579.
出典
[編集]- 楽譜: 歌詞英訳、ピアノ伴奏版 G.SCHIRMER, New York
- Smither, Howard E. (2012). A History of the Oratorio. 4. UNC Press Books
- Stove, Robert James (2012). César Franck: His Life and Times. Scarecrow Press
- d'Indy, Vincent (1922). César Franck; a translation from the French. John Lane