若杉喜三郎
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若杉 喜三郎(わかすぎ きさぶろう、元治元年3月13日[1](1864年4月18日) - 大正5年(1916年)3月26日[2])は、日本の衆議院議員(立憲政友会)。医師。
経歴
[編集]越後国蒲原郡五十嵐浜村(現在の新潟県新潟市西区)出身。1889年(明治22年)、東京帝国大学医科大学を卒業。1891年(明治24年)より新潟市に若杉病院を開業した。1901年(明治34年)、新潟市会議員に選出され、1904年(明治37年)には市会議長に選ばれた。その後、1908年(明治41年)から1年余りの間、医学研究のためドイツに留学した。
1912年(明治45年)、第11回衆議院議員総選挙に出馬し、当選を果たした。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 新潟市役所編『新潟市史 下巻』新潟市役所、1934年、883-884頁。