茂森唯士
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茂森 唯士(しげもり ただし、1895年〈明治28年〉4月2日 - 1973年〈昭和48年〉2月5日[1])は、日本のジャーナリスト、評論家。
はじめ左翼だったが、戦時中転向し、戦後も反共の論陣を張った。産経新聞論説委員、世界動態研究所所長、人権擁護調査会常任理事。
著書
[編集]- 『ガンデイ及びガンデイズム』(日本評論社出版部) 1922
- 『レーニン評伝』(表現社) 1924
- 『露西亜の見方』(日本評論社、国際知識大系) 1925
- 『ソヴェート芸術の全展望』(春陽堂、ソヴエート同盟経済建設叢書) 1931
- 『農業革命の理論と実際』(春陽堂、ソヴエート同盟経済建設叢書) 1931
- 『ソヴエート石油の知識』(露西亜通信社) 1933
- 『日本と蘇聯邦』(日本評論社) 1934
- 『ソ聯邦の現状 ソ聯国内の背後を衝く!!』(今日の問題社) 1937
- 『日支戰爭より日ソ戰爭へ』(編、高山書院) 1937
- 『日ソ勢力の相剋線 戦機を孕む国境! 満ソ国境ソ聯の軍備』(今日の問題社) 1937
- 『風雲の満ソ国境』(編、太陽閣) 1937
- 『ロシヤの本体を衝く』(今日の問題社) 1937
- 『北樺太利権を護れ! 危機線上の我が北方権益』(日蘇通信社) 1938
- 『ソ聯の近情を語る』(皐月会) 1940
- 『戦ふソ聯の内幕 独ソ国境視察記』(日蘇通信社、世界戦時態勢パンフレツト) 1941
- 『ソ連の粛清 修正されたその歴史と全貌』(実業之日本社) 1956
翻訳
[編集]- 『ガンデイ及ビガンデイズム受難の原理』(岩下三良共訳、日本評論社出版部) 1923
- 『全露農業大博覧会』(世界思潮研究会、世界パンフレット通信) 1923
- 『新芸術論』(ルナチャルスキイ、至上社) 1925
- 『文学と革命』(トロツキイ、改造社) 1925
- 『サヴエート国家の現勢』(スターリン、戦旗社) 1930
- 『日本経済恐慌の研究』(ヴァルガ、木星社書院) 1932
- 『幕末日本 異邦人の絵と記録に見る』(エメェ・アンベール、東都書房) 1966
- 『絵で見る幕末日本』(講談社学術文庫) 2004
脚注
[編集]- ^ 『昭和物故人名録 : 昭和元年~54年』日外アソシエーツ、1983年、p.243。
参考文献
[編集]- 「文藝年鑑1966」