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菅谷憲一郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
菅谷 憲一郎
すがや けんいちろう
生年月日 (1952-04-03) 1952年4月3日(72歳)
出生地 日本の旗 日本 茨城県古河市
出身校 東海大学政治経済学部
所属政党無所属→)
民主党→)
無所属
公式サイト 古河市長 菅谷憲一郎のオフィシャルサイト

当選回数 1回
在任期間 2012年12月16日 - 2016年12月15日

選挙区 古河市選挙区
当選回数 1回
在任期間 2011年1月8日 - 2012年

総和町旗 茨城県総和町
当選回数 2回
在任期間 1996年9月 - 2004年
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菅谷 憲一郎(すがや けんいちろう、1952年昭和27年)4月3日[1] - )は、日本政治家茨城県古河市長(1期)、茨城県議会議員(1期)、総和町長(2期)などを歴任した。

来歴

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茨城県古河市出身。茨城県立古河第一高等学校を経て[2]1975年(昭和50年)3月、東海大学政治経済学部卒業[3]。38歳のときに首長になろうと決意し、1992年(平成4年)、総和町長選挙に出馬するも落選。1996年(平成8年)の町長選挙で初当選。2000年(平成12年)に再選。2004年(平成16年)の町長選挙で白戸仲久に敗れる。

2005年(平成17年)9月12日、旧古河市と総和町三和町が新設合併、現在の古河市となる。これに伴って行われた古河市長選挙に出馬するも落選。2009年(平成21年)の市長選でも落選。

2010年(平成22年)12月12日に行われた茨城県議会議員選挙に民主党公認で出馬し初当選[4]

2012年(平成24年)11月19日、リコール運動によって白戸仲久市長は辞職。翌12月の出直し市長選挙で前職の白戸を破り初当選した。2016年(平成28年)の市長選で落選。

市長選の結果

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2005年古河市長選挙

2005年(平成17年)10月16日執行。総和町長の白戸仲久、新市誕生まで旧古河市長を務めていた小久保忠男らと戦うも落選[5]

※当日有権者数:116,759人 最終投票率:60.44%(前回比:pts)

候補者名年齢所属党派新旧別得票数得票率推薦・支持
白戸仲久63無所属27,809票39.76%(推薦)自由民主党
小久保忠男59無所属23,498票33.60%
菅谷憲一郎53無所属18,635票26.64%
2009年古河市長選挙

2009年(平成21年)10月4日執行。4年前と同じ顔ぶれとなった選挙。次点で落選。

※当日有権者数:117,227人 最終投票率:57.51%(前回比:-2.93pts)

候補者名年齢所属党派新旧別得票数得票率推薦・支持
白戸仲久67無所属25,838票38.63%
菅谷憲一郎57無所属20,913票31.27%
小久保忠男63無所属20,137票30.10%
2012年古河市長選挙

2012年(平成24年)12月16日執行。市長辞職により行われた市長選挙。菅谷は白戸のリコールの発端となった、翌夏の着工を予定する事業費125億円の文化センターの建設中止を訴えて出馬した。一方の辞職した白戸も自由民主党公明党の推薦を得て出馬。菅谷は4度目となる白戸との戦いについに勝利した[6]

※当日有権者数:117,436人 最終投票率:64.71%(前回比:+7.2pts)

候補者名年齢所属党派新旧別得票数得票率推薦・支持
菅谷憲一郎60無所属43,087票58.63%
白戸仲久71無所属30,404票41.37%(推薦)自由民主党・公明党
2016年古河市長選挙

2016年(平成28年)11月27日執行。元市議の針谷力に敗れ落選[7]

※当日有権者数:119,027人 最終投票率:47.42%(前回比:-17.29pts)

候補者名年齢所属党派新旧別得票数得票率推薦・支持
針谷力55無所属32,988票59.14%
菅谷憲一郎64無所属22,796票40.86%
2020年古河市長選挙

2020年(令和2年)11月29日執行。返り咲きを目指したが針谷に敗れ落選。

※当日有権者数:117,624人 最終投票率:45.99%(前回比:-1.43pts)

候補者名年齢所属党派新旧別得票数得票率推薦・支持
針谷力59無所属33,697票62.99%
菅谷憲一郎68無所属19,798票37.01%

脚注

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外部リンク

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