近澤昌志
表示
基本情報 | |
---|---|
国籍 | 日本 |
出身地 | 京都府京都市 |
生年月日 | 1982年6月26日(42歳) |
身長 体重 |
185 cm 92 kg |
選手情報 | |
投球・打席 | 右投右打 |
ポジション | 捕手 |
プロ入り | 2000年 ドラフト3位 |
初出場 | 2004年4月3日 |
最終出場 | 2004年4月17日 |
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
| |
この表について
|
近澤 昌志(ちかざわ まさし、1982年6月26日 - )は、京都府出身の元プロ野球選手(捕手)。
来歴・人物
[編集]プロ入り前
[編集]神川中学校時代はボーイズリーグに所属し、全国制覇を果たす。
中学校卒業後は鳥羽高校に入学、1年生にしてベンチ入り。野球部の1学年後輩には平野佳寿 (現:オリックス) がいた。3年生で春の甲子園に出場し、ベスト4止まり。2回戦の長野商高戦では、金子千尋と対戦している。次いで夏の甲子園にも出場したが、3回戦で横浜高校に敗れた。高校通算33本塁打。
2000年のドラフト会議で近鉄から3位指名を受け、入団。
プロ入り後
[編集]プロ入り後は怪我もあり、二軍生活が長かったが2004年に一軍公式戦初出場を果たし、プロ入り初安打・打点を記録。
2005年に分配ドラフトを経て楽天に移籍した。しかし、移籍してから一軍出場は無くオフに戦力外通告された。
2006年、メジャーリーグに挑戦するために渡米。トライアウトに参加しヒューストン・アストロズ、ニューヨーク・メッツの興味を引いた。アストロズとドジャースが合同で開催するスカウトリーグに参加することになり、その結果次第ではアストロズとのマイナー契約もあり得る状況にあった。
同年6月30日、独立リーグ・ゴールデンベースボールリーグのリノ・シルバーソックスに入団。2007年も同チームでプレーし、前年よりも捕手での出場回数が増えていた。だが、8月に右膝痛を訴え即解雇された。帰国し12球団合同トライアウトに参加するも他球団からのオファーはなく、この年限りで現役を引退した。
引退後
[編集]現在は一般企業に勤めている。
詳細情報
[編集]年度別打撃成績
[編集]年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2004 | 近鉄 | 4 | 2 | 2 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | .500 | .500 | 1.000 | 1.500 |
通算:1年 | 4 | 2 | 2 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | .500 | .500 | 1.000 | 1.500 |
記録
[編集]- 初出場:2004年4月3日、対オリックス・ブルーウェーブ2回戦(Yahoo!BBスタジアム)、9回表に益田大介の代打で出場
- 初打席・初安打・初打点:同上、9回表に歌藤達夫から左翼線2点適時二塁打
背番号
[編集]- 55 (2001年 - 2005年)
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 個人年度別成績 近澤昌志 - NPB.jp 日本野球機構
- 選手の各国通算成績 Baseball-Reference (Japan)、The Baseball Cube
- Take me out to the big league(本人のブログ)