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重要産業統制法

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
重要産業ノ統制ニ関スル法律
日本国政府国章(準)
日本の法令
法令番号 昭和6年法律第40号
提出区分 閣法
種類 行政手続法
効力 失効
成立 1931年3月25日
公布 1931年4月1日
施行 1931年8月11日
主な内容 カルテルトラストの監視と強化
関連法令 過度経済力集中排除法
条文リンク 官報1931年4月1日
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重要産業統制法(じゅうようさんぎょうとうせいほう)は、1931年昭和6年)の濱口内閣において、重要な産業の公正な利益を保護し国民経済の健全な発達を図る目的で、統制協定(カルテル)を管理する統制委員会を設置することを定めた日本の法律である。正式名称は「重要産業ノ統制ニ関スル法律」(昭和6年3月31日法律第40号)。

公布は1931年(昭和6年)4月1日。施行は同年8月11日[1]。当初、5年間の時限立法(法附則2項)であり、1936年(昭和11年)の改正[2]で10年に延長され[注釈 1]、トラスト・共販会社をも対象とし、1941年(昭和16年)8月11日に失効した。

なお、朝鮮については、重要産業ノ統制ニ関スル法律(昭六法四〇)ヲ朝鮮ニ施行スルノ件(昭和12年2月26日勅令第25号)によって、統制委員会に関する規定を除き、1937年(昭和12年)3月10日から施行された[4]

この法により全体主義的な意味での「統制」という語が法律で初めて使用され、後にこの語が国家総動員法および重要産業団体令の中で統制会社統制団体などとして使用される契機となった[5]。統制会社等については、この法に基づくものに加えて国家総動員法に基づくものについても合わせて記述する。

概要

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統制協定とは具体的には、生産制限または操業短縮、生産分野、注文割当、販売価格その他に影響を及ぼすような取引条件、販路、販売数量、共同販売等に関する協定を意味し、「重要なる産業」における同業者は、同業者総数の2分の1以上が加盟した「統制協定」が成立したとき、またはそれを変更したときには、一定期間内に主務大臣に届け出ることを要した。「重要なる産業」を指定する権限は、主務大臣にあった。

統制委員会は、統制協定が公益に反する場合、または産業者が関連産業の公正な利益を害すると認めたときは、議決により統制協定の変更や取り消しを命ずることができた(第3条)。

ただし下記の通り、統制委員会と主務大臣は、統制協定加盟者の3分の2以上の申請があるときは、非加盟同業者に対し、統制協定の全部または一部に従うよう命令することができた(強制加入制度)。第4条に主務大臣の監督権、第5条に統制委員会、第6条に罰則が規定された。

第2条 主務大臣、前条の統制協定の加盟者3分の2以上の申請ありたる場合において、当該産業の公正なる利益を保護し、国民経済の健全なる発展を図るため、特に必要ありと認めるときは、統制委員会の議を経て、当該統制協定の加盟者又はその協定に加盟せざる同業者に対して、その協定の全部または一部に依るべきとを命ずることを得。

1934年(昭和9年)11月2日、セメント工業に対し第2条を発動し、増産中止・生産制限・販売価格に関する3協定に従うべきことを告示した。1936年(昭和11年)11月20日、商工省麦酒・洋紙製造業を初のトラスト規定適用産業に指定した(告示)。同年11月21日、商工省はセメント製造業許可規則を公布した(省令。本法による許可制の嚆矢)。

同業者間の生産または販売の統制協定の締結を保護助成し、この法をモデルとして、1934年(昭和9年)の石油業法を皮切りに、重工業分野に業法が制定された。

これに加えて、1937年(昭和12年)の輸出入品等に関する臨時措置に関する法律(1937年9月10日公布)による指定の統制団体も設置され[6][7]、1938年(昭和13年)3月1日には商工省綿糸配給統制規則(省令)により国内民需向けの綿製品製造を禁じる規制も作られ、国内製造の綿製品は全て輸出用となり、民間人が入手できる衣類・布類はスフが中心となった[8]

統制団体

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1938年(昭和13年)の国家総動員法及び1941年重要産業団体令により、鉄鋼統制会をはじめとする統制会統制組合など、いくつもの統制団体が設けられた[注釈 2]素材産業と重工業分野が、補助金や資金手当て、輸入割当などで優先的に配分を受け、生産力増強が促進された。

国家総動員法の規定と、1941年(昭和16年)の勅令たる重要産業団体令の冒頭は以下の通りで、統制団体の発起そのものは、最終的には閣令により行われた。

国家総動員法

第18条 政府は戦時に際し国家総動員上必要あるときは、勅令の定むる所に依り、同種もしくは異種の事業の事業主に對し、当該事業の統制又は統制の爲にする経営を目的とする団体又は会社の設立を命ずることを得。

 前項の命令に依り設立せらるる団体は法人とす。

 第1項の命令に依り設立を命ぜられたる者、その設立をなさざるときは、政府は定款の作成、その他設立に関し、必要なる処分をなすことを得。

 第1項の団体成立したるときは、政府は勅令の定むる所に依り、当該団体の構成員たる資格を有する者をして、その団体の構成員たらしむることを得。

 政府は第1項の団体に對し、その構成員(その構成員の構成員を含む。以下、之に同じ。)の事業に關する統制規程の設定、変更もしくは廃止に付き認可を受けしめ、統制規程の設定若は変更を命じ、又は、その構成員もしくは構成員たる資格を有する者に対し、団体の統制規程に依るべきことを命ずることを得。

 第1項の団体又は会社に関し、必要なる事項は勅令を以てこれを定む。

重要産業団体令

第1条 国家総動員法(昭和13年勅令第317号に於て依る場合を含む。以下同じ)第18条の規定に基づく重要産業に於ける事業の統制を目的とする団体に付ては、別に定むるものを除くの外、本令の定むる所に依る。

第2条 本令を適用すべき重要産業は閣令を以て之を定む。

第3条 本令に依る団体は統制会及統制組合とす。

重要産業

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1931年(昭和6年)、主務大臣である商工大臣は下記の事業24種を指定していた。

この24種事業についての統制団体は、次の通りとなる。

  • 綿糸紡績業 - 大日本紡績聯合会
  • 絹糸紡績業 - 絹紡工業会
  • 人造絹糸製造業 - 日本人絹聯合会
  • 洋紙製造業 - 日本製紙聯合会
  • 板紙製造業 - 日本板紙同業会、茶板紙統制会
  • カーバイト製造業 全国炭化石灰共販組合
  • 晒粉製造業 - 晒粉聯合会
  • 硫酸製造業 - 東部硫酸販売株式会社、西部硫酸販売株式会社
  • 酸素製造業 - 酸素全国聯合会
  • 硬化油製造業 - 日本硬化油同業会、硬化油販売株式会社
  • 洋灰製造業 - セメント聯合会
  • 小麦粉製造業 - 製粉共販組合
  • 二硫化炭素 - 硫黄同業会
  • 精糖製造業 - 砂糖供給組合
  • 銑鉄製造業 - 銑鉄共同販売株式会社
  • 合金鉄製造業 - 合金鉄共同組合
  • 棒鋼製造業 - 条鋼分野協定会、鋼材聯合会、関東鋼材販売組合
  • 山形鋼製造業 - 中型山形鋼共同販売組合、小型山形鋼共同販売組合
  • 鋼板製造業 - 日本厚板共同販売組合、中板共同販売組合、日本黒鈑共販組合
  • 線材製造業 - 日本線材共同販売組合
  • 銅・真鍮の圧延板製造業 - 仲銅協会
  • 揮発油製造業または販売業 - 6社協定
  • 麦酒製造業 - 麦酒共同販売株式会社
  • 石炭鉱業または販売業 - 石炭鉱業聯合会、昭和石炭株式会社

統制会

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1941年(昭和16年)公布の商工大臣岸信介による閣令及び統制規則により様々な統制会が設置され、会員に指定された団体や会社が統制会社や統制団体となった[9]。配給統制規則が設けられ、肥料や紙の価格に至るまで統制会らが管理した[10]。主な統制会は次の通り。
  • 日本貿易会(貿易業並に貿易の振興及統制に関する事業の統制会)
  • 全国金融統制会
  • 鉄鋼統制会
  • 軽金属統制会
  • 鉱山統制会
  • 金属工業統制会
  • 化学工業統制会
  • 造船統制会
  • 車両統制会
  • 自動車統制会
  • 電気機械統制会
  • 精密機械統制会
  • 土建統制会
  • 蚕糸統制会
  • 日本毛糸元売統制会

脚注

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注釈

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  1. ^ 施行は1936年(昭和11年)7月5日[3]
  2. ^ 主要なものは12団体。「協会」と銘打つものなども存在する。

出典

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  1. ^ 昭和六年法律第四十号(重要産業ノ統制ニ関スル件)施行期日ノ件(昭和6年8月10日勅令第208号)(官報1931年8月10日
  2. ^ 昭和六年法律第四十号(重要産業ノ統制ニ関スル件)中改正法律(昭和11年5月28日法律第25号)(官報1936年5月28日
  3. ^ 昭和十一年法律第二十五号(昭和六年法律第四十号中改正)施行期日ノ件(昭和11年7月3日勅令第148号)(官報1936年7月3日
  4. ^ 官報1937年2月26日
  5. ^ 岸, 矢吹 & 伊藤 1981, p. 13
  6. ^ 鉄鋼需給統制規則』、1940年3月30日官報。
  7. ^ 日本紡織通信社 1938, p. 71, 輸出入品等に関する臨時措置に関する法律、及び臨時輸出入許可規則。
  8. ^ 大阪毎日新聞自主から強権へ統制完成に驀進 オールスフ時代実現まで』、1938年6月29日。神戸大学新聞記事文庫。
  9. ^ 官報』、 1941年12月24日。
  10. ^ 官報』、 1941年12月1日

関連項目

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参考文献

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史料
関連文献