野添宗三
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野添 宗三(のぞえ そうぞう、明治3年3月30日[1](1870年4月30日) - 大正8年(1919年)8月28日[2])は、日本の衆議院議員(立憲国民党)、弁護士。
経歴
[編集]丹波国氷上郡和田村(現在の兵庫県丹波市)出身。1896年(明治29年)、明治法律学校(現在の明治大学)を卒業すると、司法官試補として神戸区裁判所に配属された。1898年(明治31年)に検事となり、1900年(明治33年)には判事となった。1901年(明治34年)に退官すると、神戸市で弁護士事務所を開き、神戸弁護士会会長も務めた[3]。
神戸市会議員を経て、1910年(明治43年)の衆議院議員補欠選挙に当選[4]。以後、4回の当選回数を数えた。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 『現代氷上郡人物史』三丹新報社、1916年。
- 『玄洋社社史編纂芳名帳』(私家版)大正4年~5年