金杉明信
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金杉 明信(かなすぎ あきのぶ、1944年4月17日[1] - 2006年11月8日)は、日本の実業家。日本電気(NEC)社長を務めた。神奈川県出身[1]。
経歴
[編集]1964年に慶應義塾大学工学部電気工学科を卒業し、1964年9月から1967年3月までにカルフォルニア大学院経営学部に留学し、経営学修士を取得[1]。1967年に日本電気に入社[1]。1995年6月に取締役に就任[1]。2000年4月に日本電気が社内カンパニー制を導入すると[2]、常務取締役との兼任で「NECソリューションズカンパニー」社長に就任した[3][4]。同年6月に専務となった後、2003年3月に社長に就任した[1]。
社長就任直後に、社内カンパニー制を廃止して事業ライン制に再編した[5]。金杉は、ネットワーク事業と(分社化された)半導体事業で収益を上げる考えを示していた[6]。
しかし、2006年3月で「体調不良」を理由に社長を退任し、4月から副会長となった[7]。社長退任から約7か月後の同年11月8日、食道がんのために死去[8]。62歳没。
脚注
[編集]- ^ a b c d e f 人事興信所 2003, か130頁.
- ^ “NEC、社内カンパニー制への移行を発表――西垣社長「相乗効果を期待」”. ASCII. (2000年3月28日)
- ^ カンパニー制導入に伴う執行役員人事について - 日本電気(2000年3月7日)
- ^ “1万人のSEを徹底的に鍛える--NECソリューションズ カンパニー社長 金杉 明信氏”. 日経クロステック. (2000年12月28日) 2023年1月7日閲覧。
- ^ “NEC、金杉新社長体制が本日付けでスタート~利益倍増、社員の意識改革目指す”. PC Watch. (2003年3月28日) 2023年1月7日閲覧。
- ^ “NEC金杉社長が強気の中期戦略、「ネットワークと半導体で営業利益率7%を目指す」”. CNET Japan. (2003年10月30日) 2023年1月7日閲覧。
- ^ “NECの金杉社長退任、理由は「体調不良」、矢野薫副社長が新社長に”. 日経クロステック. (2006年3月15日) 2023年1月7日閲覧。
- ^ 日本経済新聞2006年11月12日朝刊、39頁
参考文献
[編集]- 人事興信所 編『人事興信録 第42版 上』人事興信所、2003年。
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