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陽新県

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
中華人民共和国 湖北省 陽新県
竜港鎮付近を流れる富水
竜港鎮付近を流れる富水
竜港鎮付近を流れる富水
黄石市中の陽新県の位置
黄石市中の陽新県の位置
黄石市中の陽新県の位置
簡体字 阳新
繁体字 陽新
拼音 Yángxīn
カタカナ転写 ヤンシン
国家 中華人民共和国の旗 中華人民共和国
湖北
地級市 黄石市
行政級別
面積
総面積 2,783 km²
人口
総人口(2014) 105.94 万人
経済
電話番号 0714
郵便番号 435200
ナンバープレート 鄂B
行政区画代碼 420282
公式ウェブサイト http://www.hbyxx.gov.cn/

陽新県(ようしん-けん)は中華人民共和国湖北省黄石市に位置する

地理

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陽新県は湖北省南東部、長江南岸、幕阜山中国語版の北麓に位置する。地勢は西高東低いであり丘陵地帯と平原により構成されている。

市街地東部の網湖中国語版富水中国語版下流部一帯はミミセンザンコウカラチョウザメニホンウナギコビトジャコウジカ英語版スマトラカモシカカリガネなどの動物の生息地で、2018年にラムサール条約登録地となった[1]

歴史

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前201年前漢により下雉県が設置される。その後三国時代に陽新県・奉新県、西晋に高陵県、南朝梁に安昌県、に永興県が設置された。隋代に陽新県・奉新県・安昌県が永興県に編入、北宋に永興県に興国軍が置かれ、元代に興国軍が興国路と改められ、清代までは興国州が設置された。

中華民国が成立すると1912年民国元年)に興国県と設置されたが、1914年(民国3年)に陽新県と改称され現在に至る。上位行政区画については、1949年から1952年までは大冶専区に、1952年6月からは黄岡専区に、1965年7月からは咸寧専区咸寧地区に、1997年1月1日から黄石市にそれぞれ属した。

行政区画

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  • 鎮:興国鎮、富池鎮、黄顙口鎮、韋源口鎮、太子鎮、大王鎮、陶港鎮、白沙鎮、浮屠鎮、三渓鎮、竜港鎮、洋港鎮、排市鎮、木港鎮、楓林鎮、王英鎮
竜港鎮新屋鋪村・端公祠
中国地名の変遷
建置 紀元前201年
使用状況 陽新県
前漢下雉県
後漢下雉県
三国下雉県・陽新県・奉新県(呉)
西晋下雉県・陽新県・奉新県・高陵県
東晋十六国下雉県・陽新県・奉新県・高陵県
陽新県・奉新県・高陵県
南北朝陽新県・奉新県
陽新県・奉新県・安昌県(南朝梁)
陽新県・奉新県・安昌県・永興県(陳)
陽新県・奉新県・安昌県・永興県
永興県
永興県
五代永興県
北宋/永興県
南宋/永興県
永興県
興国州
興国州
中華民国興国県
陽新県
現代陽新県

交通

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健康・医療・衛生

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  • 陽新県人民医院

脚注

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  1. ^ Hubei Wang Lake | Ramsar Sites Information Service”. rsis.ramsar.org (2018年8月6日). 2023年4月18日閲覧。

外部リンク

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