雲仙市立南串第二小学校
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雲仙市立南串第二小学校 | |
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北緯32度40分33秒 東経130度08分29秒 / 北緯32.675722度 東経130.14125度座標: 北緯32度40分33秒 東経130度08分29秒 / 北緯32.675722度 東経130.14125度 | |
過去の名称 |
第五大学区第三中学区田ノ平小学校 第五大学区第二中学区田ノ平小学校 南高来郡小浜部荒牧小学校田ノ平分校 簡易田ノ平小学校 田ノ平尋常小学校 田ノ平尋常高等小学校 南串山第二尋常高等小学校 南串山第二国民学校 南串山村立第二小学校 南串山町立第二小学校 |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 雲仙市 |
設立年月日 | 1874年(明治7年)3月2日 |
共学・別学 | 男女共学 |
学期 | 3学期制 |
学校コード | B142210001866 |
所在地 | 〒854-0703 |
長崎県雲仙市南串山町丙1622番地 | |
外部リンク | 公式サイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
雲仙市立南串第二小学校(うんぜんしりつ みなみぐしだいにしょうがっこう)は、長崎県雲仙市南串山町丙にある公立小学校。略称は「二小」(にしょう)。
概要
[編集]- 歴史
- 1874年(明治7年)に開校した「第五大学区第三中学区田ノ平小学校」を前身とする。2014年(平成26年)に創立140周年を迎えた。
- 教育目標
- 「自ら学び、心豊かで、心身ともにたくましさのある子どもの育成」
- 校章
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- 中央に校名の「南二」の文字(縦書き)を置いている。
- 校歌
- 1946年(昭和21年)に制定された。作詞は松本瀧雄、作曲は内山平五郎による。歌詞は3番まであり、各番に校名の「南串山第二校」が登場する。
- 校区
- 雲仙市南串山町の「溜水、上木場、西浜、水ノ浦、田ノ平、塚ノ山、中ノ場、坂上奥、谷間川、小竹木」地区[1]。
- 中学校区は雲仙市立南串中学校。
沿革
[編集]この節の加筆が望まれています。 |
- 1874年(明治7年)
- 1877年(明治10年)6月4日 - 学区改正[4]により、「第五大学区第二中学区[5]田ノ平小学校」に改称。
- 1878年(明治11年)12月24日 - 郡制の施行に伴い学区が改正され、「南高来郡小浜部[6]荒牧小学校」となる。
- 1881年(明治14年)2月 - 統合により「南高来郡小浜部荒牧小学校田ノ平分校」となる。
- 1887年(明治20年)7月 - 前年の小学校令の公布により、簡易科(修業年限3年)を設置し、「簡易田ノ平小学校」として独立。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、南串山村立の小学校となる。
- 1893年(明治26年)4月1日 - 小学校令の改正により、「田ノ平尋常小学校」に改称。
- 1899年(明治32年)9月1日 - 山下中渡に校舎が完成。
- 1900年(明治33年)10月1日 - 校舎が完成。
- 1902年(明治35年)4月 - 分教場を開設。
- 1908年(明治41年)4月 - 小学校令の改正により、義務教育期間が尋常科4年から尋常科6年に延長されたため、尋常科5年を新設。
- 1909年(明治42年)4月 - 尋常科6年を新設。
- 1910年(明治43年)11月25日 - 校舎を改築。
- 1911年(明治44年)4月 - 高等科(修業年限2年)を併置し、「田ノ平尋常高等小学校」に改称。
- 1920年(大正9年)9月1日 - 田ノ平図書館が校内に設置される。
- 1927年(昭和2年)9月25日[7] - 「南串山第二尋常高等小学校」に改称[8]。
- 1928年(昭和3年)7月17日 - 2階建て8教室を増築。
- 1931年(昭和6年)3月21日 - 電話を架設。
- 1932年(昭和7年)11月21日 - 1教室を増築。
- 1936年(昭和11年)5月15日 - 保護者会を発足。
- 1940年(昭和15年)11月3日 - 二宮尊徳像が設置される。
- 1941年(昭和16年)4月1日 - 国民学校令により、「南串山第二国民学校」に改称。尋常科を初等科に改める(尋常科6年・高等科2年)。
- 1946年(昭和21年)夏 - 校歌を制定。
- 1947年(昭和22年)
- 1949年(昭和24年)4月7日 - 2階建て木造校舎の大改造工事を実施。旧校舎を修理。
- 1950年(昭和25年)9月27日 - 水道設備・放送設備を設置。
- 1952年(昭和27年)5月 - ピアノを購入。
- 1958年(昭和33年)4月 - 生徒数が最大の709名を記録する。
- 1959年(昭和34年)3月29日 - 2階建て校舎(10教室)が完成。
- 1963年(昭和38年)9月9日 - ミルク給食を開始。
- 1965年(昭和40年)5月22日 - スポーツ少年団が発足。
- 1966年(昭和41年)
- 1967年(昭和42年)10月5日 - 岩石園が完成。
- 1969年(昭和44年)4月1日 - 南串山町の発足により、「南串山町立第二小学校」に改称。
- 1971年(昭和46年)8月26日 - 図工用焼物小屋が完成。
- 1974年(昭和49年)3月24日 - 創立100周年記念式典を挙行。
- 1984年(昭和59年)3月13日 - 屋上に旗掲揚ポールを設置。
- 1987年(昭和62年)
- 1988年(昭和63年)
- 2003年(平成15年)4月1日 - 特殊学級を休止。
- 2005年(平成17年)10月11日 - 雲仙市の発足により、「雲仙市立南串第二小学校」(現校名)に改称。
交通アクセス
[編集]- 最寄りのバス停
- 島鉄バス 「揚」バス停
- 最寄りの国道
周辺
[編集]- 雲仙市役所南串山総合支所(旧・南串山町役場)
- 長崎県警察 雲仙警察署 南串山警察官駐在所
- 南串山町ふるさと資料館
- 長崎県立島原特別支援学校南串山分教室
- 雲仙市立南串中学校
- 南串保育園
- 八幡保育園
著名な出身者
[編集]脚注
[編集]- ^ 小学校の通学区域一覧 - 雲仙市ウェブサイト
- ^ 長崎区を第一中学区、旧大村藩を第二中学区、旧島原藩を第三中学区、旧平戸藩を第四中学区、旧福江藩を第五中学区とする。壱岐と対馬は第四中学区に属した。
- ^ a b 長崎県教育史上巻p.553 - 国立国会図書館 近代デジタルライブラリー
- ^ 長崎県教育史上巻p.441- - 国立国会図書館 近代デジタルライブラリー
- ^ 長崎区を第一中学区、旧島原藩を第二中学区、旧大村藩を第三中学区、旧平戸藩を第四中学区、旧福江藩を第五中学区とする。壱岐と対馬は第四中学区に属した。
- ^ 第二中学区(南高来郡)は小浜部・隅田部・神代部・島原部の4部に分けられた。(参照:長崎県教育史上巻p.442 - 国立国会図書館 近代デジタルライブラリー)
- ^ 5月25日とも。
- ^ 南串山尋常高等小学校が「南串山第一尋常高等小学校」(現・雲仙市立南串第一小学校)に改称した。
参考文献
[編集]- 「みなみくしやま 南串山町郷土誌」(1985年(昭和60年)5月31日発行、出版:南串山町)p.510
- 「みなみくしやま 続・南串山町郷土誌」(2006年(平成18年)2月28日発行、出版:雲仙市(旧・南串山町))p.110