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高木藤太郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

高木 藤太郎(たかぎ とうたろう、1870年5月16日明治3年4月16日[1] - 1945年昭和20年)3月4日[2])は、日本地主家主[1][3]資産家[4]

人物

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愛知県海部郡津島町(現・津島市)出身。野口米次郎の兄[2][5]。高木益喜の養子となる[1][3]1893年慶應義塾別科を卒業する[6][7]商業人であったが、和歌、和文、書道が堪能だった[2]。また地家主で[1][3]、貸地貸家業[8]を営む。

宗教は真宗[1][3][4]。趣味は和歌漢詩[1][3][4]。住所は東京市日本橋区大伝馬塩町[8][9]・同区本町4丁目[7]、京橋区京橋1丁目[1][3]・同区大鋸町[4]

家族・親族

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高木家
親戚

著書

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  • 『雲井竜雄と釈大俊』高木藤太郎、1930年。
  • 『佐夜中山追憶』高木藤太郎、1937年。
  • 『雲井竜雄墓碑考』高木藤太郎、1939年。

脚注

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  1. ^ a b c d e f g h i j 『大衆人事録 第5版』タ75頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年2月13日閲覧。
  2. ^ a b c 『ヨネ・ノグチ研究 論文集』316 - 322頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年2月13日閲覧。
  3. ^ a b c d e f 『日本人事名鑑 昭和9年版 下卷』タ63頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年2月13日閲覧。
  4. ^ a b c d 『大衆人事録 第3版』タ66頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年2月13日閲覧。
  5. ^ a b 『現今日本名家列伝』470 - 471頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年2月13日閲覧。
  6. ^ 『慶応義塾総覧 大正11年』第二十二章 卒業生217頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年2月13日閲覧。
  7. ^ a b 『慶応義塾塾員名簿 昭和17年版』た243頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年2月13日閲覧。
  8. ^ a b 『日本信用録 第3版』タ175頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年2月13日閲覧。
  9. ^ a b c 『日本紳士録 第8版』東京た272 - 273頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年2月13日閲覧。
  10. ^ a b c d e f g h 『帝国大学大観』351頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年2月13日閲覧。
  11. ^ a b c d e f g h i 『大衆人事録 第10版』タ71頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年2月13日閲覧。
  12. ^ 『雲荘随筆』23頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年2月13日閲覧。

参考文献

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  • 日本紳士録 第8版』交詢社、1902年。
  • 『現今日本名家列伝』日本力行会出版部、1911年。
  • 『日本信用録 第3版』東京商業興信所、1911年。
  • 慶応義塾編『慶応義塾総覧 大正11年』慶応義塾、1917 - 1922年。
  • 帝国秘密探偵社編『大衆人事録 第3版』帝国秘密探偵社ほか、1930年。
  • 帝国秘密探偵社編『大衆人事録 第5版』帝国秘密探偵社ほか、1932年。
  • 入沢達吉『雲荘随筆』大畑書店、1933年。
  • 帝国秘密探偵社編『大衆人事録 第10版』帝国秘密探偵社ほか、1934年。
  • 聯合通信社編『日本人事名鑑 昭和9年版 下卷』聯合通信社、1934年。
  • 帝国大学学友会編『帝国大学大観』帝国大学学友会、1939年。
  • 慶応義塾編『慶応義塾塾員名簿 昭和17年版』慶応義塾、1942年。