コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

高畠茂雄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
高畠 茂雄
高畠茂雄 1947年撮影
生誕 1892年4月20日
富山県
死没 (1964-11-30) 1964年11月30日(72歳没)
静岡県静岡市大岩町
国籍 日本の旗 日本
著名な実績 洋画
代表作 記念撮影
テンプレートを表示

高畠 茂雄(たかばたけ しげお、1892年(明治25年)4月20日 - 1964年(昭和39年)11月30日)は、大正 - 昭和初期の日本の洋画家。静岡県の美術界発展に貢献した。

生涯

[編集]

明治25年(1892年)4月20日、富山県で生まれる。父作次郎、母ヤイの長男、北海道旭川で小学校を終え、家族と共に朝鮮に渡り、龍山[1]で18、9歳まで暮らし、単身上京して神田の下宿に落ち着き、牛込の写真学校や神田の正則学校へ通学。その後、三越写真部の柴田常吉の門に学び、白馬会洋画研究所に籍を置く。家族の上京、ついで静岡への転居は、明治45年(1912年)4月、満20歳の時であった。静岡市の草深、横田、江川町と転々し、そこで大正初年に写真館[2]の営業を始めた。東京日日新聞の「日本五十景写真」に入賞し、昭和2年(1927年)には静岡県知事から天皇に献上するため[3]の「富士川ノ富士」を撮った。後に静岡県写真商業組合の常務理事、同組合会報の編集、新聞雑誌の写真評など業界に知られた。画家としての高畠は少年時代の夢が白馬会洋画研究所で芽を出し、岸田劉生斎藤与里との出会い[4]は、彼の情熱を一度に堰を切って美術活動へ押し流した。昭和3年(1928年)槐樹社展初入選。昭和8年(1933年)槐樹社の解散により高間惣七[5]、斎藤与里、熊岡美彦等による東光会が誕生するや会員として出品し活躍した。静岡県美術展の創立では、昭和11年(1936年)第1回展へのお膳立てに尽くした。その審査に近藤浩一路、栗田雄[6]、杉本宗一、芹沢銈介を招き、県外在住作家安達賢治、石川欽一郎[7]、服部四郎[3]、一木奥次郎、沢田政広中村岳陵、栗原忠二[8]などの出品をはじめ、県下一円の美術集団の展開を招来した。昭和17年(1942年)に脳卒中で倒れ、右半身不随の後遺症になるが、絵筆をとり続けた。昭和39年(1964年)11月30日、静岡市大岩町で次女貞の家族に看取られて死去した。

画歴

[編集]
  • 白馬会洋画研究所
  • 旧槐樹社展、文展等出品、斎藤与里に師事
  • 東光会会員

代表作品

[編集]
  • 記念撮影 1938年第2回文展入選

著書

[編集]
  • 或画家の手紙 随筆集 東英館 1947年
  • 記念[9] 写真帖 東照宮三百年奉斎会 1915年

個展

[編集]
  • 第1回個展 1923年(大正12年)5月 静岡市商工奨励館
  • 第2回個展 1928年(昭和3年)4月 静岡市呉服町すみや楽器店
  • 第3回個展 1935年(昭和10年)5月 静岡市呉服町田中屋百貨店[10]
  • 第4回個展 1962年(昭和37年)10月 静岡県民会館[11]

出典・参考文献

[編集]
  • 静岡新聞 1974年5月22日付「郷土の画人」第84話 中川雄太郎[12][13]
  • 美術年鑑 美術年鑑社 1964年(昭和39年版P150頁)
  • 静岡県立中央図書館収蔵 「或画家の手紙」「記念」[14]
  • 静岡県博物館協会 研究紀要 第34号 静岡近代美術年表稿 昭和戦前編(1)[15]
  • 静岡県博物館協会 研究紀要 第37号 静岡近代美術年表稿 昭和戦前編(4)[3]
  • 近代日本「戦時図像」解釈ー「家族の場合」[16]

脚注

[編集]
  1. ^ 或画家の手紙. 東英館. (1947). p. 200頁 
  2. ^ 大正写真館として営業したが昭和37年(1962年)に閉店した。現在、同名の写真館が存在するが無関係である
  3. ^ a b c 立花義彰「静岡近代美術年表稿 昭和戦前編4」(PDF)『静岡県博物館協会研究紀要』第37号、静岡県博物館協会、2013年、2-21頁、ISSN 0913-6614NAID 400200792012021年4月1日閲覧 
  4. ^ 或画家の手紙. 東英館. (1947). p. 序文 
  5. ^ 物故者記事 :: 東文研アーカイブデータベース”. www.tobunken.go.jp. 2020年7月5日閲覧。
  6. ^ 栗田雄 :: 検索結果: :: 東文研アーカイブデータベース”. www.tobunken.go.jp. 2020年7月5日閲覧。
  7. ^ 静岡県立美術館【主な収蔵品の作家名:石川 欽一郎】”. spmoa.shizuoka.shizuoka.jp. 2020年6月30日閲覧。
  8. ^ 栗原忠二 :: 東文研アーカイブデータベース”. www.tobunken.go.jp. 2020年6月30日閲覧。
  9. ^ ふじのくにアーカイブ|静岡県立中央図書館 地域資料「写真帖」参照”. www.tosyokan.pref.shizuoka.jp. 2020年6月26日閲覧。
  10. ^ 現:静岡伊勢丹
  11. ^ 現:静岡市民文化会館
  12. ^ 中川雄太郎|静岡県立美術館 全所蔵作品”. spmoa.shizuoka.shizuoka.jp. 2020年6月26日閲覧。
  13. ^ 中川雄太郎 :: 東文研アーカイブデータベース”. www.tobunken.go.jp. 2020年6月26日閲覧。
  14. ^ 詳細検索:蔵書検索システム”. www.tosyokan.pref.shizuoka.jp. 2020年6月25日閲覧。
  15. ^ 立花義彰「静岡近代美術年表稿 昭和戦前編(1)」(PDF)『静岡県博物館協会研究紀要』第34号、静岡県博物館協会、2010年、30-45頁、ISSN 0913-6614NAID 40018841203 
  16. ^ 河田明久「近代日本「戦時図像」解釈―「家族」の場合」『国際基督教大学学報 3-A,アジア文化研究別冊』第14号、国際基督教大学アジア文化研究所、2005年3月、1-21頁、NAID 1200055574372021年4月1日閲覧