黒住剛
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くろすみ つよし 黒住 剛 | |
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生誕 |
1911年2月1日 日本・岡山県勝田郡湯郷町 |
死没 | 1986年3月19日(75歳没) |
出身校 | 関西大学第二商業学校(現・関西大学) |
職業 | 栄研化学創業者 |
黒住 剛(くろすみ つよし、1911年(明治44年)2月1日 - 1986年(昭和61年)3月19日)は、日本の実業家、興亜化学工業(現・栄研化学)創立者および代表取締役会長[1]、扶桑薬品工業代表取締役社長。
来歴
[編集]岡山県勝田郡湯郷町(現:美作市)生まれ。1929年(昭和4年)、旧制関西大学第二商業学校(現:関西大学)を卒業後、1939年(昭和14年)に興亜化学工業(現・栄研化学)を設立し、取締役に就任した[2]。
受賞・栄典
[編集]- 1987年(昭和62年)- 従5位勲四等旭日小授章
- 1957年9月(昭和32年)- 第9回保健文化賞受賞
- 1967年10月(昭和42年)- 東京都知事褒章受賞
- 1970年12月(昭和45年)- 大韓民国保健福祉部長感謝牌受章
- 1972年11月(昭和47年)- 藍綬褒章受章
- 1976年4月(昭和51年)- 新扶桑製薬代表取締役会長
- 1981年11月(昭和56年)- 勲四等瑞宝章受章
出典
[編集]- ^ “栄研化学のあゆみ” 2022年2月24日閲覧。
- ^ “黒住剛氏について”. (2000年4月) 2022年1月15日閲覧。