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1800年代の航空

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

< 1800年代

18世紀の航空 - 1800年代の航空 - 1810年代の航空

1800年代、年代不詳

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  • 常陸国筑波郡谷田部新町の名主でからくり作りを行った、飯塚伊賀七が羽を数枚重ねた人力飛行機をつくり、飛行実験をおこなったという伝説が伝えられる。

1803年

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1804年

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1805年

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  • 1月17日[1][2]。 - ロシア船で長崎に来航していた船医で博物学者のドイツ人、ゲオルク・ハインリヒ・フォン・ラングスドルフ[3]が、和紙で無人の熱気球を作り浮揚させた。1月18日の午後の実験では長崎の町に落下し、気球から煙が噴出し、人々が奉行に訴える騒ぎとなった。
  • 8月18日 - ソフィー・ブランシャールが3度目の飛行(トゥールーズにあるドミニコ派の修道院の庭から離陸)で、女性の最初の気球の単独飛行を行った。

1806年

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  • イギリス海軍のトマス・コクランがフランス沿岸に宣伝用のビラをまくために32門フリゲート「パラス」で凧を使った。
  • 4月 - イギリスのウィリアム・コングリーブ(Sir William Congreve, 2nd Baronet)が製作した14.5kg、射程2800mほどのロケットが、ナポレオン戦争で使われた。4月にでのガエタでの戦いで用いられ、10月にはカッター型帆船18隻に発射装置を備えて、200発のロケットでブローニュを攻撃した[4]

1807年

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  • 11月22日から23日 - ガルヌランがパリからクラウゼン(Clausen;ルクセンブルクの一部)の395kmを飛行した。

1808年

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1809年

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  • ジョージ・ケイリーが航空技術に関する論文On Aerial Navigationを発表し、重飛行機の飛行の科学的原理をの論じた。

関連項目

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参考文献

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  1. ^ 日付についてはロシア船の士官、レーヴェンシュテルンの日記では1月17日、ラングスドルフの日誌では、町に落ちた実験の日付を2月6日としている。『日本とスイスの交流』森田安一編 山川出版社
  2. ^ 『長崎蘭学の巨人』松雄龍之介著では1904年12月6日としている
  3. ^ 『未知の生物を求めて 探検博物学に輝く三つの星』西村三郎(著)平凡社(1987年)ではこの人物は博物学者のチレジウス(Wilhelm Gottlieb Tilesius von Tilenau )であるとしている
  4. ^ 『戦争と科学者』トマス・J・クローウェル(著)、藤原多伽夫(訳)原書房、2012年、ISBN 9784562048489