コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

Dループ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

分子生物学においてDループ: D-loop, displacement loop)は、二本鎖DNAの2つの鎖が一部引き離され、他のDNA鎖と対合している領域に形成されるDNA構造である。すなわち、Dループは三本鎖DNAの一形態である。RループはDループと類似しているが、Rループの場合は二本鎖DNA以外の3つ目の鎖はDNAではなくRNAである点が異なる。こうした3つ目の鎖は二本鎖DNAのいずれか一方と対合する相補的な塩基配列を有しており、そのため相補鎖と置き換わることができる。Dループという語を初めて用いた論文の図では、Dループは大文字の「D」の字に似た形で模式的に示されており、3番目の鎖によって置き換えられた鎖が「D」の字のループ部分に相当する[1]

DNA修復テロメアなどいくつかの状況でDループは形成され、またミトコンドリアの環状DNA分子の準安定構造としても生じる。

ミトコンドリア

[編集]

成長中の細胞の環状ミトコンドリアDNAに短い断片からなる3つ目の鎖が含まれていることは1971年にカリフォルニア工科大学の研究者らによって発見され、こうした領域に形成される構造はdisplacement loopと命名された[1]。この3つ目の鎖はミトコンドリアDNA分子のH鎖英語版(heavy strand、重鎖)の複製断片であり、H鎖に置き換わってL鎖(light strand、軽鎖)と水素結合していることが明らかにされた。その後、この3つ目の鎖はH鎖の複製によって生成される最初の断片であり、複製の開始直後に停止したこの状態でしばらく維持されることが多いことが示された[2]。DループはミトコンドリアDNA分子の大きなノンコーディング領域に形成され、この領域は制御領域英語版(コントロール領域)もしくはDループ領域と呼ばれる。

ミトコンドリアDNAの複製は2通りの方法で行われるが、どちらもDループ領域から開始される[3]。1つの方法では、複製はH鎖の大部分(約2/3)を進行し、その後でL鎖の複製が開始される。より新しく報告された様式では、複製はDループ領域内の異なる起点から開始され、双方の鎖が同時に共役した形で合成される[3][4]

Dループ領域内では特定の塩基は保存されているものの、大部分は多様性が非常に高く、そのため脊椎動物の進化的歴史の研究に有用であることが示されている[5]。この領域には、DNA複製の開始と関連したDループ構造に隣接して、ミトコンドリアDNA二本鎖からRNAを転写するためのプロモーターが含まれている[6]。Dループの配列はがんの研究においても関心が寄せられている[7]

Dループの機能はいまだ明確に示されているわけではないが、近年のの研究ではミトコンドリアのヌクレオイドの組織化に関与していることが示唆されている[8][9]

テロメア

[編集]

1999年に、染色体の末端でキャップ構造を形成しているテロメアの終末部はTループ(telomere-loop)と命名されたラリアット様構造となっていることが報告された[10]。この構造は染色体の双方の鎖からなるループ構造であり、鎖の3'末端が中心部により近い二本鎖DNA領域へ侵入することでDループが形成されている。この連結部はシェルタリン英語版タンパク質POT1英語版によって安定化されている[11]。Dループの形成によって完結するTループ構造は、染色体の末端を損傷から保護する役割を果たしている[12]

DNA修復

[編集]

二本鎖DNA分子の双方の鎖に切断が生じた場合に二倍体真核細胞がとることのできる修復機構の1つが、相同組換え修復である。この機構は、切断が生じた染色体と相同な無傷の染色体を鋳型として利用し、二本鎖切断部を正しく整列させて再結合する。この過程の序盤では、切断部の一方の鎖が無傷な染色体内の相同領域へ侵入し、その領域の一方の鎖と置き換わることでDループが形成される。そしてその後、再結合を行うためのさまざまなライゲーションや合成過程が行われる[13]

ヒトでは、RAD51タンパク質が相同領域の探索とDループの形成に中心的役割を果たしている。大腸菌Escherichia coliでは、RecAタンパク質が類似した役割を果たしている[14]

減数分裂時の組換え

[編集]
減数分裂時の組換えに関する現行のモデル。まず二本鎖切断(ギャップ)が形成され、続いて相同染色体との対合、鎖の侵入によって組換え修復過程が開始される。ギャップの修復によって、隣接領域には乗換え型(CO)または非乗換え型(NCO)の変化が生じる。乗換え型の組換えはダブルホリデイジャンクション(DHJ)モデルによって行われると考えられており、図の右側に示されている。非乗換え型の組換えは主にSDSA(synthesis dependent strand annealing)モデルによって行われると考えられており、図の左側に示されている。組換えの大部分はSDSA型であるようである。

減数分裂時には、二本鎖損傷、特に二本鎖切断が右の図で概略的に示されているような過程で生じる。Dループは減数分裂時のこうした損傷の組換え修復に中心的役割を果たしている。この過程では、RAD51やDMC1英語版が3'末端の一本鎖DNAに結合してらせん状のヌクレオタンパク質フィラメントを形成し、無傷の二本鎖DNAを探索する[15]。相同配列が見つかると、これらは一本鎖DNA末端の相同二本鎖DNAへの進入を促進し、Dループが形成される。鎖の交換の後、相同組換え中間体は2つの異なる経路のいずれかでプロセシングされ(図を参照)、最終的な組換え染色体が形成される。

出典

[編集]
  1. ^ a b Kasamatsu, H.; Robberson, D. L.; Vinograd, J. (1971). “A novel closed-circular mitochondrial DNA with properties of a replicating intermediate”. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 68 (9): 2252–2257. Bibcode1971PNAS...68.2252K. doi:10.1073/pnas.68.9.2252. PMC 389395. PMID 5289384. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC389395/. 
  2. ^ Doda, J. N.; Wright, C. T.; Clayton, D. A. (1981). “Elongation of displacement-loop strands in human and mouse mitochondrial DNA is arrested near specific template sequences”. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 78 (10): 6116–6120. Bibcode1981PNAS...78.6116D. doi:10.1073/pnas.78.10.6116. PMC 348988. PMID 6273850. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC348988/. 
  3. ^ a b Fish, J.; Raule, N.; Attardi, G. (2004). “Discovery of a major D-loop replication origin reveals two modes of human mtDNA synthesis”. Science 306 (5704): 2098–2101. Bibcode2004Sci...306.2098F. doi:10.1126/science.1102077. PMID 15604407. https://authors.library.caltech.edu/51909/7/Fish.SOM.pdf. 
  4. ^ Holt, I. J.; Lorimer, H. E.; Jacobs, H. T. (2000). “Coupled leading- and lagging-strand synthesis of mammalian mitochondrial DNA”. Cell 100 (5): 515–524. doi:10.1016/s0092-8674(00)80688-1. PMID 10721989. 
  5. ^ Larizza, A.; Pesole, G.; Reyes, A.; Sbisà, E.; Saccone, C. (2002). “Lineage specificity of the evolutionary dynamics of the mtDNA D-loop region in rodents”. Journal of Molecular Evolution 54 (2): 145–155. Bibcode2002JMolE..54..145L. doi:10.1007/s00239-001-0063-4. PMID 11821908. 
  6. ^ Chang, D. D.; Clayton, D. A. (1985). “Priming of human mitochondrial DNA replication occurs at the light-strand promoter”. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 82 (2): 351–355. Bibcode1985PNAS...82..351C. doi:10.1073/pnas.82.2.351. PMC 397036. PMID 2982153. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC397036/. 
  7. ^ Akouchekian, M.; Houshmand, M.; Hemati, S.; Ansaripour, M.; Shafa, M. (2009). “High Rate of Mutation in Mitochondrial DNA Displacement Loop Region in Human Colorectal Cancer”. Diseases of the Colon & Rectum 52 (3): 526–530. doi:10.1007/DCR.0b013e31819acb99. PMID 19333057. 
  8. ^ He, J.; Mao, C. -C.; Reyes, A.; Sembongi, H.; Di Re, M.; Granycome, C.; Clippingdale, A. B.; Fearnley, I. M. et al. (2007). “The AAA+ protein ATAD3 has displacement loop binding properties and is involved in mitochondrial nucleoid organization”. The Journal of Cell Biology 176 (2): 141–146. doi:10.1083/jcb.200609158. PMC 2063933. PMID 17210950. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2063933/. 
  9. ^ Leslie, M. (2007). “Thrown for a D-loop”. The Journal of Cell Biology 176 (2): 129a. doi:10.1083/jcb.1762iti3. PMC 2063944. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2063944/. 
  10. ^ Griffith, J. D.; Comeau, L.; Rosenfield, S.; Stansel, R. M.; Bianchi, A.; Moss, H.; De Lange, T. (1999). “Mammalian telomeres end in a large duplex loop”. Cell 97 (4): 503–514. doi:10.1016/S0092-8674(00)80760-6. PMID 10338214. 
  11. ^ “Solving the Telomere Replication Problem”. Genes 8 (2): E55. (2017). doi:10.3390/genes8020055. PMC 5333044. PMID 28146113. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5333044/. 
  12. ^ Greider, C. W. (1999). “Telomeres do D-loop-T-loop”. Cell 97 (4): 419–422. doi:10.1016/s0092-8674(00)80750-3. PMID 10338204. 
  13. ^ Hartl, Daniel L.; Jones, Elizabeth W. (2005). “page 251”. Genetics: Analysis of Genes and Genomes. Jones & Bartlett Publishers. ISBN 978-0763715113. https://archive.org/details/genetics00dani 
  14. ^ Shibata, T.; Nishinaka, T.; Mikawa, T.; Aihara, H.; Kurumizaka, H.; Yokoyama, S.; Ito, Y. (2001). “Homologous genetic recombination as an intrinsic dynamic property of a DNA structure induced by RecA/Rad51-family proteins: A possible advantage of DNA over RNA as genomic material”. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 98 (15): 8425–8432. Bibcode2001PNAS...98.8425S. doi:10.1073/pnas.111005198. PMC 37453. PMID 11459985. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC37453/. 
  15. ^ “Connecting by breaking and repairing: mechanisms of DNA strand exchange in meiotic recombination”. FEBS J. 282 (13): 2444–57. (2015). doi:10.1111/febs.13317. PMC 4573575. PMID 25953379. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4573575/. 

関連項目

[編集]