タイタン表層海探査
TiME探査機の想像図。 | |
任務種別 | タイタン着陸機 |
---|---|
運用者 | NASA |
任務期間 | 7.5年 輸送: 7年 探査: 3–6ヶ月[1] |
特性 | |
消費電力 | 140 W |
任務開始 | |
打ち上げ日 | 2016年(当初予定)[2][3][4] 構想のみで未開発。 |
ロケット | アトラス V 411 |
打上げ場所 | ケープカナベラル空軍基地 SLC-41 |
打ち上げ請負者 | ユナイテッド・ローンチ・アライアンス |
タイタン表層海探査[5](タイタンひょうそうかいたんさ、英語: Titan Mare Explorer; TiME)は、2009年にアメリカ航空宇宙局 (NASA) のディスカバリー計画の一環として提案された、土星の衛星タイタンの探査機(ランダー)[2]。
概要
[編集]TiMEは相対的に低コストな案であり、タイタンの有機化合物を観測する、史上初の地球外の天体の海洋探査として計画された外惑星ミッションである。タイタンの海の分析と、可能であれば海岸線の観察を行う想定であった。ディスカバリー計画では、打ち上げコストを除いたコストが4億2,500万ドル以下に制限されている。[3] TiMEは2009年にNASAのProxemy Researchによりディスカバリー計画の候補の一つとして提案された。[6] TiMEミッションは同時期の28の候補の中から最終候補の3つにまで残るも、最終的には不採用となった。2013年末には別口で予算の可能性を得るも[7]、NASAは同年にTiMEの電源として期待されていたスターリング放射性同位体発電機 (ASRG) の開発を中止しており[8]、ミッションの実現には至っていない。
ディスカバリー計画の選定
[編集]TiMEは2011年5月のディスカバリー計画の選定において、3つの最終候補の1つとして選ばれ、計画詳細化のための300万ドルの予算を勝ち取った。他の2候補は、インサイトと彗星ホッパーである。2012年夏のレビューの後、NASAは9月に火星ミッションであるインサイトを採用したことを発表した。[9]
タイタンの湖や海への着水は、Solar System Decadal Surveyによっても検討されていた。加えて、2009年に2020年代の打ち上げを目指し提案されたタイタン・サターン・システム・ミッションでは、小容量のバッテリーを使った湖の探査機が計画されていた。[6][10] 2016年の次の打ち上げに適した時期は2023年-2024年であるため、これがおそらくTiMEの最後の可能性となるだろう。[11]
着水地点
[編集]TiMEの当初構想では、2016年にアトラス V 411ロケットで打ち上げられた後、2023年にタイタンに到着する計画であった。着水地点としては北極付近のリゲイア海(北緯78度西経250度)が想定されていた。[1] リゲイア海は、タイタンでこれまでに発見された中では最大級の湖であり、表面積は約10万km2と推定されている。予備の候補地としては、クラーケン海が選定された。[2][10]
探査目標
[編集]TiMEはタイタン到着まで、7年間にもわたり宇宙空間を旅する。TiMEは着陸機であるため、その間のフライバイ観測などは行わず、観測機器はタイタンの大気圏突入の段階で初めて稼働する。ただし、最初の観測データが送信されるのは着水が完了した後である。探査目標・測定機器としては以下が想定された。[2][10]
- タイタンの海の化学的性質の測定 : 質量分析計 (MS)、気象・物理的性質パッケージ (MP3)。
- タイタンの海の深さの測定 : 気象・物理的性質パッケージ (MP3) のソナー。
- タイタンの海洋プロセスの制約 : 気象・物理的性質パッケージ (MP3)、降下/地上用カメラ。
- タイタンの海の気象変化の測定 : 気象・物理的性質パッケージ (MP3)、カメラ。
- タイタンの海上の大気の分析 : 気象・物理的性質パッケージ (MP3)、カメラ。
探査機のカメラシステムについては、NASAとMSSS社との間で設計の準備段階のための、開発と運用の初期開発契約が結ばれていた。[12] カメラは2つ搭載される計画であり、1つはリゲイア海への降下中の撮影用、もう1つは着水後の撮影用とされていた。[12]
気象・物理的性質パッケージ (Meteorology and Physical Properties Package; MP3)[13]は、Applied Physics Laboratoryにより開発されていた。この機器パッケージは、風速や風向き、メタンの湿度、水面上の気圧と温度、濁度、水温、音の速さ、それに海の性質といった要素を測定することが可能である。水深はソナーで測定するよう設計されていた。シミュレーション上では音の伝播は炭化水素の海でも有効であり、ソナーの送受波器はタイタンの環境でも機能するよう液体窒素の温度で動作することがテストされた。[14]
電力源
[編集]タイタンには分厚い大気があるため、火星探査機のようにソーラーパネルを使って電力を確保することはできない。またバッテリーでは、活動可能な期間が僅か数時間に限られてしまう。そこでNASAは、TiMEを新型のスターリング放射性同位体発電機 (ASRG) のテスト機とすることを計画した。[6] TiMEのミッションは、深宇宙と地球外の大気という2つの環境に対応することが求められる。ASRGは放射性同位体を用いた発電機で、スターリングエンジンを組み合わせたことで既存の放射性同位体熱電気転換器 (RTG) の4倍にあたる140-160Wの電力を生成することができる。質量は28kgで、寿命は14年とされている。[2] しかし、NASAは2013年現在、ASRGの開発を中止している。[8]
- 仕様
- 寿命: 14年以上
- 出力: 140 W
- 質量: 28 kg
- システム効率: ~ 30%
- 2機のGPHS 238Pu モジュール
- 燃料: プルトニウム238 0.8 kg
TiMEには推進装置は搭載されない。風の力と、存在するのであれば潮流により、数か月をかけて海の中を漂う計画である。[4]
通信
[編集]TiMEは地球と直接通信を行う。タイタン到着後は、基本的に、可能であれば数年に渡り断続的に通信を実行する。最終的に2026年には地球はリゲイア海からみて水平線の下に隠れてしまう。[15] 地球と再び直接通信可能になるには2035年まで待たなければならない。[16]
地上の状態
[編集]モデルによれば、リゲイア海の波はTiMEのミッション期間中、通常は0.2mを超えないことが示されている。ただし0.5mを超える大きい波が稀に発生する可能性はある。[17] シミュレーションでは、TiMEのカプセルが波に効果的に対処できることと、うまくいけば海岸に打ち上げられることが分かっている。[18] カプセルは海面を0.1m/sの速度で漂うことが期待されている。0.5m/s程度の潮流と風に押されることも期待されるが、これらの速度が1.3m/sを超えることはないとみられる。[15] 探査機は推進装置を搭載せず、その動きをコントロールすることはできない。そのため、水深や温度、海岸線の画像などは継続的な地域のものが得られることになる。探査機の位置は、ドップラー効果や太陽の高度、超長基線電波干渉法により測定する。[15]
生命発見の可能性
[編集]タイタンは地球外生命の探査にとって非常に重要な候補とみなされており、この探査では地球とは全く異なる生化学に基づくタイタンの生命が発見される可能性がある。[19] 何人かの科学者は仮説として、タイタンにおける炭化水素の化学が無生物的なものと生命を形作るものの閾値に混ざっていた場合、生命を区別するのは難しいだろうとしている。[19] さらに、極寒のタイタンでは、生化学的な構造物のために利用できるエネルギーが限られることから、水を基盤とした生命は熱源なしでは凍り付いてしまう。[19] しかしながら、メタンを基盤とした仮説上の生命が存在する可能性も示唆されている。[20][21] TiMEの主任研究者であるEllen Stofanは、タイタンの海で我々が知っているような生命が見つかることは無いだろうとしつつも、「この海の化学が私たちに有機的なシステムがどうやって生命に進化するのかを教えるかもしれない」と述べている。[22]
類似のミッション
[編集]- タイタンの湖に関する関心は高まっており、着陸機を用いない探査ミッションが計画されている。[23][24] NASAの研究者は、もしTiMEが採用されない場合、代わって潜水艦による探査が実施されるだろうと語っている。[23][24][25][26]
- バッテリーによる探査機はタイタン・サターン・システム・ミッション (TSSM) の一部として計画されている。いくつかの探査機が2010 NASA Planetary Science Decadal Surveyにより検討された。[27]
- 欧州の2012 EPSCミーティングにおいても、湖を探査するカプセルが提案されている。これはTALISE (Titan Lake In-situ Sampling Propelled Explorer) と呼ばれている。[28][29] 主な違いは推進装置で、TALISEは可能であれば液体環境でも泥のような環境でも機能するアルキメディアン・スクリューを用いることが想定されていた。しかしTALISEはあくまで簡単な構想に留まっている。
脚注
[編集]- ^ a b Yirka, Bob (23 March 2012). “Probe mission to explore Titan's minuscule rainfall proposed”. Physorg 2012年3月23日閲覧。
- ^ a b c d e Stofan, Ellen (2010年). “TiME: Titan Mare Explorer” (PDF). Caltech. 2012年5月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年8月17日閲覧。
- ^ a b Taylor, Kate (9 May 2011). “NASA picks project shortlist for next Discovery mission”. TG Daily 2011年5月20日閲覧。
- ^ a b Greenfieldboyce, Nell (16 September 2009). “Exploring A Moon By Boat”. National Public Radio (NPR) 2009年11月8日閲覧。
- ^ “NASA、2016年打ち上げ予定の惑星探査計画候補に3件を選定”. 月探査情報ステーション (2011年5月8日). 2016年6月1日閲覧。
- ^ a b c Hsu, Jeremy (14 October 2009). “Nuclear-Powered Robot Ship Could Sail Seas of Titan”. Space.com. Imaginova Corp.. 2009年11月10日閲覧。
- ^ “Discovery Mission Finalists Could Be Given Second Shot”. Space News. spacenews.com (26 July 2013). 2014年2月15日閲覧。
- ^ a b “The ASRG Cancellation in Context”. Planetary.com. Planetary Society (9 December 2013). 2014年2月15日閲覧。
- ^ Vastag, Brian (20 August 2012). “NASA will send robot drill to Mars in 2016”. Washington Post
- ^ a b c Stofan, Ellen (25 August 2009). “Titan Mare Explorer (TiME): The First Exploration of an Extra-Terrestrial Sea” (PDF). Presentation to NASA's Decadal Survey. Space Policy Online. 2016年6月2日閲覧。
- ^ Titan Mare Explorer: TiME for Titan. (PDF) Lunar and Planetary Institute (2012).
- ^ a b Kenney, Mary (19 May 2011). “San Diego company may get deep space work”. Sign On San Diego 2011年5月20日閲覧。
- ^ Lorenz, Ralph (March 2012) (PDF). MP3 – A Meteorology and Physical Properties Package to explore Air-Sea interaction on Titan. Lunar and Planetary Institute 2012年7月20日閲覧。.
- ^ Arvelo, Juan; Lorenz, Ralph D. (2013). “Plumbing the depths of Ligeia: Considerations for depth sounding in Titan's hydrocarbon seas”. Journal of the Acoustical Society of America 134: 4335–4342 2015年11月8日閲覧。.
- ^ Hadhazy, Adam (17 August 2011). “Space Boat: A Nautical Mission to an Alien Sea”. Popular Science 2011年8月17日閲覧。
- ^ Carlisle, Camille (14 March 2012). “Smooth Sailing on Titan”. Sky & Telescope 2012年3月15日閲覧。
- ^ Lorenz, Ralph D.; Mann, Jennifer (2015). “Seakeeping on Ligeia Mare: Dynamic Response of a Floating Capsule to Waves on the Hydrocarbon Seas of Saturn’s Moon Titan”. APL Tech Digest 33: 82–93 2015年11月8日閲覧。.
- ^ a b c Bortman, Henry (19 March 2010). “Life Without Water And The Habitable Zone”. Astrobiology Magazine. 2016年6月2日閲覧。
- ^ Strobel, Darrell F. (2010). “Molecular hydrogen in Titan's atmosphere: Implications of the measured tropospheric and thermospheric mole fractions”. Icarus 208 (2): 878. Bibcode: 2010Icar..208..878S. doi:10.1016/j.icarus.2010.03.003.
- ^ McKay, C. P.; Smith, H. D. (2005). “Possibilities for methanogenic life in liquid methane on the surface of Titan”. Icarus 178 (1): 274–276. Bibcode: 2005Icar..178..274M. doi:10.1016/j.icarus.2005.05.018.
- ^ “Happy Birthday Titan!”. Space.com (28 March 2012). 2016年6月2日閲覧。
- ^ a b Oleson, Steven (4 June 2014). “Titan Submarine: Exploring the Depths of Kraken”. NASA – Glenn Research Center. NASA. 2014年9月19日閲覧。
- ^ a b “NASA developing submarine to research Titan’s oceans”. Russia Today (RT). (9 September 2014) December 5, 2014閲覧。
- ^ “What's next for NASA – a Saturn moon submarine? 12 ambitious space concepts blast off”. Russia Today (RT). (7 June 2014) 2014年9月19日閲覧。
- ^ David, Leonard (18 February 2015). “NASA Space Submarine Could Explore Titan's Methane Seas”. Space.com 2015年3月25日閲覧。
- ^ Planetary Science Decadal Survey JPL Team X Titan Lake Probe Study Final report. Jet Propulsion Laboratory. (April 2010)
- ^ Urdampilleta, I.; Prieto-Ballesteros, O.; Rebolo, R.; Sancho, J. (2012). TALISE: Titan Lake In-situ Sampling Propelled Explorer (PDF). European Planetary Science Congress 2012. Vol. 7 EPSC2012–64 2012. Europe: EPSC Abstracts.
- ^ Landau, Elizabeth (9 October 2012). “Probe would set sail on a Saturn moon”. CNN – Light Years 2012年10月10日閲覧。