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Wikipedia‐ノート:コメント依頼/Lonicera 20080423

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メモ[編集]

被依頼者の履歴を追うのはかなり大変だなというのが感想です。

ログを漁ってみました。

(注)あくまで権限行使の事例を挙げているのであって、個別記事に対する削除・半保護・保護が妥当であるかどうかは論じるつもりは毛頭ないので、くれぐれも注意すべし。--Goki 2008年4月25日 (金) 04:18 (UTC)[返信]

削除について[編集]

  • 2008年4月25日 (金) 05:42 Lonicera (会話 | 投稿記録) "ノート:ライス (お笑い)" を削除しました。 ‎ (元はドラフト(項目そのものは作成保護中)だったが、ノートそのものに加筆が繰り返され、作成保護の意味がなくなっているため)

こんな削除行使してよかったんでしたっけ?手続き踏んでますか?

保護について[編集]

  • 2008年4月23日 (水) 07:17 Lonicera (会話 | 投稿記録) "陽子 (人名)" を保護しました。 ‎ (Wikipedia:削除依頼/陽子 (人名) [create=sysop])

「繰り返されたら」保護したらいいのにと思うのは私だけでしょうか。

半保護について[編集]

  • 2008年4月25日 (金) 03:23 Lonicera (会話 | 投稿記録) "SINSKE" を保護しました。 ‎ (IPによって初版から転載による立項が行われたため [create=autoconfirmed])
  • 2008年4月24日 (木) 23:29 Lonicera (会話 | 投稿記録) "凛として時雨" を保護しました。 ‎ (転載案件が繰り返されるため ノートに事情を記します [edit=autoconfirmed:move=autoconfirmed])
  • 2008年4月24日 (木) 06:06 Lonicera (会話 | 投稿記録) "兵庫県立鈴蘭台高等学校" を保護しました。 ‎ (Wikipedia:削除依頼/兵庫県立鈴蘭台高等学校参照 プライバシー案件が起きたため [edit=autoconfirmed:move=autoconfirmed])

これっていつから半保護にして良くなったんでしたっけ?根拠になる規則を教えてください。

  • 2008年4月24日 (木) 00:28 Lonicera (会話 | 投稿記録) "Language" を保護しました。 ‎ (新規利用者によって宣伝が展開されたため [edit=autoconfirmed:move=autoconfirmed])
  • 2008年4月23日 (水) 23:48 Lonicera (会話 | 投稿記録) "宮城県仙台向山高等学校" を保護しました。 ‎ (Wikipedia:削除依頼/宮城県仙台向山高等学校参照 プライバシー案件が起きたため [edit=autoconfirmed:move=autoconfirmed])
  • 2008年4月23日 (水) 07:09 Lonicera (会話 | 投稿記録) "おでん" を保護しました。 ‎ (Wikipedia:削除依頼/おでん参照 転載案件が起きたため [edit=autoconfirmed:move=autoconfirmed])
  • 2008年4月22日 (火) 06:30 Lonicera (会話 | 投稿記録) "勝山清次" を保護しました。 ‎ (Wikipedia:削除依頼/勝山清次参照 プライバシー案件が起きたため [edit=autoconfirmed:move=autoconfirmed])
    • プライバシー案件については以下多数あるため省略。

(注)Wikipedia:保護の方針#保護をかけてもよい場合の2,3は

  1. 特定の利用者の編集が問題とされる場合。具体的には以下の条件全てを満たすもの。
    • 特定の利用者が他の利用者の呼びかけや提案・忠告などにも関わらず、建設的な議論が成り立たずに問題のある(と本人以外の利用者の多くが考える)編集を繰り返している。
    • その利用者をブロックするほどの事態ではない場合、またはブロックの是非が検討されている最中である場合。
  2. 特定のページへの不適切な編集の繰り返し。これは特定の利用者によるものでなくてもよい。
    • 特定のページに同一、または類似の、問題のある編集が繰り返されている(少なくとも1週間に3回程度)。
    • 誰からか(当事者でなくてもよい)、保護依頼に保護が提案されており、適当な期間に反対が出ないか、賛成・容認などの意見がでている。

どちらでもないですね。厳密には当てはまりません。被依頼者は本当に「一時的」に半保護するつもりなのでしょうか?(いずれの記事も期限を設けていないため、解除は管理者が行うしかない。)

こんなに権限行使してたら、他の管理者も面倒見切れないと思う。--Goki 2008年4月25日 (金) 02:26 (UTC)[返信]

半保護の場合はWP:SPPが適用されます。--赤井彗星 2008年4月25日 (金) 02:49 (UTC)[返信]
失礼しました。Wikipedia:半保護の方針ですね。で、どの条項が適用されているのですか?深刻な荒らし被害(Wikipedia:荒らし)に該当するのですか?(以下個人的な感想。いきなりショートカットだけ貼り付けるのやめてもらえないでしょうか。要約欄など文字数に制限があるケースは良いのですが、他の場でもバンバン書かれると知らない側にとっては時間の無駄です。)--Goki 2008年4月25日 (金) 04:18 (UTC)[返信]
荒らしに関してはWikipedia:荒らし#荒らしの類型を御覧ください。宣伝や著作権侵害など「百科事典の品質を故意に低下させようとするあらゆる編集」は荒らしです。転載、プライバシー侵害のような荒らし以前に犯罪となりうる行為を深刻でないと解釈するのは、遵法意識に欠けるのではありませんか?(なお、議論がかみ合わないように見えるためコメントアウトをとりました。)--ろう(Law soma) D C 2008年4月28日 (月) 01:11 (UTC)[返信]
同じユーザや同じ記事(広げてもせいぜい分野)で繰り返されたら深刻になるでしょうね。要するに程度問題です。また、著作権侵害については親告罪です。(決して、著作権侵害を推奨しているわけでも、「遵法意識に欠け」た発言でもありません。念を押しておきますが。)--Goki 2008年4月29日 (火) 07:21 (UTC)[返信]
上に挙げられている宮城県仙台向山高等学校の削除依頼を提出した者です。後で閲覧する方々のことを考慮して提出する際に「一般人の名前が記載されたことを理由に提出する」と書きましたが、内容はこの学校の生徒(あるいはかつてここの生徒だった)と思われる人物の誹謗中傷にあたるもので、さらにその人物について新規に記事が立ち上げられていました。(この記事は対象が一般人である上に誹謗中傷に近い内容だったので、別の管理者の方によって即時削除となりました。)また、依頼に同意してくれた方も指摘されてますが、そのユーザーは別の高校の記事でも別の人物について似たような誹謗中傷の記述を行っています。他の例は存じませんが、この学校の件についてはそのあたりを考慮して行ったと思われるので、権限濫用の例外とみなしても良いのではと思います。--絵鞠 2008年4月30日 (水) 04:15 (UTC)細部修正しました。--絵鞠 2008年4月30日 (水) 04:22 (UTC)[返信]

場違いなら移動して下さい。ノート:マリオカートWiiでの発言なんですが[1]。同記事はIPユーザーによる転載で特定版削除され(Wikipedia:削除依頼/マリオカートWii 20080226)、上で挙げられた事例と同様に半保護されてるんですが、管理者って解除依頼の提出まで抑制できるもんなんでしょうか。--怪盗蓬月 2008年5月12日 (月) 04:03 (UTC)[返信]

被投稿ブロックユーザに対する挑発行為[編集]

今回のコメント依頼の主旨とはちょっとずれている上、相手にもかなり問題があるので参考程度としてノートに書きます。Loniceraさんの投稿ログを見て、気になったのですが10年間ブロックされたユーザのノートに「決して今後編集に参加しないで下さい」と脅しをかけたり、短期ブロックしたユーザーに対したり「漢字読めますか?」とばかりに、全文ひらがなでブロックの通告をしたりするのは好ましくないのでは?Loniceraさんがこの人達を荒らしだと見なしてこういうことしたのなら、火に油を注いでいるように思えます。そういう主観的な問題だけならいいですが、客観的に見てもWikipedia:個人攻撃はしないWikipedia:礼儀を忘れないに反しています。特に後者。WP:ATTACKに書かれている具体例「日本語わかる?」に近いと思います。--Monaneko 2008年4月29日 (火) 03:24 (UTC)[返信]

(コメント)今回のコメント依頼の主旨とはちょっとずれているとお思いならば、書かないほうが良いのではないですか?それに、10年間ブロックされるようなユーザーに今後編集して欲しくない(というかほぼ出来ない)と考えるのは当然で、平仮名で文書を書いたのも漢字が読めないと感じたと捉えることも出来ます。もう少し中立的になりましょう。そして、この項目は消す事をお勧めします。どうもLoniceraさんに対して、反対意識を高めるようにしか感じません(ずれていると思いながらマイナスイメージなことを書いていることから)。--Kc1477 2008年4月29日 (火) 11:22 (UTC)[返信]
平仮名だらけのブロック宣告文というのは、相手が大人であろうが子どもであろうが、「馬鹿にされた」という強烈な感覚を引き起こし、無駄に摩擦を生むものだろうと、おれは思いますよ。不必要に攻撃的なのであり、これが管理権限とセットで用いられたということは必ずしも「無関係」とは言えないと思います。--Nekosuki600 2008年4月29日 (火) 12:02 (UTC)[返信]
利用者‐会話:Mario CCCで、被ブロックユーザは漢字を使用しているので漢字が読めないことはない。また、Loniceraさんは「あなたのとうこうりれきをみるかぎり」と書いているので、相手が漢字を読み書きできることは間違いなく認識していると思います。--Monaneko 2008年4月29日 (火) 12:33 (UTC)[返信]
別の事例ですが、幼児を相手にするような文を書いて逆上させたもありますからね…。(Lonicera氏の事例はリンクの事例よりも管理権限とセットで脅しをかけている点でさらにひどい。)カタカナまでひらがなにしなくてもいいでしょう。--Goki 2008年4月29日 (火) 15:32 (UTC)[返信]

Wikipedia:投稿ブロック依頼/MIK の件について補足[編集]

Wikipedia:コメント依頼/Lonicera 200804232008年4月28日20:51のコメントで触れた、Wikipedia:投稿ブロック依頼/MIKでの輪宝スダルサナさんの発言に関して、若干の補足。
はっきり言って、私には、輪宝スダルサナさんがどういう意図で、次のような発言[2]をされたのか判然としません。

style="width:輪宝スダルサナ 2008年3月7日 (金) 06:40 (UTC)Wikipedia:投稿ブロック依頼/MIK。強調はMizusumashiによる。;vertical-align:top;color:#B2B7F2;font-size:35px;font-family:'Times New Roman',serif;font-weight:bold;text-align:left;padding:10px 10px;" | 「[返信] (賛成)MIKさんからのMLへの投稿を読みました。なるほど、利用者:遥かなるオーガを作成した時に、このアカウントはMIKさんの別アカウントである旨を予め宣言しておけば、今回の行為の誘惑に駆られる事は無かったかも知れませんね。Wikipediaの編集、今までお疲れ様でした。管理者さんたちも信頼を取り戻されたみたいですし、あとは若い者に任せましょう。 style="width:輪宝スダルサナ 2008年3月7日 (金) 06:40 (UTC)Wikipedia:投稿ブロック依頼/MIK。強調はMizusumashiによる。;vertical-align:bottom;color:#B2B7F2;font-size:36px;font-family:'Times New Roman',serif;font-weight:bold;text-align:right;padding:10px 10px;" | 」[返信]

「管理者さんたちも信頼を取り戻されたみたいですし」という部分は、「MIKさん管理者からの信頼を回復させた」という意味とも、「管理者MIKさんからの信頼を回復させた」という意味とも、「管理者ウィキペディア・コミュニティからの信頼を回復させた」という意味とも受け止めることができます。おそらくLoniceraさんは一番目の意味だと受け取ったのだと思いますが、「Wikipediaの編集、今までお疲れ様でした。~あとは若い者に任せましょう。」という前後の文脈からは、むしろ二番目か、三番目かの解釈が自然ではないかと思います(MIKさんがウィキペディアを去る理由になるので)。--Mizusumashi 2008年4月29日 (火) 12:28 (UTC)[返信]

  • Mizusumashi様をはじめ、私の発言を起点として発生した問題に頭を悩ませ、時にはさまざまな対処をして下さった皆様、まことに申し訳ありませんでした。この場を借りて、平に謝罪させていただきます。最近は、生活環境の変化などを言い訳にして、ごく稀に雑草取りをする場合以外を除いてログインすらほとんどしていませんでしたが、本日多少時間が空いたのでコメントさせていただきます。複数の方が私の発言に対して、その意図が不明である旨の発言をしておられましたが、私にはどの部分が「意図が不明」なのか、全く理解できていませんでした。しかしMizusumashi様の指摘を読んで、今はじめて状況を理解致しました。私の発言は、三番目の意味で記述したものです。一番目、二番目の意味になる可能性は全く考えておりませんでした。このような論理性を欠く記述を行ってしまい、誠にお恥ずかしい限りです。以上、長文失礼しました。--輪宝スダルサナ 2008年5月22日 (木) 05:47 (UTC)[返信]

前回の解任反対意見について[編集]

Loniceraさんの管理者としての姿勢を検討するにあたって、前回の解任反対意見についても考慮する必要があると思います。特に、次の3点は今回も引き続き問題になると思います。

1. >>他の管理人から特にそのようなアクションがない,ということは管理人として氏の行動は是認されているのでしょう。

2. >>Lonicera氏の発言については、(中略)それを言われた人の行動にも問題がある場合が見受けられます。

3. >>小生に一つ疑問なのは、Lonicera氏の解任を行うとして、事後の手当てをきちんと責任を持って行うことについての言及を、少なくとも小生が管見した範囲では、解任提案および賛成者の方々の誰一人としてなさっていないことです。(中略)毎月これだけ大量に投稿ブロック対象者が発生しているWikipediaの惨状というほか無い現状で、少なくとも管理者としての仕事においては害よりも益の方が明らかに大きく(そもそも誰であれ、人間に完璧を求めることは間違いです)、かつ精力的に活動しておられる方を解任しようというのであれば、その後に起きる空白を埋める具体的かつ有効な対処策を提示するのが解任提案者および賛同者の責任であり義務であると小生は考えます。

以下、こうした問題に対する私の回答です。

1.について。ほかの管理者がLoniceraさんの行動を是認しているのだとしたら、Wikipedia日本語版においては「他の参加者に敬意を払う」という基本方針は有名無実化してしまっていると私は考えます。これはお願いですが、「Loniceraさんの解任に反対する管理者」の方がおられましたら、Loniceraさんの一連の発言や行動を是認できるのかについてコメントいただきたいです。

2.について。私も確かにそう思います。しかし、相手に問題があるからといって、自身が問題になるような行動・発言をしていいとは思えません。Loniceraさんの行動や発言は、相手の問題をさらに助長するような結果になっていないでしょうか。すなわち、敬意を払って接していればWikipediaに協力してくれるような人を、Wikipediaやコミュニティと敵対する立場に追い込んでしまっている例も見られると思います。
また、同じように問題のある行動をしているユーザー(Wikipediaの方針を守れない人)が、一方は「管理者」という特権を持ってWikipediaに参加し続け、一方は投稿ブロックや追放などといった「制裁」を受けるというのは不公平だと見られても仕方がないと思います。

3.について。「惨状」ということについては、残念ながら認めざるを得ないと思います。しかし、一方ではLoniceraさんの行動や発言は、こうした惨状をさらに広げる役目をしている面もあるのではないでしょうか。
私としては、荒らしの通報への対応ならばほかの管理者の方に代わりに行っていただけるのでは、と考えています。もし、そういうわけにはいかないということであれば、「荒らしへの対応方法」について改めて対策を練る必要があるのではないでしょうか。こちらについても、「Loniceraさんの解任に反対する方」に、荒らしへの対応にLoniceraさんが必要不可欠なのか。代替策はないのか?についてコメントいただきたいです。j8takagi 2008年4月29日 (火) 14:51 (UTC)、j8takagi 2008年4月29日 (火) 23:43 (UTC)誤字修正[返信]

3についてのみ。Loniceraさんが総量として、どの程度の貢献をWikipediaに対して行っているかは良く知らないですが、例えば、削除依頼に関してのみですが、2008年3月の総依頼件数は912件ありました。このうち、本日時点で閉じられていない案件は28件です。残りの884件のうち、Loniceraさんによって対応(依頼、特定版削除の確認含む)がなされた案件は268件(全体の約3割)です。(数え間違いがあればご容赦ください)
これにプラスして、記事の保護、投稿ブロック、記事の移動、削除の復帰、即時削除などなど、様々な案件を(働いてない人含めて)60名弱の管理者で回しているのだという事をご理解頂ければと思うわけです。
他の管理者の方がどうなのかは知りませんけれども、前回解任依頼時点ではLoniceraさんが解任となるデメリットの方が明らかに大きいと判断し、反対票を投じさせて頂いております。とりあえずその考えは現時点でも変わっては無いです。--赤井彗星 2008年4月29日 (火) 15:33 (UTC)[返信]
赤井彗星さんに限らず、同じような意見で前回の解任動議で反対票を投じた方は多いかと存じます。Loniceraさんの日々の貢献の大きさ、解任によるデメリットの大きさに関しては私も同意します。しかし、それにばかりに判断基準を寄せるというのは非常に危険かと存じます。極端を言えば「貢献」で全てを量るなら、国・社会に貢献している人物は、人殺しでも何でもしていいという論理と同じかと存じます。実社会においては、「貢献」が免罪符になることはまぁ見えないところでやってくれたら、あると思うのですが、少なくともWikipediaではルールやコミュニティの意思の尊重の方が、優先されるだろうと私は思います。違いますか?少なくとも管理者はコミュニティの意思による権限の信託と考えていますので、その権限行使に管理者がコミュニティを無視されてはちょっと…はしごを外したくはなります。--背番号9 2008年4月29日 (火) 17:31 (UTC)[返信]
申し訳ないが1つのみ回答しても全く意味無いんではないですか。3つの問題点をすべて答えねば回答としてなりたたない質問だと思うのですが。数をこなしているから彼を保護しなければならないのであれば、Wikipediaの方針はなんの意味があるのでしょうか。管理者は荒らしのために方針を守らなくてもよいのでしょうかね。--はやたま 2008年4月29日 (火) 15:46 (UTC)[返信]
1つだけの回答でもありがたいです。「管理者負担が増えるというデメリットが大きい」という理由で解任に反対するという赤井さんのお考えについては理解しました。ただ、その前提としてLoniceraさんの発言や行動は是認できるのか?という疑問は改めて問いかけたいです。
もしLoniceraさんの管理者としての活動がほかのなにものにも変えられないというのでしたら、たしかにLoniceraさんには今までどおりの活動を続けていただくべきでしょう。しかしその場合、引き続きもめ事が増え続ける、心ある人は黙ってWikipediaから去ってしまう(または参加を控える)、Wikipediaが外部から「攻撃」される危険性が高まる、という3つの致命的な問題があることを私は懸念します。
また、(下でGokiさんが述べているように)Loniceraさんの活動が代替不可能なものであるとは私にはとても信じられないです。「管理者の負担」については別途議論すべき問題であるようにも考えはじめています。j8takagi 2008年4月29日 (火) 23:43 (UTC)[返信]
その数字はあまり意味のある数字ではないですよ。いつでも、誰にでもできることをたまたまやっているだけに過ぎないのですから。いなくなっても誰かが代わりにやるだけだと思います。(5分でやってることが24時間になったところで問題になる事例があれば示していただけると助かりますが。)--Goki 2008年4月29日 (火) 16:13 (UTC)[返信]
1.について。
管理者同士で相互監視がちゃんと行われていれば「是認されている」と考えてもいいようには思いますが、現実問題あんましそういう印象がないわけです。さすがに「自己関与案件での異議申し立てに対する却下終了宣言」については他管理者から異議が出てLonicera氏の終了宣言はひっくりかえりましたが、他にそういうケースはほとんど見当たりません。他管理者の「これはどうなんだろう」という判断についてもあんまし管理者同士の相互監視が機能しているような気はしないので、「他管理者からの異議申し立てがない=是認されている」という図式には同意できません。せいぜい「あえて喧嘩を売らなければならないと思うほどではない」という認識程度しか、おれには感じられません。それを「積極的に是認した」と受け止めるのは、他管理者にとって過酷でしょう(=^_^;=)。
おれとしては、このコメント依頼のさらにその先に、「管理者グループメンバー相互のコミュニケーションと相互協力・相互監視」みたいなものも視野に入れて考える必要があると思っています。
2.について
それはそれ、これはこれ。毒をもって毒を制すってのはありがちなことで否定はしませんが、制すために使う毒はそれ自体が制御されていなければならず、制すために使う毒が独走・暴走することは容認できません。
目下の問題は、「制すために使う毒を、誰も制御できていない」というあたりだと思います。「制すために使う毒」が「コミュニティの意思の範囲内」でのみ機能するといった自制があるならいいのですが、明確にコミュニティの意思に反して突っ走っていたら、やっぱそりゃ止めないとまずいんじゃないでしょうか、と。Loniceraさんご自身にも、「自分は、役に立っている部分があるかもしれないが、毒(害)でもあるのだ」ということを認識していただく必要があると思う。これはまぁ、Loniceraさんに限らず、管理者に限らず、ユーザひとりひとりが自覚しているべきことだとも思うのですが(おれに関して言えば、それはまあ自覚というか、前提ですわね(=^_^;=))。
3.について
それって、レトリックとして、「存続票を投じるんだったら、おまえが加筆するんだな」てのと同様の論理構成に基づく疑問であるような気がしました。
Lonicera氏がしばしば言うそういう論理構成ですが、そしてつい最近おれもLonicera氏から「そういった『潜在的に問題行為を行いかねない低年齢層』の啓蒙を十全に行っているとも思えないような方」とか断定されちゃったりしたのですが(苦笑)、おれはそれは違うだろうと思うんですよ(念のためだけども、おれはWP:KIDの起草者であり、その後の議事進行もある程度やってきました。その実績に対してこのような言い方をされる覚えはない、と思ってます)。
百歩譲って、まあ緊急対応策としてはLonicera方式はありだとしても、根本的な対応策としては、Lonicera方式はないです。根本的には、「いちいち相手をせずに、間違った使い方を封じられるような方法」が望ましいわけで。前述のLonicera氏によるおれに対する批判のような、「場当たりでもとりあえず目前の脅威に対抗することの方が優先される」といった方法論は、スパゲティプログラムを生み出す論理っていうか、ろくな未来につながらないんじゃないかという強烈な危機感を、おれは持っています。
緊急対応策を投入するのならば、せめてそれが緊急対応策にすぎないのだということくらいは、認識しててほしい。その認識がないらしいひとに緊急対応策をまかせてしまうことは、緊急対応策を取らずにその場その場での被害を容認することと比べても、さらに深刻な被害をもたらすのじゃないかなあと、おれは思うのです。
理想的には、Lonicera方式の排除と同時にパッチあてができればいいのですが、できなくても、現状このままを容認するのはまずいんじゃないかなあと、おれは思うのでありました。--Nekosuki600 2008年4月29日 (火) 18:13 (UTC)[返信]
とはいえ解任直後から明らかに管理者の負荷が増えるわけですよね。記事の発展を阻害させるような方には辞めて貰いたいが。パッチですか…。--Knua 2008年4月29日 (火) 22:58 (UTC)[返信]
増えるかどうかはやってみなければわかりません。上でも書いてますが「5分で行っていたことが24時間」もしくは2、3日もしくはそれ以上かかったところでどんな影響があるのでしょうか?これに答えられるユーザを私は見たことがありません。--Goki 2008年4月29日 (火) 23:17 (UTC)[返信]
管理者としての立場を明確にした上でこのような場で発言することはめったにないのですが、回答を試みるならば、次のとおりです。
  1. 様々でしょう。管理者にも様々な考えの方がおりますので一様に是認されている訳ではないでしょうとだけお答えしておきます。私自身の意見は下でまとめて出します。
  2. 建前論かもしれませんが、猫が好き♪さんとほぼ同意見です。制御の手法としての手続重視という点も同様です。ただLoniceraさんは周りが思っている以上にご自身の立ち位置というものを認識していらっしゃると思いますが。
  3. Gokiさんのご質問や1についての私見も含めてお答えしますが、猫が好き♪さんのおっしゃる「パッチ」がない限りLoniceraさんが管理者でなくなることによるデメリットの方が明らかに大きいとの赤井彗星さんのご意見と同じです。現状でも遅れがちな荒らし対応が、「5分で行っていたことが24時間」となれば不法行為状態や違法状態などが蓄積される一方となりかねません。対応に熱心な方が排除されると残された管理者の負担が極めて大きくなりますが、基本的に管理者はボランティアでWikipediaの業務を私生活や本業より優先させることは出来ませんので。
私の管理者立候補の理由の一つには、「一部の活発な管理者の負担が大きくなっており」、「一部管理者に対する批判」「なども、本を質せば管理者の不足状態が原因と考えて」いたことがあります。これを機会に、管理者に立候補して荒らし対策をしようと考える方々が増えることを望みます。--ろう(Law soma) D C 2008年4月30日 (水) 01:19 (UTC)[返信]
「Loniceraさんは周りが思っている以上にご自身の立ち位置というものを認識していらっしゃる」とのことですが、だとすればLoniceraさんの目的は何なのでしょうか?もしかしたら、暴言や恫喝でコミュニティを屈服させて自分の意のままにするようなことを考えておられるのだろうか、などということまでふと考えてしまいました。j8takagi 2008年5月1日 (木) 15:19 (UTC)[返信]
(蛇足ですが)私の憶測ですが、Loniceraさんは他者との軋轢を覚悟の上で、使命感を持って行動していると思います。それが必要以上の過剰なものかどうかについては、コメントを控えます。--ろう(Law soma) D C 2008年5月7日 (水) 06:40 (UTC)[返信]
えーと、それはなんかちょっと微妙なズレを感じるわけだが。
使命感はね、ま、あるんだろうと思うんだよ。ただ、Wikipediaにおいて「あからさまな使命感」って、基本的に迷惑にしかならないものなんじゃないかという印象が、おれにはあってね。
たとえば「わたしがこれを書かなければ」みたいな使命感を持って編集するやつを想起してみてくださいな。「わたしがこの間違いを正さなければ」でもいいや。使命感持ってがんばられたら迷惑にしかならないでしょ。
もしかすっと、このことは管理者も同じなんじゃないかと思うんだよな。もちろんある程度の使命感は必要だろう。だけどそれは、編集者も同じだ。
なんていうの。望まれているのは「淡々とした使命感」みたいなものなんじゃないかなあ、「ぎらぎらした使命感」じゃなくてさ。使命感をほとばしらせちゃったらその方向がどっち向いてても結局はトラブルにつながる、という要素はないかな。そんな観点からもちょっと考えてみてもらえるとありがたい。--Nekosuki600 2008年5月7日 (水) 12:24 (UTC)[返信]
保護依頼が出てるようなので一つだけ書きたいと思います。この使命感というのは理由にならないです。前にも私書きましたが、例えどんな良い投稿をしようと方針に反した行動を取ればブロックされるわけで、使命感があろうと無かろうと管理者としてふさわしくない行動を取ればそれなりの処置をされるのはあたりまえでしょう。故に使命感があるからといった理由で擁護して管理者として問題ないというのは理に反しています。--61.124.118.13 2008年5月7日 (水) 13:09 (UTC)[返信]
えっとね、猫が好き♪さんは了解しているみたいですが61.124.118.13さんには誤解があるようなので一言。私は上記意見(使命感云々)を以て擁護して問題ないなんて一言も言っておりません。j8takagiさんへの返答として立ち位置に関するLoniceraさんの目的について私の思うところを述べただけで。私の意見は上記及び表のとおりですので繰り返しませんが(ちゃんと読んでから返してくださいね)。--ろう(Law soma) D C 2008年5月8日 (木) 08:40 (UTC)[返信]
それはもうしわけなかったですね。ただ使命感というならば管理者だけでなくNekosuki600氏も十分より良くしていこうという使命感を持って活動しているように見えるのでね。都合よく使命感という言葉を管理者の立場で使っているように見えたのでね。まあ私の誤解かもしれませんが謝っておきます。--61.124.118.13 2008年5月8日 (木) 12:04 (UTC)[返信]
「いつか」は「だれか」がやらなきゃいけないわけで、1日10件対処してたものを2日で10件対処した場合、1ヵ月後には150件の積み残しが発生します。3日で10件対処した場合だと200件の積み残しが発生します。
削除依頼ひとつとってみても「影響が無い」とは言えない数値だと思うのです(特に対処を行う側にとってみれば)。
以下j8takagiさんへの回答。
対話拒否などといった行動や方針外の管理権限の行使は当然ですが、容認しません。
ですが、Wikipediaを運用する上で一定の作業コストは必要です。
たぶんNekosuki600さんのコメントが感覚として一番近いと思います。--赤井彗星 2008年4月30日 (水) 01:13 (UTC)[返信]
150件や200件の内容によるでしょうね。転載案件・プライバシー案件(私の考えるプライバシー案件に関してはおそらく皆さんが考えているものよりゆるいです。一般人のプライバシーについてはともかく、芸能人の本名とかについては、そんなに過敏になることかなという気はしています。少なくとも「最優先」ではないと思う。)は対処しないといけないでしょうが、Wikipedia:ウィキペディアは何でないかに該当するようなもの、特筆性の有無に関するようなものについては急いでやることもないでしょう。言い方は悪いですが管理権限を行使する人には「マッチポンプ」の要素もあることを認識してほしいと考えています。--Goki 2008年4月30日 (水) 01:18 (UTC)[返信]
もう一言付け加えると、転載案件についてもこれが転載案件であるという指摘さえあれば(もちろん嘘は困りますが)、依頼が出ている(=基本的には法的問題がない版まで戻されているはず)という時点で法的リスクは回避できていると考えています。ですので、転載案件についても「管理者」が急いで処理するものではないと思います。依頼なら誰でもできます。--Goki 2008年4月30日 (水) 01:23 (UTC)[返信]
赤井さんのご回答がよくわからなかったので教えてください。Loniceraさんの一連の行動や発言は、「対話拒否などといった行動や方針外の管理権限の行使」なのでしょうか?それとも「Wikipediaを運用する上で必要な一定の作業コスト」なのでしょうか?j8takagi 2008年5月1日 (木) 15:19 (UTC)[返信]
1・について
利用者‐会話:Lonicera#休みませんか?を一例として例示します。--Lime citrus soda 2008年4月30日 (水) 14:26 (UTC)[返信]

◆当時は反対票を投じましたので答えておきます。j8takagiさんのまとめと意見に沿ってお答えしている都合上、反論となっているところも多いですが、「反発」しているわけではないことをご理解ください。

  1. 「他の管理者」として書きます。ぼくとLoniceraさんの間で百科事典観・管理者観が相違する部分は少なからずありますし、好ましくない結果を引き起こしていると感じることもあります。是認というほどではないけれど、許容、というのもちょっと違うな。それなりに理解はできるから、状況によって票を投じたり議論に参加したりするとしても、受け入れられるかどうかはコミュニティに委ねている、というのが自分の感覚としては近いと思います。その前段階として、「一連の発言や行動」が、どれを指すのかというところが、しっかり示されていないと感じています。前回の解任投票の場合だと、指摘されている「一連の発言や行動」のなかで、是認できる部分や許容できる部分もかなりありました。そもそも「他の管理人から特にそのようなアクションがない,ということは管理人として氏の行動は是認」というロジックが成立するとは思っていませんし、したとしても、たかだか50人ちょっとの、権限持ちという共通性のある集団が是認しているからといって、コミュニティが是認する必要もないでしょう。「管理者同士で相互監視」というのは、あまり必要性を感じません。CUと異なり、管理者権限の行使はログや依頼ページなどで確認できますから、コミュニティによる監視を行っていただければと思います。管理者でなければ「監視」できないものというのは、ごく限られます。タグ貼りなしの即時削除くらいかな。
  2. 「相手に問題があるからといって、自身が問題になるような行動・発言をしていい」とは思いませんが、Loniceraさんの行動や発言が、すべて、相手の問題をさらに助長させるものではなく、そのような結果となることの理由は相手にもあるという面もあるでしょう。それも含めて「問題がある相手」だったりもする。敬意を払って接することで友好的な関係を得たとしても、ほんとうにウィキペディアの発展に寄与できるのか、その「発展」の意味合いも含めて、そのへんにLoniceraさんと(全体ではないとしても)コミュニティの間に相違があるのだと思います。Loniceraさんが厳しい発言をしたら、それを諌めたり、言われた人にフォローしたり、より丁寧に説明を加えたりすることは、誰にでもできることですから、そのような配慮を、それぞれがするということも必要なのではないかと(とはいえ、誰かに求めるというものでもないでしょう)。問題のある利用者に対して改善を求めるならば、いくらか厳しい言葉を寄せることは避けられないことでしょう。程度問題なので、その利用者への評価と、発せられた言葉の内容・表現を個別具体的に検討する必要があると思います。つまり、問題がある相手への発言であることを踏まえて、そのような相手に投じる言葉として、なお問題がある表現を使っているかどうかを考えなければならないのだと思います。
  3. 「惨状をさらに広げる役目をしている」のであれば、解任するなり、抑制すべく意見を述べるなりすればよいですし、管理者となり対処を引き受けるとか、対案を提出するとか、あるいは削除案件では事前の合意などを試みたり加筆したりすることで、保護関係でも事前の対話で、管理者権限を用いずに解決できるものも少なくないと思います。j8takagi さんやNekosuki600さんが普段から権限を要しない部分で貢献されているという部分は認識していますが、他の管理者が負担増を処理できるものであり、できるものであることを前提とされることには抵抗があります。Gokiさんの御意見については、多くの案件は緊急性がないという点については、その通りだと思います。しかし、それは状況によっては放置してもやむをえないということに過ぎないと思います。以下で節として分離されているところとも関りますが、明日それをやるのは誰なのか、現行の緊急削除は既にありますけれどそれではダメなのか、1.と2.の区別を誰がどうやってやるのか、その負担はどうなるのか、といった部分で、さらに検討する必要があると感じます(今する必要はないと思います)。なお、プライバシーの扱いは、依頼の場への参加や方針・ガイドラインとして提案するなどというかたちで、慣習としてでも文書としてでも成立させていただければ、管理者としては対処すべき量が減るということで助かります。「法的リスクは回避」については法的根拠がよくわかりません。なお、Loniceraさんが解任され、結果として、荒らしが跋扈し、長期案件が積み残されていくとしても、そういうものとして受け入れるしかないのであって、解任賛同者に何か義務が発生するとは思っていません。ぼく個人としては、解任後の管理者の負担は解任への反対を投じる上で考慮していません。--Ks aka 98 2008年4月30日 (水) 18:21 (UTC)[返信]
◆まず、「一連の発言や行動」については、今回Nekosuki600さんが列挙してくださった部分を指します。私はこの中でも特に「削除に反対投票をしたユーザへの恫喝行為」「各種依頼の終了における暴言」、関連して「対話拒否」が特に重大な問題だと考えています。次の2つの質問へご回答いただければ、私の疑問への具体的な回答になるかもしれません。「Loniceraさんの発言は、(Nekosuki600さんがまとめているように)恫喝や暴言ではないのか?」「もし、恫喝や暴言だとしたら、それは許されるべきだろうか?」
「コミュニティに委ねている」というのは、私には理解しかねます。Ks aka 98さんのように精力的な活動をしているユーザーは、良くも悪くもコミュニティに大きな影響を与えているわけで、いわばコミュニティの意思を作り上げていく立場にあると私は思っています。そのことを無視して「コミュニティに委ねる」というべきではないと思うわけです。せっかくご発言いただいているのだから、Ks aka 98さん自身が「Loniceraさんの一連の発言や行動」についてどのように考えているのか示していただければ、と願っています。
(余談になるかもしれませんが、コミュニティということに関していえば、健全なコミュニティを維持するには、自由に発言できる雰囲気や、少数意見も尊重する(迫害しない)という了解が必要です。こうした健全なコミュニティ維持を重視するという面からも、Loniceraさんの一連の行動は問題視すべきだと私は考えます。)
「Loniceraさんが厳しい発言をしたら、それを諌めたり、言われた人にフォローしたり、より丁寧に説明を加えたりすることは、誰にでもできることですから、そのような配慮を、それぞれがするということも必要」の部分について、「対話拒否する人にどう諫めるのだろう?」というのがまず大きな疑問です。フォローについては、確かにもっともですが・・・「誰にでもできる」作業だとは私には思えません。「過ちを犯したユーザー」に接するのだけでもたいへんなのに、「過ちを犯した上に、恫喝や暴言とも思えるような厳しい言葉を投げかけられたユーザー」に接するのはなおたいへんでしょう。そうした困難を引き受けてちゃんと作業してくれるような方がいるのなら、別の形でウィキペディアに貢献していただくべきだと考えます。j8takagi 2008年5月1日 (木) 15:19 (UTC)[返信]
んーと。自分にとって大事な部分と、そうではない部分があります。時間や、自分の持っている知識にも拠りますが、大事な部分は説得に近い気持ちで関与するでしょうし、そうでない部分は関与しなかったり、意見だけ述べて後は委ねたりします。理念的な理想と現実的な理想は違うし、理解できる範囲と受け入れられる範囲と、それから自分なりの落としどころみたいなもの、いろいろあるわけで。
表で書くか書くまいか、どう書くべきかと迷っているところなので、十分な説明ではないかもしれませんが「Loniceraさんの発言は、(Nekosuki600さんがまとめているように)恫喝や暴言ではないのか?」というと、みんなが思っているほどは恫喝や暴言とは思っていないのだろう、と。「もし、恫喝や暴言だとしたら、それは許されるべきだろうか?」というと、自分に言われているなら「恫喝や暴言」であることは許しますけれど、内容に関しては反論するかもしれません。ぼくは、誰であれ、発言のなかの「恫喝や暴言」の部分は捨て去って、その内容を受け取って玩味したいと思いますし、みんなも怒らずにそうすればいいのにと思っている部分がありますから、表現に関しては比較的寛容なのでしょう。そこの感覚的なところは、いくらぼくが許すと言ったところで、コミュニティとしては受け入れられないところもあるでしょうし、プロジェクトの運用として、ぼくの観点に従うことが最善とも思いません。ただ、発言の対象は誰か、恫喝や暴言と受け取っているのは誰か、といったこと、それを踏まえて、ではどの発言が許しがたい恫喝や暴言か、ということは、自分でも考えますし、感情を排したところで理解してもらえるよう努めることとなるでしょうが、それは意見のひとつに過ぎないという意味で、コミュニティに委ねるということになります。ぼくの意見に説得力があれば、影響を及ぼすでしょうし、そうでなければ、ぼくの信頼が落ちる、と。
ぼく自身が「Loniceraさんの一連の発言や行動」についてどう思っているかというと、まあ、いろいろです。それは書くならば表に書くことになるでしょう。過去のコメント依頼にしてもNekosuki600さんが列挙したものも(水準に違いはあるとしても)、「一連」とされていることに違和感を持っていて、それは単に問題ない対処も多いということではなくて、問題あるとされている発言や行動も、もう少し整理してほしいというか、積極的に批判する側で、適切ではない批判を退けておいてほしいなというか、そんなことを思いながら眺めています。前回の、解任へとつながったコメント依頼だと、どのあたりがそんなに問題と受け取られたかというのは、逆に教えてほしいところだったりもします。
対話拒否している人でも、話しかけることはできますから、諌めることもできます。「誰にでも」というのは、難しさはあると思いますが、その困難を引き受けようとすることは誰にでもできます。接するのだけでもたいへんな「過ちを犯したユーザー」に、厳しい表現とはいえ、また適切ではないこともあるかもしれませんが、過ちを認識させ、対処の方法を伝えようとする試みをLoniceraさんはしているのですね。誰かが声をかけなければ、「過ちを犯したユーザー」は、その行いを自ら改めるしかない、さもなければ過ちを繰り返すということになります。ぼくは、冷酷であり無責任であるということを引き受けた上で、たいして声をかけないということを選択しています。Loniceraさんやらっこさんは、その「たいへん」なことを引き受けています。引き受けてくれていること自体を、批判はできないと思います。声をかけるほうがいいと考えるなら、「作業してくれる方」という「誰か」が、ではなくて、「自分が」(j8takagiさんだけを指しているわけではない)、Loniceraさんよりも早く「過ちを犯したユーザー」に優しい声をかけるとか、「過ちを犯した上に、恫喝や暴言とも思えるような厳しい言葉を投げかけられたユーザー」に接するという困難を引き受けてちゃんと作業すればいい。もうひとつ、過ちを指摘する上で適切な表現をするよう、「恫喝や暴言」と「まともな指摘」の区別をして、諌めることもできるはずです。それが、このコメント依頼の最終的な到達点となればいいなあと思っていますけれど。お前がやるな、じゃなくて。--Ks aka 98 2008年5月1日 (木) 17:41 (UTC)[返信]
◆えーと。今回は2のところにのみレスを返します。
しょーじき、最初に読んだときには何を言われているのかよくわかんなかったんです。その後、J8takagi さんによる Ks aka 98 さんへのレス(2008年5月1日 (木) 15:19 (UTC))を見て、ようやくその齟齬がわかった。
どういえばいいんだろうか(話はかなり複雑だ)。いったい何をもってWikipediaへの寄与と考えるべきなのだろうかみたいな話。
いちばん大事な判断基準は最後に言います。
参加していただければプラスになる潜在的能力があるユーザに対して、不必要にキツいことを言わず、今後も参加し続けていただける道を残しながら対応するというのは、大切です。参加していただいても当面マイナスにしかならないだろう水準以下のユーザに対して、不必要にキツいことを言って逆上させ粘着されちゃわないように留意して対応するというのは、大切です。そして、誰が「プラスになり得る潜在能力を持っているユーザ」であり誰が「当面マイナスにしかならないだろう水準以下のユーザ」なのかを見極める眼力は、なによりも大切です。
その点で、Loniceraさんには、重大な問題があるような気がする。まず、眼力にだいぶ問題があるような気がする。おれの観点では「それなりに上手に誘導すれば戦力になる可能性が否定できないユーザ」を「水準以下」と誤認することが多いような気がする。その上で、「水準以下と判断したユーザ」に対しての罵倒が苛烈であり、いらん粘着を引き起こしているのではないだろうかという気がする。
ここにも「性急」というキーワードが出てくるのかもしれません。相手が、じっくり時間をかけて対応すべき相手なのか、水準以下なのか、それがわからない間はダブルスタンバイをかけておくべきでしょう。そのダブルスタンバイをかけずに、性急に「水準以下」と断定しているのではないだろうか。さらに、もしも相手が「じっくり時間をかけて対応すべき相手」だったというのがわかったときに、Loniceraさんは、じっくり時間をかけて対応するノウハウ・実力を、そもそも持っているのだろうか(持っていないのなら、最初から手を出すべきではないと、おれは思うんです。両方やれてこそ、はじめて判断し使い分けが成立するのでして)。
厳しい言葉を機械的に繰り返すような注意をするという選択肢は、もともとないと思うんですよね。ま、実社会でも厳罰主義を主張する短絡的なひとは少なくないんで素人考えとしては一般的なものかもしれませんが、それはあくまで素人考えなんです。必要なのは、臨機応変に的確な判断をする能力であり、的確な判断に従って適切な対応ができるだけの実力である、と。おれはそんなふうに思うんです。
厳罰主義がもたらしてきたものは、結果として「抜け道を探すことに汲々とするような社会のありかた」です。たとえばアメリカ合衆国における禁酒法あたりを想起されよ。Wikipediaは、そしてネットワーク社会は、戸籍すらろくに整備されていない中世あたりを想定して施策を考えるべき状況なんじゃないかと思ってます(だからって戸籍を整備すりゃいいってもんではありません。念のため)。そのような状況の中でどういう施策が望ましいのか、いちばん効果的なのか、そういうアプローチを考えるべきなのじゃないでしょうか。--Nekosuki600 2008年5月1日 (木) 16:00 (UTC)[返信]
んーと、「戦力」の評価や誘導にかかる労力の評価や現状の人的資源といったところも含むのでしょうけれど、その水準の測り方が、LoniceraさんとNekosuki600さんの間で相違があることは認識しています。同じということもそうそうないのだろうと思いますけれど。今のところ、明らかに一方が正しく一方が誤りであるという判断はしていない、と受け取っていただければと思います。ケミカルなドラッグならば抜け道を探すなという話ですし、禁酒法時代の酒は旨いです。Loniceraさんが「それなりに上手に誘導すべき」なのか「水準以下」なのか、とか、「厳しい言葉を機械的に繰り返すような注意をするという選択肢」がほんとうにないのか、というところも、そんなに単純には結論は出せないんじゃないか、と。--Ks aka 98 2008年5月1日 (木) 17:41 (UTC)[返信]
「厳しい言葉を機械的に繰り返すような注意をするという選択肢」はあるでしょう。ただし使うところを間違っているという印象です。(こんなこと私に言われたらはっきりいって「終わり」ですよ)--Goki 2008年5月2日 (金) 01:53 (UTC)[返信]
◆えー。おふたかたに(念のためだが Ks aka 98 さんと Goki さんへだ)。
「厳しい言葉を繰り出して注意をする選択肢」てのは、あると思いますよ。しかし「厳しい言葉を機械的に繰り返して注意をする選択肢」てのは、ないんじゃないでしょうか。機械的に繰り出したら、そら使うところを間違うことがあるでしょう。言葉が厳しければ厳しいほど、機械的にではなく適切であるかどうかのチェックが重要になるはずで。
機械的にやってるって段階でもう、適切な対処を考えてないってことになってしまうと、おれは思います。--Nekosuki600 2008年5月2日 (金) 03:14 (UTC)[返信]
確かに使うところを取捨選択した時点で機械的じゃありませんね。失礼しました。--Goki 2008年5月2日 (金) 04:27 (UTC)[返信]
それはフィルタリングの時期と精度の問題と表現の問題じゃないかな。Loniceraさんが、たとえば、TomosさんやTantalさんに、今回指摘されているような言葉を用いているところは見たことがないですから、対象を無差別に選んでいるわけではないでしょう。機械的にというのは、どちらかというと「画一的な表現で」というような意味で受け取っていました。--Ks aka 98 2008年5月2日 (金) 11:49 (UTC)[返信]
一見わかりやすそうに見えますが、Tomos氏やTantal氏のような(いい意味で)極端な例を持ち出すのは意味があるとも思えません。議論の対象にならないから。毒をもって毒を制するやり方は、周りがどうしようもない毒ばかりの場合や、手に負えなくて多少の被害はやむをえない状況になった場合の最終手段としてとる場合(※)のはいいのですが、個別のログを見るとそんな状況とも思えないのですよ。せめて、ワンクッション置けと。(※の場合でも、自業自得の場合は何らかの責任をとってしかるべきです。)--Goki 2008年5月2日 (金) 12:11 (UTC)[返信]
◆この枝、これ以上引っ張るのやめませんか(かなりうんざり)。現実問題、森羅万象に対して全て機械的に同じように対応するなんてことができるわけはないんでありまして、どこかでなんらかの選別がなされるのは当然です。「機械的」という言葉にどういう意味を与えるのかみたいなメタな概念をめぐる議論をして何か先に進めるのかってゆーと、それはないと思うんだわ。
そういうの、議論妨害に近いと思うんだよね。Ks aka 98 さんが議論妨害をしてまでLonicera氏の弁護をしなくちゃいけない理由をもっているとは思わないのだが(あ。なくもないかも・・・)、そのくらい邪推したくなるような展開であるとは思うのであります。なお、「無差別」ではないかもしれませんが、「無意識的に」「深く考えることなく」選別している、という可能性は少なからずあるのじゃないだろうかと。
なお、続けることに意味があるならば、上記感想は撤回しておつきあいするにやぶさかではありません。ただその場合、「続けることには、ちゃんと意味がある」てのを先に説明してほしいんだった。--Nekosuki600 2008年5月2日 (金) 14:19 (UTC) --Nekosuki600 2008年5月2日 (金) 14:22 (UTC)(加筆)[返信]
念のため。打ち切るべしってのは「Ks aka 98 2008年5月1日 (木) 17:41 (UTC)」の「『厳しい言葉を機械的に繰り返すような注意をするという選択肢』がほんとうにないのか」以降の流れです。えーと、ないよそんな選択肢はってことで。その「機械的」という言葉の意味から合意形成をするという手もありますが、それをやる必要がありますかねえ。おれは、ないと思うんだ(あ、にちゃんで、なんで止めたのかがよくわかんなかったらしいレスがあったものだから、補足説明をしてみました)。--Nekosuki600 2008年5月2日 (金) 14:39 (UTC)[返信]
齟齬を解消することが議論妨害であるとは思いませんし、とりたてて弁護をしているつもりはないということは申し上げますが、瑣事ではありますので、止めるのは構いませんよ。この場でのNekosuki600さんへの返事としては、2008年5月1日 (木) 17:41 (UTC)の「今のところ、明らかに一方が正しく一方が誤りであるという判断はしていない、と受け取っていただければ」で、ほぼ完結しています。一連のコメントは、j8takagiさんの求めによるもので、ぼくが答えることが、もし有益なのであれば、ということで書いているものですので、上のセクションは必要とあれば継続しますけれど。--Ks aka 98 2008年5月2日 (金) 16:11 (UTC)[返信]

別ページにまとめ直しましょうかね?[編集]

前回の解任反対意見についての議論が提案時に予想していたよりもだいぶ長くなってしまいました。この部分は「Wikipedia:コメント依頼/Lonicera 20080423/前回の解任反対意見について 」あたりにまとめ直す方がよいかも、と考えています。ご意見があればお願いします。
また、3.については今後議論すべきであり、今は1.と2.を中心に議論すべきなのかな、という気もしてきています。j8takagi 2008年5月1日 (木) 15:19 (UTC)[返信]

だいぶ長くはなっているのですが、適当に章立てでもしようかと思わなかったわけでもないのですが、ちょっと考えたのだがむずかしい感じで。まあこのまま行くということでいいんじゃないでしょうか。--Nekosuki600 2008年5月2日 (金) 03:14 (UTC)[返信]
了解です。別ページへまとめ直す提案は取り下げます。j8takagi 2008年5月2日 (金) 14:13 (UTC)[返信]

プライバシー侵害について[編集]

完全にオフトピックなので、ノートに書いておきます。Wikipedia:コメント依頼/Lonicera 20080423で、ろう(Law soma)さんは次のように投稿されました:

style="width:ろう(Law soma);vertical-align:top;color:#B2B7F2;font-size:35px;font-family:'Times New Roman',serif;font-weight:bold;text-align:left;padding:10px 10px;" | 「 最近ほかの場所でも書きましたが、「プライバシー侵害」や「著作権侵害」を「深刻」ではないと捉える方というのは、遵法意識が低いのではないでしょうか?Wikipediaの各種方針の中には、よく読み込まないと分かりにくいものも多く複雑な構成になっていますので、方針への無理解が即悪意のある荒らしとは言い切れないことは確かですが、日本の法律で違法としている行為に関しての無理解から違法との認識がないまま犯罪を犯した者への対処は厳正であるべきだと思います。 style="width:ろう(Law soma);vertical-align:bottom;color:#B2B7F2;font-size:36px;font-family:'Times New Roman',serif;font-weight:bold;text-align:right;padding:10px 10px;" | 」

これはかなりミスリーディングであると思います。私が知らないだけかもしれませんが、ウィキペディアに一般利用者がプライバシー情報を投稿しただけで、犯罪が成立する法律はないものと思います。プライバシー侵害とは微妙に異なる理由、つまり名誉毀損で罰せられることはありますが(なお、前記の「投稿しただけ」というのは、事の軽重ではなく、たんに事実の限定を意味しています)。
もっとも、民事上の不法行為にあたる場合はあり、それを見過ごすことも遵法精神に悖るといって良いかもしれませんし、論旨に反対するわけではありません。--Mizusumashi 2008年4月29日 (火) 16:57 (UTC)[返信]

ご指摘ありがとうございます。これは確かに言葉が足りませんでしたね。私の発言の趣旨としては通例緊急対処されることが多いプライバシーの侵害よりも著作権侵害の方を軽視される方が多いことを憂慮したものです。プライバシー侵害はおっしゃるとおり不法行為にあたる可能性が高い行為ですが、著作権侵害は罰則もある明確な犯罪ですのでこのように書きました。しかしながら、おっしゃるとおり両者を一緒くたにして犯罪と書いている文章であり、ここに訂正しますとともに、表も直しておきます。--ろう(Law soma) D C 2008年4月30日 (水) 00:19 (UTC)[返信]
コメント依頼の話題から脱線すると思われるのでこちらに書かせていただきます。
まず、『「プライバシー侵害」や「著作権侵害」を「深刻」ではないと捉える方というのは、遵法意識が低いのではないでしょうか?』とのことですが、「深刻ではない」というのは、「保護しないとその問題を阻止できないわけではない」という意味で発言したものであり、それぞれの行為の重大性について発言したものではありませんので、「プライバシー侵害」や「著作権侵害」そのものを「深刻ではない」と発言したわけではありません。
また、『日本の法律で違法としている行為に関しての無理解から違法との認識がないまま犯罪を犯した者への対処は厳正であるべきだと思います。』とのことですが、これは著作権侵害の投稿をした「人」への対処が厳正であるべきということでしょうか?もしそうならば失礼ですが「記事」に対して半保護することを支持する理由になっていないのではないかと思います。--新幹線 2008年5月1日 (木) 12:09 (UTC)[返信]
新幹線さんのご意見は(Gokiさんのご意見と同様)了解しました。なお、対処は「人」に(勿論初回の説諭は奨励されるべき)ですが、私の理屈としては「深刻な荒らし」であれば保護「できる」というものです。その「深刻さ」加減が人により違うというだけのことでしょう。なお、ログインアカウントや投稿履歴が継続して見られるIPユーザには対話を試みることもできますが、動的IPユーザのように対話が成立しにくい方々による荒らしの場合には半保護も必要だと考えます。--ろう(Law soma) D C 2008年5月7日 (水) 03:24 (UTC)[返信]
議論中にちょうど同じ事例がありましたんで、Wikipedia:保護解除依頼を出してみました。以降はこちらへ。--Knua 2008年5月1日 (木) 12:42 (UTC)[返信]

管理者として行わなければならないこと[編集]

この話題も独立させた方がいいと思うので別に節を切ります。

150件、200件という数字が出ていますが、

  1. 今すぐに管理者が手を打たないといけないもの(目安としては12時間から24時間以内)
  2. いつか誰かがやればよいようなもの

を分けて考えないとだめだと思っています。

Lonicera氏の削除処理・保護の処理は、私はほとんど1.には該当しないと思っています。数字を出す方は1.の要素がどれくらいあるか具体的に例示していただきたく存じます。1.に該当する案件が100のオーダーであるのであればパッチ適用の必要があると思いますが、数件から10件程度なら他の人でもできるでしょう。明日できることは明日やればいいのです。今しかできないことは何なのか考えましょう。--Goki 2008年4月30日 (水) 01:47 (UTC)[返信]

Lonicera氏が1週間の自己ブロック(個人的には非常に問題だと感じますが、それはさておき)した際に削除依頼あたりが著しく停滞したかと言えば、そうではないように感じますね。--Baldanders 2008年4月30日 (水) 03:52 (UTC)[返信]
私が最初に言ってるのは、運用に対するランニングコストが足りなくなるので反対という話なので、「いつでもいい」は解決になってません。ひとりひとりの作業量を増やすか、作業人数を増やすか、総作業量(依頼件数)を減らすかでしか解決できない問題だと思います。
てな話はまあいいんですけど、最初に数字を出したので、緊急案件についても見てみました。2008年3月の緊急削除案件は54件あり、うちLoniceraさん対処のものは21件でした(著作権侵害の案件、管理者裁量での緊急対処案件含まず)。
個人的感情ですいませんが、「他の人でもできるだろうからこれから仕事増えるけどやっといてね。俺はやらないけど」と言われてどう思いますか? 私の心が狭いと言われればそれまでなんですけどね・・・--赤井彗星 2008年4月30日 (水) 04:01 (UTC)[返信]
どうなんでしょうねえ。
その1。
ハタラキアリの原理だったかミツバチの原理だったか、「働いているのは一部で残りは怠けている。しかし働く個体をはずすと、それまで怠けてた個体が働くようになる」というやつがありますわね。案外、なんとかなっちゃうんじゃないかという気がしますが。
その2。
んじゃLonicera氏着任前はどうだったのか。まあ積み残しが減ってるということは言えているのかもしれませんが、まあ着任前もなんとかなっていたような気がしますが。
その3。
これまで幾たびか「こいつがいなくなったら困るのではないか」という話が出ていたひとがいました。Suisui氏もそうだしAphaia氏もそうだ。いなくなったら困ったかというと、困った結果になったひとって思い浮かばない。やっぱり、なんとかなっちゃうのじゃないかという気がしますが。
そーれかーらさー。
これ別の切り口から表にも書いておくけどさ、「他の人でもできるだろうからこれから仕事増えるけどやっといてね。俺はやらないけど」と言われたらまあキモチがよくはないだろうと思うんだよ。しかしな、役割分担は違うのだがやることやってるつもりの者としては、あなたのお仲間の管理者から「おまえなんかなにもやってねーじゃんかよ」と言われ続けてきたことに、立腹してるんだよね。そうですか「Wikipedia:自著作物の持ち込み」も「Wikipedia:児童・生徒の方々へ」も役に立ってはいませんか。じゃ、おれに出来ることはもうほとんど残っていませんわ、けっ、みたいなもん。
あなたがそういう言い方でLonicera氏の続投を願うのならば、管理者グループの中であいつを羽交い絞めにしてでも、あいつのああいう言い方をやめさせ、黙らせてはくれないかね。ついでに、おかしな権限行使とかを見張って、見つけ次第戻しておくとかいう手間をかけてはくれないかね。
ま、確かに「他の人でもできるだろうからこれから仕事増えるけどやっといてね。俺はやらないけど」と言われたら、キモチ悪いだろうと思う。だけどそれはそちらの都合だと思うんですよね。管理者権限を持たない別ユニットとしてそれなりに着実に活動してきた組の者としては、ああいうのが管理者として偉そうな口をきき他者の努力を踏みにじり続けてきたことが、とってもキモチ悪い。少なくとも現状、異なるチーム間で互いの努力を尊重し敬意を払いあえるような状況は、ないと思うんですよ。おれは、この状況が続くんだったら、こっち側の都合でものごと考えようと思うの。
なんてーか、「管理者組」とか「一般ユーザ組」とか「文書整備組」とかいう妙なセクト主義を持ち込んでもあまり利益があるとは思えないし、それぞれが出来る範囲で自分の持ち場を守りつつより良いWikipediaを目指せばいいんだとおれは思うんだが、そういう未来をブチコワしているのは誰なのかを、ちょっと考えてみてはもらえないものだろうか。んで、とりあえずその「管理者側の都合」みたいなものを主張することの是非について、再度の熟慮を期待したいと思いますです、はい。--Nekosuki600 2008年4月30日 (水) 09:20 (UTC)[返信]
「他の人でもできるだろうからこれから仕事増えるけどやっといてね。俺はやらないけど」
「私はやらない」は書いていません。ま、やりたくてもやれないわけですが。(コメント依頼が出されているユーザが管理者に立候補して誰が賛成するのかな?)--Goki 2008年4月30日 (水) 13:22 (UTC)[返信]

ちょっと横から失礼します。すこし気になったので書かせていただきます。Lonicera氏が管理者として貢献しているので管理者として罷免しなくてもいいという論理はおかしい気がします。一般のユーザーの方で例えこの百科事典に記事の作成という観点に於いてどんなに立派な投稿を行ったものでも、他者に対して暴言や対話拒否、3Rといった理由でブロックされるという事は当然あるわけですよね。だから私的にはこの論理はなんかおかしいような気がします。そしてこの論理が通るなら一般ユーザーに対して示しがつかないような気がします。--61.124.118.13 2008年4月30日 (水) 11:40 (UTC)[返信]

どこに書けば良いのか分かりませんが、ここにぶら下げます。
Loniceraさんが管理者から解任されると他の管理者の負担が増えるというのならば、非ログインアカウントの投稿を禁止してしまっても良いと思います。逆に言えば、それだけの過激な手段を選択するよりも、Loniceraさんの管理者権限行使のほうが問題だと私は思っています。被疑者を殴ってしまう警察官も必要悪だという議論は全く理解できなくもないですが(賛成はできませんが)、法廷で証人や被告人・弁護人を殴る裁判長は不要です。--Mizusumashi 2008年4月30日 (水) 12:44 (UTC)[返信]
あ~、なんだ、え~と・・・。
赤井彗星さんの「手不足になるから解任には反対(大意)」説におれは同意しかねるものを感じていますがそれはとにかくとして、そういうのはもうちょっと待って解任投票の是非を論じるフェイズになってからやればいいんじゃないかということもまあとにかくとして、現状で「手不足対策としての施策案」まで行くのはちょっとフライングじゃないかなーと思います。それは、解任が具体的な未来として見えてきてからでいいと思う(もっともそれ以前に、「Lonicera氏に問題があるかどうか」という命題で議論をしているときに「管理者を解任されたら困る」みたいな話を出してくる赤井彗星さんの感覚が、おれにはよくわからないのですが)。
ま、焦って話を進める必要はないと思う。じっくりいきましょうや。--Nekosuki600 2008年4月30日 (水) 13:20 (UTC)[返信]
ごめんなさいです。--Mizusumashi 2008年4月30日 (水) 13:27 (UTC)[返信]
Nekosuki600さんのご意向は理解しました。今回のコメント依頼とは異なる内容の話題ですので、今後の展開を様子見させていただきたいと思います。どうもお騒がせいたしました。--赤井彗星 2008年4月30日 (水) 14:11 (UTC)[返信]
了解です。赤井彗星さんも私も問2に関しては書いたとおりですので、以降はゆっくり拝見します。--ろう(Law soma) D C 2008年5月1日 (木) 01:53 (UTC)[返信]
Lonicera氏は傍観者も殴ってると思う。--Goki 2008年4月30日 (水) 13:22 (UTC)[返信]

表ページより移動[編集]

移動 (1)[編集]

表ページからの移動です。

<移動・ここから>

====ソックパペットの可能性====

利用者:Lonicera会話 / 投稿記録 / 記録利用者:ちゃたま会話 / 投稿記録 / 記録利用者:はるひ会話 / 投稿記録 / 記録は、ノートページにおいて、時間差で同一人物を叩くなど、ソックパペットの可能性があります。CUの必要性を検討すべきと考えます。--品川商事 2008年5月1日 (木) 13:01 (UTC)[返信]

<移動・ここまで>

正直、移動する意味があるとは思わないのですが、単に消すだけだとこれを書いた者がますます信じこむ方向にいっちゃいそうで、それはいやだなあと思ったものですから。言うまでもないと思うんですけれども、Lonicera氏とちゃたま氏とはるひ氏はかなりキャラが異なり、活動範囲もいろいろ違いますから、ここらへんをソックパペットと認識するのはムチャでしょう。そういえばちゃたまんてばおれのソックパペットだったんじゃなかったっけ? というと、えーとなに、「Lonicera=ちゃたま=Nekosuki600=はるひ」ってことになるのか。んー。ほっといても宇宙の真ん中でやかんが沸騰するのと同じくらいの確率で真実らしい説ではあるかもしれません。--Nekosuki600 2008年5月1日 (木) 13:46 (UTC)[返信]

あ、ただ。「目的外利用: 嫌がらせ・荒らし目的」という理由でソックパペット説提出者が無期限でブロックされていますが、そうじゃなくて「敵対的なやつは全部同じ人」というありがちな誤解を抱えたユーザさんなのではないだろーかと思います。悪意があるわけじゃないと思うんだよねえ(だから解除してやれとか言うつもりは全然ない)。ご検討よろ>はるひさん --Nekosuki600 2008年5月1日 (木) 13:52 (UTC)[返信]

移動 (2)[編集]

表ページからの移動です。

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今回、Nekosuki600さんがまとめられた資料は非常に網羅的なものであり、ご苦労様でしたと申し上げます。さてこのコメント依頼で列挙された要素はそれでも一部であり、それに先立つ事案、批判コメントはWikipedia:管理者への立候補/Lonicera 20070411にまで遡れるものであり、それは各種参考リンクにまとめられている繰り返し提出されているコメント依頼群、解任依頼群のなかに大量に存在します。

すでにLoniceraさんの問題点、管理者の適性のなさについての整理、それぞれの論点の精査は十分出尽くしているし、いまさら私が繰り返す利益もないと考えますので、ここで別の切り口を提示します。

まずLoniceraさんが管理者に立候補した段階で個人的にはまずいだろうなと考えていました。理由はこれまで大勢の利用者が述べているとおりです。しかし、その時点においては、それでも擁護の意見が出、信任され管理者になりました。管理者になった後もコメント依頼、解任依頼においても擁護意見が出、現状維持され現在まで至ります。

ただ、上のKs aka 98さんのコメントの一部「Loniceraさんへのお願い」に見られるように、その擁護意見のほぼすべてには一定の留保がついています。これこれこういう問題があるのは事実だとおもうので改善してほしい、その上で期待しているなどなど。

要するにこういう管理者資格の適不適は(ブロックも含める「人事決定」は全部そうでしょうか)、程度問題です。あいまいでとても主観的、また思想的。

さて、この点ずっと経緯をみていると、Loniceraさんが下すブロック裁量、また他のブロック案件への賛否表明はきわめて強硬で容赦のない姿勢である事実と対照的に、ことLoniceraさん本人に対するコミュニティによる是非はとても抑制的で寛容であったと判断せざるを得ません。

では、抑制的ではあったが、それは理性的だったか?たぶん違うと思います。程度問題で主観、思想的であるがために、Lonicera氏がおこなう対アラシの姿勢、削除、保護の背景に根本的にある思想、態度に共鳴するが故に、「問題はあるのは百も承知だ、だが許す、これから改善してくれるかもしれないし!」ずっとこの調子でLoniceraさんはコミュニティから許容されてきました。

じゃあ、実際信任投票当時から、モノイイがついていて、改善要望の条件付信任コメントが多く、度重なるコメント依頼解任依頼が繰り返してきて、果たしてその要望は考慮された形跡があるか?ないと思います。まったく改善の形跡は見られない。あるという方は明示していただければ参考になりますが、ない。これは個別の問題点の精査をする以前に誰がみても明らかなポイントであって、おそらく今後もこのままだらだら改善されることもなく、逆にそういう擁護意見がいつまでもつき、許容されているという事実こそが自信みたいなのを与えてしまい改善を後押ししないということがあるんだろうと考えています。

これだけコミュニティが大きくなってきて本当に管理者に必要だと思うのは、いちいち君はGAKIだからと罵倒しながら攻撃的な管理行為もどきをする人材ではなくて、最低限の裁量でたんたんとコミュニティに判断を投げてそのスイッチを押していく、職人技、ましては背景の思想などまったく必要ない管理方法だと思います。

コミュニティ規模が大きくなると、人智、個人に依存する為政プロセスは結果的にろくなことにはならず、長期的には弊害が大きくなります。擁護している利用者さんたちは、短期的な視点、いきあたりばったりの暫定的な許容ではなく、もう少しこの辺の構造的な問題、弊害についてもうちょっと思慮していただければな、とお願いしたい。いつまでもLonicera管理者タイプ許容的コミュニティをだらだら維持しても益などない、と思うのですが、やはり許容してしまうのは理性でなく単なる思想的共感、感情論が表に出てしまっているのだろうなと推察します。

名前を出して恐縮だが、典型的だなあ、と思ったのは、信任投票時の以下のコメント。 Centaurus 2007年4月18日 (水) 01:40 (UTC) - かねてから芸風のファンでした。種々の判断については揺れもなく適確だったと思います。ご指摘のあるとおり、言葉遣いについては管理者としてどう変えていくのか、見てみたいと思いますし、その芸風をいかに昇華していくか見守っています。

繰り返しますが、こういう感情的な擁護コメントは典型的で、言葉遣いという代表的な問題点について言及し、自身のコメントについて正当化し、次に将来の可能性の余白をもってその問題点を棚上げ、留保してしまい、「裁量判断」は自分の思想と共鳴するので的確と断言し、実際「芸風のファン」であると感情論のみで信任しています。ここでLoniceraさんの芸風とはそういう問題点と指摘される言葉遣いに他ならず、それのファンであるということは、肯定してしまっているわけで、結局コメントの整合性も何もないものです。

Centaurusさんの信任賛成コメントは典型的なものでもっとも悪例であるといっても良いですが、Lonicera擁護でたちまわっている利用者のコメントのほとんどは多かれ少なかれ彼と同じような論法を使用しています。ちょっと問題点があるが、許す(ときには問題点でさえ好きであるという論理破綻)。

こういう理性の欠いた判断というか、ちゃぶ台返しですね、そういうのを繰り返される限り、いくら今回のようなNekosuki600さんをはじめとする問題点の列挙が繰り返しあっても意味がないです。ちゃぶ台返しなんだから。

以上のように、Loniceraさんの問題は、むしろ根本的にはそれを擁護して許してしまう利用者のほうに問題があると私は考えています。結局のところ、1週間以上の裁量ブロックは認めない追認依頼は必ず出す、みたいな「覚書き」は、これだけコミュニティも大きくなって、もうちょっとシステマティックにスマートにたんたんと管理者もプロセス踏みましょうという確認なんだろうと思いますが、そういうシステマティックな運用を我々利用者、コミュニティが否定してまっている。Loniceraさんという管理者を許容するという感情的行為によって。場当たり的にはそういう覚書きが成立するのに、そういう決定を無視する管理者を野放しにする、制限なく許容するっていうのはそういうことですよね?

要するに、いくら理性的な問題点の提示と対処を考えようととしても、上に具体的に引用したようなLonicera擁護にまわる非理性的で、ある程度乱暴でも日本語版Wikipediaはそれでいいんだよ、俺はそっちのほうが好みだ、などという利用者の立場とシンクロする限り、Loniceraさんの管理行為は一切問題なく(一応問題点は問題点として共有されるが延々棚上げされる)今後も不愉快な人智管理行為が横行してもそれは、Loniceraさんのような管理者が悪いのではない。信任し続けるこのコミュニティの利用者たちが望んでいる結果なんですよ。これらからもLoniceraさんその調子でおもいっきり行ってよ!とメッセージをご本人が受け取り改善など未来永劫ないのは至極当然ですね。

GAKIだろうがなんだろうが、プロセスはプロセス、礼儀は礼儀、システムはシステム、コミュニティの意見は意見、と何事につけ尊重しないのは、とても未熟なコミュニティですが、そういう管理者もOK、そっちのほうが好き!ということで未熟で粗野で乱暴で排他的な状態を欲しているのはこのコミュニティの総体の要望です。 --75.125.54.66 2008年5月4日 (日) 07:46 (UTC)[返信]

長文のご意見をいただいたものの、80ポートが開いているIPからのご投稿ですので一旦訂正線を引かせていただきます。よろしければ普段お使いのアカウントで書き込みをお願いいたします。--海獺(らっこ) 2008年5月4日 (日) 08:02 (UTC)[返信]

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可読性が悪いので打ち消し線は消去しました。ノートに移動したのだから、なくてもいいでしょう。--Nekosuki600 2008年5月4日 (日) 08:24 (UTC)[返信]

意見が異なる相手に対する攻撃的態度[編集]

管理者として、更にWikipediaのユーザーとしての問題行為と考えられる点です。上の方で記載した利用者‐会話:Lonicera#休みませんか?を典型例として、被依頼者と意見を異にするユーザーに対する攻撃的態度が継続して見られます。Wikipediaの編集や運営に於いて意見が異なる利用者との合意形成に努力せずに攻撃的態度を取るのはコミュニティの運営に於いて望ましくないと考えています。被依頼者は粘り強く合意形成の議論を続けることが苦手なのか、議論をすっとばして「リソースの無駄」と称するWP:SNOWの濫用ではないかと思える行動を取ることも見受けられ(これについては別途俎上にあげようと思っています)、これが合意形成の議論ありきとするユーザーとの軋轢を生み、コミュニティの疲弊を招いていると考えています。--Lime citrus soda 2008年5月2日 (金) 00:26 (UTC)[返信]

Loniceraさんがよく使う「リソースの無駄」には、Loniceraさんの行動や発言で数多くの議論がわき起こってしまうことこそリソースの無駄ではないか、という反感を覚えます。議論のためのページ作成や編集などといった「サーバーのリソース」もそうですし、それ以上にWikipedia参加者の時間や労力といったリソースも浪費せざるを得ないです。私が今回の議論に参加しているのは、こうした議論にここで終止符を打ちたい、という気持ちもあります。j8takagi 2008年5月3日 (土) 03:34 (UTC)[返信]

節名[編集]

かなり長い議論が出来上がりつつあるため、ひとつづつのコメントを節として区分させていただきました。無味乾燥な数字タイトルの節にしましたが、ご容赦ください。なんかもうちょっといい節名の案があれば、やっていただいてかまいません。--Nekosuki600 2008年5月2日 (金) 05:43 (UTC)[返信]

各節の先頭のコメントを書いたユーザが適当な名称があれば変更するということにしませんか?他人がやると誤解を招きそう。--Goki 2008年5月2日 (金) 12:16 (UTC)[返信]
現状の節構造を維持するのならGokiさんのご意見に賛成いたします。現に私がやって誤解を招いてしまったことが最大の理由です。
ただ、後から考えて思ったのですが、Nekosuki600さんが機械的に箇条書きごとに分割した節に名前をつけようということはできないかもしれません。その場合、名前をつける場合は全体的に節を再構成したほうがよりよいかもしれません。
誤解を招いて議論妨害のような行為をしてしまって、大変申し訳ありませんでした。--新幹線 2008年5月2日 (金) 12:34 (UTC)[返信]
ここまで、Wikipedia:コメント依頼/Lonicera 20080423の2008年5月2日 (金) 12:34 (UTC) の版より複製。
そうですねえ。んー。だいぶ長くなってることから節編集ができたのがいいだろうし、みたいな感じでしたので・・・。意味のあるタイトルをつけるとしても、それは問題提起の内容に即したものにすべき(その後の展開を勘案すべきではない)だし、それを読み取るのもたいへんだし、へたすると誘導になっちゃうしねえ。無難なところとしては、たとえば「===Nekosuki600の問題提起===」とかってのを考えたんですが、敬称つけたらおかしいし、つけないでいて呼び捨てにしたとか思われたらめんどくさいし、いろいろとまあ微妙な問題がありましてねー。
あの番号方式は、見出しが美しくないという重大な問題があるんですが、実用的には問題ないでしょーとか思うのでありました。--Nekosuki600 2008年5月2日 (金) 12:46 (UTC)[返信]

コメントを記述するとき、タイトルを入れることも推奨する?[編集]

私の部分について適切なタイトルを付けてもらったこともあって、差し戻しはもったいないと思いました(が、仕方ないでしょうね・・・)。議論を見やすくしてなおかつ誤解を招くようなこともなくすには、新規コメント記入時に「==コメントタイトル==」を付け、コメントのレスには「===レスのタイトル===」(または「===Re:コメントタイトル===」)を付けることを推奨する、とかしてもいいかもしれません。今回のようなボリュームのある議論は、ちょうどいい実験材料になるだろうと思います。j8takagi 2008年5月2日 (金) 14:01 (UTC)[返信]

基本的に賛成なんですけど、「意見を書くなら節を立てろ」って、敷居があがっちゃうんじゃないかという懸念もあったりして。まあ節立てくらいならばbotモードで対応しますよ(=^_^;=)(数字だけの無味乾燥な節名になっちゃいますけど)。--Nekosuki600 2008年5月2日 (金) 14:05 (UTC)[返信]
botモードも含めて議論の進め方、勉強になります。次の2点をオモテに入れておくとよいかも。j8takagi 2008年5月2日 (金) 18:08 (UTC)[返信]
  • 数字の節名は、各節の先頭のコメントを書いたユーザが変更できます。
  • 新しいコメントを追加する場合は節を立て、節名を「==== 節名 ====」の形で付けることを推奨します。節名の付いていないコメントには、あとで数字だけの節名を付けるかもしれません。

管理者の投稿ブロックは可能か?[編集]

解任よりも投稿ブロックしたほうがよいという意見があるのですが、管理者を解任せずにいきなり「方針熟読」や「対話拒否」で投稿ブロックすることは制度上可能なのでしょうか?技術的には可能ですけど。--Monaneko 2008年5月3日 (土) 01:56 (UTC)[返信]

こんな事例もありますが、長期は依頼出さないと無理でしょう。--ちゃたま会話|投稿記録2008年5月3日 (土) 02:13 (UTC)[返信]
本文の参考リンクにも記載しましたが、被依頼者は管理者就任後に自身によるWikiブレイクとして自身を1週間の投稿ブロックに、その後議論のクールダウンが必要として他の管理者により1日の投稿ブロックがなされています。後者については制度上適用されたと解釈しています。--Lime citrus soda 2008年5月3日 (土) 02:15 (UTC)[返信]
利用者:NiKe会話 / 投稿記録 / 記録こんな事例もありますね(管理者がブロックされた件について)。ジャスト宣言 2008年5月7日 (水) 12:27 (UTC)[返信]

Ks aka 98氏のコメントについて[編集]

脱線するので、ここでコメントします。

Wikipedia:コメント依頼/Lonicera 20080423#13で 「ノートで擁護と言われたので、言い訳しておくと、別にLoniceraさん個人の擁護をするつもりはない。Loniceraさんの振る舞いのなかで、それほど問題でもないと思っている部分を擁護するかもしれないけれど、それはNekosuki600さんやGokiさんとも共通する部分もあるんじゃないかと思っています。」と書かれていますが、

私は少なくとも、「個人攻撃をしない」「言葉遣い」「初心者に対する態度」そのものについてLonicera氏の批判を行うつもりはないことを付記しておきます。Wikipedia全体で「個人攻撃をしない」「言葉遣い」「初心者に対する態度」そのものについて改めさせようとする方は一部の管理者を中心としていらっしゃることは把握していますが、私がこれをやるとダブルスタンダード・自己矛盾になるのでこんな主張はしません。

私の主張は「権限の行使の仕方」と「権限行使を背景にした脅しまがいの行為」のうち「裁量に任されている部分」について問題視しているのであって、「言葉遣い」(注:前段でも書いていますが、これ自体は私は問題視していません。)以外については私に該当するものはないと考えています。--Goki 2008年5月4日 (日) 03:23 (UTC)[返信]

◆表の方にも書いておいたのだが、えーと、「結果として容認しうる範囲におさまっていたからおっけー」というのは、このコメント依頼ではだめなんじゃないかという気がする。そういうのは個々のケースでやるべきことで。

問題なのは、「本来ならば個々のケースで解決すべきものが、その適切な場では解決できず、なんだってまたこんなに積み重なってしまったのか」ということの方です。その理由は「呼びかけても応答がない」「依頼をクローズする際の言動が問題になっている(その場での問題解決ができない構造を作っている)」など。で、もうそういう話が個別にあちこちで吹き出すという構造を何とかしなくちゃいけないんじゃないですか、というのが提起された問題なわけです。

また、「取りうる選択肢の中のひとつとして容認し得る」というのは「その選択肢は裁量の範囲内といえるのか」などをチェックした上ではじめて言えることであり、対話を拒否することでそのチェックをしなかったことを正当化しないと、おれは思います。

だいたい「結果として容認し得ないものばっかし」だったらそれは問題外なのであって、「結果として容認しうる範囲におさまっているものがある」というのはまあ当然であり、弁護理由としては使えないものなんじゃないのかな。--Nekosuki600 2008年5月4日 (日) 04:45 (UTC)[返信]

この節気づくの遅れてすみません。
んーと。まずGokiさんの意見は了解しています。「共通する部分もあるんじゃないかと」という表現をとっていることからご理解いただけると思います。
で、Nekosuki600さん。個々のケースで行われていないですし、ぼくはこのコメント依頼で個々のケースについて判断し、その上で全体の傾向から考察し、自分なりに、容認しうるものと、そうでないものを分別しています。
「本来ならば個々のケースで解決すべきものが、その適切な場では解決できず、なんだってまたこんなに積み重なってしまったのか」ということ「問題」であり、その理由が「呼びかけても応答がない」「依頼をクローズする際の言動が問題になっている(その場での問題解決ができない構造を作っている)」などであるならば、その理由が妥当かどうか、つまり、その応答はしなければならないものだったか、対話を喚起していたのかというところは個別に問われなければなりません。「依頼をクローズする際の言動が問題になっている(その場での問題解決ができない構造を作っている)」という点は、問題のひとつとして共有しますが、場所を移して議論が継続している例もあります。
繰り返しになりますが、ぼくは弁護を意図しているのではないです。結果として容認できるものはどれで、容認できないものはどれかという検証をしなければならない。これまで、検証されていないなら、なおさらです。そのうえで、容認できないものについては改善をしてもらう、その程度によって、解任動議なのか、要求なのか、進言なのか、お願いなのかが変わってくる。
容認されるものも容認されないものも一緒にして、ある参加者に対して行動を修正するようなことを要求するのは、自発的な参加によってなりたっているウィキペディアでは適切なやりかただとは思えません。解任を視野に入れていることを明言し、強い改善要求へと向かうコメント依頼なのであれば、依頼の時点で依頼者によって検証された「結果として容認し得ないものばっかし」を並べているものだと思っていました(そうではないのですね?)。「結果として容認し得ないものばっかし」でないのなら、どういう根拠で何が容認されず、自らの振る舞いを改めないといけないのかを理解してもらうことで、よりよい参加者として継続して貢献してもらうことが必要です。また、管理者権限の行使や、他の利用者への注意などを行っていると、特に問題ないと思われる行使・注意であっても、反発されることもあります。Loniceraさんは、その種の作業をもっとも多く行っている利用者の一人ですから、反発されることや批判を受けることも多いでしょう。逆に問いを発せられたりすることも。では、それらは、妥当な反発なのか、答えなければならない問いを受けているのかという点は、個別に考えなければなりません。そうした作業を怠ったままでは、「何とかしなくちゃいけない」かどうかもわからないわけです。--Ks aka 98 2008年5月7日 (水) 16:23 (UTC)[返信]
個々の案件に踏み込んでいけば許容できる行動・発言もそうでないものもある、という点についてはGokiさんもKs aka 98さんもNekosuki600さんも合意していると思います。私も合意します。しかし、コミュニティでも個人でもLoniceraさんに繰り返し問いかけをしているのに、それに対する回答が一切ないと私は現状認識しています。Ks aka 98さんは、コミュニティ側からのLoniceraさんへの問いかけが不足しているとお考えかもしれません。しかし私は、Loniceraさんは自分の都合の悪いことについて対話拒否しているではないかと疑っています。
Loniceraさんには、先に「コミュニティからの勧告」もありましたし、このコメント依頼についてもノートで通知されています。そのほか、Loniceraさんのノートを見るだけでも個別に問い合わせが行われています。Ks aka 98さんは、これだけでは問いかけが不足していて、対話拒否と判断するには不十分だとお考えでしょうか?だとすれば、今後どのように問いかけをしていけばよいとお考えでしょうか?j8takagi 2008年5月8日 (木) 00:22 (UTC)[返信]
◆基本線としてですね。「それぞれの案件でちゃんと対話をしておけば、それぞれの案件ごとに、適切な対応だったかそうではなかったかが明らかになっていたはず」なんですよね。
「その理由が妥当かどうか、つまり、その応答はしなければならないものだったか、対話を喚起していたのかというところは個別に問われなければなりません」というのには同意できません。理由が妥当であろうがなかろうが、応答しておけばこういう問題には発展しなかったからです。問題なのは「個々の対応の是非」ではなく、全体に通奏低音のように流れる「対話拒否」「説明不足」といったものなのです。
また、どちらかというと「妥当であったと考えられるもの」の方が説明は楽であるとも考えられます。最後のひとりまで説得するとなると厄介さに大差はないかもしれませんが、誰もそんなことは求めていません(少なくとも、おれは求めていません)。大多数のひとが納得するレベルの説明ならばどうってことないんじゃないでしょうか。もし紹介事例の中に妥当なものがまざっていたならば、それは「ほんのちょっと説明すれば良かっただけなのに、そのほんのちょっとの労力を節約しようとした。その結果、問題を解決するチャンスを失わせた」と言うこともできるわけです。そして今、おれたちはコメント依頼にいるわけだ。
たとえ精査の結果「容認し得る」という結論が得られるものがあったとしても、「対話をしなかったこと」「それぞれの場で問題を解決しようとしなかったこと」についての問題が解決するわけじゃないんですよ(なお「『結果として容認し得ないものばっかし』だったらそれは問題外」というのは、他の多くの管理行為も含めた管理行為の総体が母数です。表ページに並べた事例の中に、わたし個人が明らかに「容認し得る」と考えているものがあると述べているわけではありません)。
どう言えばいいんでしょうか。このコメント依頼の行き先なんですけどね。
いくつか顕著で症例数が多いパターンについては明確な確認を求める必要があると思っていますが、根本的なことは「ちゃんと対話をする」という姿勢を身に着けてもらうことだと思います。また、対話要求に応じられないほどの作業量をひとりで抱え込んでしまうような使命感をもし持っているのならば(お持ちであるように見受けられるのだが)、その使命感を捨てていただくってことも重要かもしれません。
なんていうのかな。Ks aka 98 さんの方法論では、もぐら叩きはできても、根本的な問題解決はできないような気がする。なんか新たな問題がおきるたびにコメント依頼などをやって「それはダメだから」という合意形成をするなんて面倒なのでやりたくないんです。その都度、問題が指摘された場所で、ちゃんと対話をすればいいだけの話なんじゃないんだろうか。--Nekosuki600 2008年5月8日 (木) 12:55 (UTC)[返信]

管理者権限を持つ方々よりコメントがほとんど無いのは何故だろうか。[編集]

少し疑問になりましたのでここに書いておきます。やっぱりLonicera氏に汚れ仕事を押し付けてるのではと邪推してしまうのは私だけでしょうかね。ここまでコメントが無いとは 少し悲しい気分ですね。--はやたま 2008年5月10日 (土) 05:41 (UTC)[返信]

はたやまさんどーも。
それなりに管理者のしともレスポンスはしてくれてるような気がするし、「自己関与案件では管理権限を使ってはいけない」という話を厳密に守ろうとするなら何も意見を表明せずに管理権限を使える立場を温存しようっていう考え方もありだろうと思うし、まあそこらへんはいろいろだろうとか弁護してみたりして。
現実問題、仕事の割り振り問題とか、ヨゴレ仕事を引き受けてくれるやつがいたらうれしいという感覚とか、いろいろあると思うんですよ。そのあたりの微妙で、潔くはなかもしれないが率直な表明は、出てると思うんです。それは饒舌で出たり沈黙で出たりいろいろなんだけど。
まあ、まだ途上だから、じっくり見ていきましょうよ。残念だという意見表明には同意しますが、絶望にはまだだいぶ距離があると思うので、ちょっととりなしてみました。--Nekosuki600 2008年5月19日 (月) 15:52 (UTC)[返信]

Miya氏の提案について[編集]

セクションごと全部ここに移動しようかと思いましたが、やめておきます。

個人的な感想としては「何を今さら」です。--Goki 2008年5月19日 (月) 05:11 (UTC)[返信]

討論の推移を初期からコメント以来を読み続けていますが、Miya氏は解任動議まで議論が尽くされた後に後付で意見を、永尾信幸氏は、直接本題と関係ないNekosuki600氏の発言を強調して印象操作をしてるとしか思えないです。解任動議まで進んだ議論の結果は変わらないのですが。本題について議論を進めてほしいです。--CrossRoad 2008年5月19日 (月) 15:19 (UTC)[返信]
永尾さんはねえ・・・すんごく迷惑な書き方をしているので戻してやろうかと一瞬思ったのですが、まああのままさらしておいた方がおれの思惑的には有利だろうと思ったのであのままにしておこうと今は思っているのですが。
Miyaさんの一連のコメントの中に署名つきでわりこんでるあたりで、「議論における流れの把握」ができるひとじゃないということが明らかになってるわけで。同時に、Miyaさんの恣意的な引用による情報操作に乗っていることも自白しているようなもんのわけで。
反論は歓迎するのだが、もうちょっとましな反論をしてはもらえないもんだろうかとかしみじみ思いましたよ。もっと真面目により良い未来のための模索をやりましょうよ、みたいな感じか。たぶん同じ未来を見てはいないのだろうから、表ページでは言わないでおきますけど(ためいき)。--Nekosuki600 2008年5月19日 (月) 15:32 (UTC)[返信]
  • 迷惑な書き方
誰に迷惑な書き方なのかなぁ?純粋にそう感じるんだけど、そう思わない人の方が多いのかなぁ?
ウィキペディアにどっぷりつかるほど時間取れないから、なんてのか、暗黙のルールとかがあるのかなぁ。あれを見て変だと思わないってのは。。。
  • 議論における流れの把握
そういう流れがあったんだ。悪い、こんな長いの全部読んでないんで、あそこに書いたらダメだったのかな?
しかしまぁ、「戻してやろうかと」という自分はそういうこともやれるんだよみたいな考えというか、そういうのは、私が書いたまんまの、掲示板の常連ぶってる人そのものの感覚なんだけどねぇ。
ま、解任動議を止めろとか、そういうのは全く思ってないんで好きなようにやったら良いんだけどね。単なる意見なんで。--永尾信幸 2008年5月19日 (月) 15:41 (UTC)[返信]
自分が書いたところを読み直してみてくださいな。永尾さんのコメントがはじまる前のテキストを書いたのが誰なのか、それをどうやって把握すればいいのかわかりますか。てか、永尾さんが誰のコメントに対して意見をつけているのかを、どうやって認識すればいいのでしょうか。
そこから逆算して、どう間違っていたのかを考えてみてください。ついでなんで、とりあえず間違っているから、自己Revertして「正しい方法」を考え付くまで、考え抜いてもらえればありがたいなあと思ったりします。これ、「Wikipediaの暗黙の了解」とかじゃないと思うんだ。えーと、発現様式としてはWikipedia独特のものがあるかしれないが、メタな「人間同士のややこしい議論・対話をどう把握するか」というレベルまで還元できる話だと思う。余談失礼。--Nekosuki600 2008年5月19日 (月) 15:55 (UTC)[返信]